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津山城、備中松山城訪問

先月末、関西方面へ出張した折に、広島(1日目)、岡山(2日目)と旅行をしてきました。今回は岡山にて訪問した津山城(岡山県津山市)と備中松山城(岡山県高梁市)の訪問をUPしたいと思います。

1.津山城(岡山県津山市)訪問
前日、宿泊した広島県呉から、呉線、山陽新幹線と乗り継いで岡山駅へ到着。岡山からはレンタカーを借りて一路津山を目指しました。
岡山からは岡山自動車道を経て中国自動車道を走ること約1時間、院庄ICで高速を降り、20分程一般道を走ると、津山市街のほぼ中央に位置し、現在は鶴山公園と呼ばれている津山城址へ到着します。
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津山城は、今から約400年前の慶長8年(1603年)に、美作(みまさか)国(岡山県東北部)に入封した森忠政が12年の歳月をかけて完成させた城郭です。(森忠政は織田信長の小姓、森蘭丸の弟にあたります。)
吉井川とその支流である宮川の合流点に立つ小高い鶴山に築かれた津山城は、本丸、二ノ丸、三ノ丸を総石垣でもって雛壇のように3段、もしくは4段重ねに郭を築いた「一二三段(ひふみだん)」と呼ばれる縄張で構築され、各所に枡形や武者溜を配置した非常に厳重な守備を持った城でした。そこへ、77もの櫓が配置され、本丸には、小倉城(福岡県北九州市)を模したと言われる4層5階の独立式層塔型天守(石垣も含めて高さ約26メートル)がそびえ立つ日本でも有数の大城郭でした。
(櫓の数は、広島城(広島県広島市)の76棟、姫路城(兵庫県姫路市)の61棟をしのぐほどですので、その規模の巨大さがわかると思います。)

下記は、在りし日の津山城を写した古写真とCGで復元した津山城の姿です。比較的コンパクトな面積の中に多数の構造物がひしめき合う壮観さをCGはよく表していますね。
津山城古写真_small津山城再現CG_small

しかし、森氏4代、松平氏9代と270年間続いた美作国18万6千500石の施政は明治維新とともに終わり、明治8年には全ての建物が解体されてしまいます。そして、明治32年に公園として津山町に払い下げられたあと、公園としての工事が続き、現在に至ります。

車を南側登城口前の駐車場へ置き、登城口石段を上って右折すると、冠木門があり、現在はそこが入場口になっています。
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入場料を払って冠木門を抜け、枡形通路を登ると三の丸に出ます。以下は三の丸から備中櫓(本丸)を望む風景。本丸、二の丸、三の丸を階段状に配した「一二三段」(ひふみだん)と呼ばれるこの城の縄張りを見ることが出来ます。
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表中門を通り、二の丸続く階段を登っていくと、備中櫓が見えてきます。
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備中櫓の下の二の丸を右手側に進み、切手門を通り抜け、表鉄門を抜けるとやっと本丸へ到着します。本丸から見た備中櫓は、外から見る姿と大分趣が違うように見えます。
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ここから再建された備中櫓の中に入ってみます。この備中櫓は、築城400年の節目となる平成16年に再建されたものです。
この備中櫓は櫓としては珍しく、全部畳敷きの書院造で、女性が集まり団欒する目的の御殿として造られていたそうです。景色の良い場所を女性のため提供するという発想の構造は、全国でも珍しいらしく、中々粋な感じがしますね。
また、この櫓は本丸御殿と通路で繋がっており、藩主と家族のプライベートな場所を提供する櫓であったとも考えられているようです。
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この備中櫓の中で"蘇る津山城"というDVD放映がされていますが、CGを使った説明で非常に素晴らしい内容です。
自分は、このDVDを備中櫓の中で購入しましたが、一緒にもらった無料パンフレットの内容も非常に濃く、地元の方の津山城に対する愛情を感じました。

備中櫓を出て、天守台の方へ向かって行きます。
天守閣曲輪正門跡を抜けた後、天守穴蔵から天守台へ登ります。
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天守台穴蔵と天守台からの眺望。
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天守台下には、説明文が書いてありますが、その中に面白い記述が。
なんと、昭和11年~20年の間、津山城には模擬天守があったそうです。しかし、それは本当に模擬天守で、大きさは2/3で実際には無かった破風があるなど、お世辞にも素晴らしいものとは言えるものではなかったようです(写真で見る限り大垣城の天守に模したのかも)。地元の人も”ハリボテ”と呼んでいたらしいのですが、説明文で、それは愛称として呼ばれていたと書いてあるように、そこに非難の調子は含まれず、なんとなく地元の人の津山城に対する愛着のようなものを感じました。
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天守台から降りると、本丸を囲んでいる石垣を見て回りました。まず、粟積櫓跡と大戸櫓跡の石垣。
粟積櫓の急な石段を登ると非常に素晴らしい眺望が開けます。
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その後、石垣を見ながらゆっくりと登城門まで戻りました。
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山全体を覆っているような石垣は本当に見事で、石垣好きの自分は最後まで楽しむことが出来ました。
石垣の他に、津山城には多くの桜の木が植わっており、春になると満開の桜が山全体を覆うように見えるそうです。その頃に自分ももう一度津山城を訪れてみたいと感じました。
また、今回は急に思い立って岡山の方へ足を伸ばしたので、事前に調べる時間がなく、市街地の衆楽園を見たり、地元の美味いもの(どうやらB級グルメとして"ホルモンうどん"というのが有名らしい)を全く食べられなかったのが残念でした。
次回の訪問では、是非市街地をゆっくり回って、地元の旨いものを食べてみたいと思います。

2.備中松山城(岡山県高梁市)訪問
津山城を離れたあと、再び高速に乗り、今度は岡山県高梁市にある備中松山城を目指しました。
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備中松山城は、現在12ある現存天守の中で一番高い位置(標高430m)にあり、日本3山城の一つとされています(その他の2城は、高取城(奈良県)と岩村城(岐阜県))。最近は、竹田城と並ぶ雲海に浮かぶ天空の城としても有名になってきているようです。しかし、竹田城が関ヶ原の戦い以後廃城にされ、そこで城としての歴史が途絶えてしまったのに対し、松山城は城主を目まぐるしく変えつつも備中松山藩主の居城として幕末まで運用され続けました。そして備中高梁の城下町は松山城とともに松山藩の中心として栄え、現在の高梁市に至っています。

岡山自動車道の賀陽ICで高速を降りた後、一般道を20分程走ると松山城のある臥牛山8合目の「ふいご峠」駐車場へ到着出来ます。しかし休日は、直接「ふいご峠」駐車場へ行くことは出来ず、麓の駐車場からシャトルバスに乗って「ふいご峠」駐車場まで行くことになります。自分は日曜日に訪問したので、シャトルバスで「ふいご峠」へ行きました。
城へは、この駐車場から更に山道を徒歩にて20分程、約700m登っていかなくてはなりません。山道は中々整備されて歩きやすいのですが、運動不足の体には結構ハードな道行となります。

「ふいご峠」駐車場が登城のスタート地点。道路の舗装はなくなり山城への登城ムード満点です。
途中、城主から途上心得として"あわてずゆっくり歩むべし"とか"この先足もと悪しきにつき気をつけて歩むべし"などが書かれた立札に遭遇。心優しい城主様の言葉を噛み締めながらゆっくりと登ることにします。
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中太鼓丸櫓跡の脇を通って更に登って行きます。中太鼓丸櫓の石垣はとても立派でした。
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更に進むと、”中間地点なので、しばし休まれよ。”とのお言葉発見。しかし、ここまで来たら先に進むしかございませぬ!と、思っているうちに、大手門の巨大な石垣郡が見えてきました。
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おぉ、これはすごい!。近寄ってみると、天然の岩盤の上に石垣を巧みに築きあげていることがが分かりました。その下に設置されている案内板によると、崩落を防ぐため、ここには「岩盤変動監視システム」が搭載されており、これはマチュピチュ遺跡で地すべりの観測に使われている計測器と同じとのこと。なんと、こんなところで日本のマチュピチュと本家マチュピチュとの繋がりがあったとは。
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大手門を過ぎ、現存土塀に沿って進んでいくと三の丸へ出ます。
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更に石段を登っていくと、二の丸へ到着します。そして、ついに天守が顔を出しました。写真は二の丸から見た本丸。
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階段を上がって本丸へ。すると正面に天守閣とご対面。2層2階の可愛らしい天守です。しかし、正面の大きな唐破風がアクセントになっていて小さいにも関わらず、天守としての風格があります。
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それでは、早速、天守の中に入ってみよう。天守の中には、松山城のことを説明した種々のパネルがありました。その中に、天守の構造について説明するパネルがあり、そこには、平成の大修理で、天守の壁が中に空洞を持つ一体化されていない薄い壁であり実戦を想定していない建物であることが判明したとの記述がありました。このような戦のための山城であるにも関わらず、実戦を想定していない天守が建てられるとは、ちょっとした驚きです。
その他、天守1階には床板をくり抜いた囲炉裏が設置されていました。これは籠城時の城主の食事・暖房用とのことですが、上述の実戦を想定していない防御壁とは矛盾するもので、どうもちぐはぐな感じがします。でも、これらは松山城の長い歴史の中における設置時期の違いから起きたことなのかもしれませんね。
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天守の外へ出て、裏側に行ってみます。天守の裏には、2重櫓がありましたが、中には入れないようでした。
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そこで、2の丸の裏手へ回ってから2重櫓と天守を見てみます。2層櫓と天守が重なり中々いいアングルです。
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名残惜しいけれども、そろそろ下山の時間が近づいてきました。シャトルバスの最終は5:30pmくらいと聞いていたので、その前に「ふいご峠」駐車場へ到着しなければなりません。急がねば。

と言いながらも下山途中、先程通り過ぎただけの中太鼓丸櫓跡へ寄ってみました。
中太鼓丸櫓跡からの高梁の街並みが遠望されて、すごく気持ちがいい。
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「ふいご峠」駐車場へは最終1本前の時間に到着し、無事バスに乗って麓の駐車場へ帰り着くことが出来ました。それから、もう時間はないかなと思いながらも城下町の見学へ。しかし、やっぱり武家屋敷や頼久寺の庭園などは見学時間終了で中へ入れませんでした。これらは次回の訪問時にはぜひ訪れたいところです。以下は石火矢町ふるさと村の武家屋敷の町並み。
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以下は、頼久寺外観。庭園は小堀遠州が作庭した名園で、国の名称に指定されています。しかし、今回は入園時間に間に合わず見ることはできませんでした。
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でも、市街の方へ行くとまだまだ古い町並みが残っていました。
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その中で、酒屋さんを見つけたので、うまい地酒はないかと聞いてみたところ、高梁市街ではもう酒蔵はないけれども、高梁市有漢町にある酒蔵が作る吟醸酒で新酒鑑評会で毎年入賞する酒を紹介してもらいました。本当は生酒が欲しかったのですが小瓶しかなかったので、今回は思い切って奮発しました。この大吟醸"櫻芳烈"が今回の旅行での最大のお土産です。(ものすごく美味しかったです。これからも、地方へ行ったらうまい地酒を買うことにしよう。)
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今旅行では、津山城、備中松山城の2城を訪問しましたが、津山城の”一二三段”の石垣にも、松山城の高い山上で自然の地形を生かした石垣にも大いに感銘を受けました。そして、それらを作り上げた日本の遠い先達にも敬意を払わずにいられませんでした。
今回は、両城の訪問にあまり十分な時間を取ることができませんでしたが、次回の訪問では、もうちょっと計画立てて、1つのお城とその城下町をじっくり見てみたいと思います。


PS.津山市と高梁市の意外なつながり
旅行から帰って、高梁市のパンフレットを見ていたら、高梁市に映画八つ墓村のロケ地があったことが分かりました。
しまった、それは見ておくべきだった...。(写真は、映画の中で多治見家として登場した広兼邸。高梁市吹屋にあるとのこと。これは見てみたい。)
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実は、中学、高校と自分は、大の横溝正史ファンで、原作本は数多く読みましたし、映画やTVドラマもよく見ていたのです。横溝ファンとしては、やはり備中高梁をいつかは再訪問しなければならないようです。

横溝正史の八つ墓村は、野村芳太郎と市川崑の両監督によって映画化されましたが、やはり有名なのは野村監督版の方でしょう。”たたりじゃ!”は、流行語にもなりましたし、落武者殺しや、多治見要蔵の”32人殺し”のシーンは凄まじい迫力がありました。
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桜吹雪の中を、日本刀と猟銃を持ち、悪鬼の形相で疾走する多治見要蔵。日本映画の中でも屈指の恐ろしくかつ美しい場面。

この八つ墓村の中に出てくる多治見要蔵の”32人殺し”には、実は実在するモデルがあり、それは今回訪問した津山で昭和13年に起きた”津山30人殺し”事件です。
この事件は、”丑三つの村”というタイトルで映画化もされていますが、これは個人的にあまり面白い映画とは思えませんでした。それは、この映画の出来というより、犯人である主人公の犯行動機に同情できず、どうにも感情移入出来なかったというところが大きいような気がします。
丑三つの村八つ墓村

この事件は、どうも作家の創作意欲を刺激する物語らしくかなりの2次創作の作品が生まれています、前述の横溝正史の八つ墓村をはじめ、岩井志麻子の「夜啼きの森」、島田荘司の「龍臥亭事件」、そして、コミックでは自分の大好きな山岸涼子さんの短編「負の暗示」があります。この事件に対する2次創作作品が多い理由は、この犯人が持っていた心の闇が、現代の社会が持っている闇に通じるものがあるからかもしれませんね。

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