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続・東京お登りさんツアー(その②)

前回の、続・東京お登りさんツアー(その①)からの続きです。

1. 今回東京で訪問した神社
今回の東京訪問では、日枝神社及び根津神社、そして自分の若い頃に訪れたことがある神田明神及びの神社を参拝してきました。

1) 日枝神社
東京永田町の国会議事堂の直ぐ近くという、日本政治の中心と言えるような場所に日枝神社は立っています。
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由来は太田道灌が江戸城を築くにあたり、江戸城の裏鬼門(南西)封じのために、川越の山王社を勧請したのが始まりとされています。主祭神は、山の神様「大山咋神(おおやまくいのかみ)」が祀られており、江戸時代には、徳川将軍家御用達の氏神・江戸城の鎮守で、鬼門(北東)を護る神田明神と対をなしています。かつて天下祭と呼ばれた、日本三大祭・江戸三大祭の「山王祭」が有名です。

日枝神社は、政財界から絶大な崇敬を受ける神社で、千代田区・中央区の広範囲を氏子地域に持ち、大手企業の社用参拝も圧倒的とのことです。実際、自分が参拝したのは平日の昼頃でしたが、スーツを着こなし背筋をビシッと伸ばして見ていて惚れ惚れとするような作法で参拝する方々が何人もいらっしゃいました。
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日枝神社の社殿には、ほかの神社と大きく違うところがあり、それは狛犬ではなく「猿」が置かれていることです。大山咋神が山の神ということもあり、同じく山の守り神とも呼ばれる猿が使いとして重宝されていたからといわれています。「さる」という音から「勝る(まさる)」「魔が去る(まがさる)」から、勝運の神や魔除けの神と考え、また、音読みの「えん」という音から、猿が「縁(えん)」を運んできてくれると考え、商売繁盛や縁結びを祈願する方もいらっしゃるそうです。
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本殿に向かって左がメスの猿です。子ざるを抱いていて、子宝や安産のご利益があると言われています。
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右にいるのがオスの猿です。本来、猿は山の守り神で、木や生き物を生み出し育てたと伝えられています。それにあやかって物事を生み出す、発展させる「商売繁盛」や「社運隆昌」にご利益があると言われているそうです。

末社は、左に「山王稲荷神社」右に「猿田彦神社」の2社が並びます。「猿田彦神社」は現在改修中で参拝することが出来ませんでしたが、今回自分が見たかったのは、「山王稲荷神社」の鳥居でした。
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距離は短いけれども、見事な鳥居のトンネルです。国会議事堂の近くで、このような光景が見られるのは何とも不思議な感じがしますよね!

2) 根津神社
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文京区根津に位置するこの「根津神社」の歴史は古く、今から1900年ほど前に日本武尊が千駄木に創祀した後、江戸時代五代将軍徳川綱吉が現在の場所へと移しました。主祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)、大山咋命(オオヤマクイノミコト)、誉田別命(ホンダワケノミコト)。
本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門は1706年のものがそのまま現存していおり、国の指定重要文化財として認定されています。
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しかし、今回自分が見たかったのは、摂末社である「乙女稲荷神社」に続く千本鳥居です。自分は本当にこの鳥居のトンネルが好きなんですよね。
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都内とは思えないような厳かな雰囲気が実に良いですね!
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たくさんの鳥居が立ち並んでいる途中にあるのが「乙女稲荷神社」です。なんともロマンチックな名称ですが、社殿の奥にある風穴を女性の象徴として捉えたことから「乙女」という名前がついたとのこと。なるほど...。でもこの名称から、恋愛運の神様として女性参拝客が後を絶たないようです。

しかし、根津神社で有名なのは、何といってもつつじでしょう。境内のつつじヶ岡では、約100種3000株のつつじが花をつけるのですが、4月~5月の見ごろには「文京つつじまつり」が開催され、祭り開催期間のみ普段は閉鎖されているつつじ苑に入苑して散策を楽しむことが出来ます。
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今回の参拝では、ツツジの時期を逃してしまいましたが、次回は是非、上写真のような咲き誇るつつじの間に埋もれるようにして立つ千本鳥居の光景を見てみたいですね。(上写真は他社様Webより転載させて頂きました)

3) 神田明神
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神田明神は天平2年(西暦730年)に創建され、江戸城の表鬼門除けに鎮座する、江戸・東京の総鎮守として古くから親しまれてきました。
現在も、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神であり、企業参拝も多く行われています。また、江戸三大祭・日本三大祭の神田祭が有名で、2年に一度、5月上旬に6日間にわたって行われ、江戸の風物詩として多くの人で賑わいます。

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神田明神の大鳥居をくぐると正面に見えてくるのが「随神門」。総檜造りで朱塗りの立派な門で、欄間には、中国の古代天文学に基づき北極星を中心として四方に四神【青龍(東)・白虎(西)・朱雀(南)・玄武(北)】が彫刻されています。
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御祭神は、以下の三神となっていますが、平将門命が実質主祭神と言われています。

 一之宮:大己貴命(おおなむちのみこと、出雲大社の大国主命の若年名であり、後に大黒天と習合。所謂だいこく様です)
 二之宮:少彦名命(すくなびこなのみこと、大己貴命の国作りのペア神であり、後にえびす神と習合。所謂えびす様です)
 三之宮:平将門命(たいらのまさかどのみこと)

平将門は、京都の中央政権へ反旗を翻し、関東の独立化を図ろうとした最初の武将です。天皇に弓を引いた”朝敵”ですから、三之宮扱いですが、武士による治世を行おうとした最初の武将として、太田道灌や北条氏など関東の名だたる武将たちから手厚く崇敬されてきました。
江戸に幕府を開府した徳川家康は、石田光成との天下分け目の関が原の戦いに臨んだ際、神田明神の神職に戦勝祈祷をお願いしたところ、見事に勝利し、さらに勝利した日が九月十五日という神田祭の日にあたったということで、家康は非常に喜び、江戸開府以後、神田明神は江戸幕府に厚く崇敬されるようになり「江戸総鎮守」として称えられるようになったそうです。このように、確かに徳川家の庇護もありましたが、それだけでなく、例えば、徳川(関東方)に対して一矢報いた真田幸村が大阪で絶大な人気を誇ったように、上方(京都)の支配から脱して関東の独立を唱えた平将門は、江戸の人々にとっては、関東の守り神として人気が高かったのは間違いなかったとことと思います。

この平将門について、神田明神に絡んだ以下の伝説が有名です。
・神田明神と将門の首塚
朝廷に反旗を翻した将門は、藤原秀郷と平貞盛に朝敵として討たれ、その首が京都に運ばれ晒されてしまうのですが、その首が五体を探すために関東目指して飛び去り、途中の都千代田区大手町付近に力尽きて落ちたと言われる伝説があります。その首が落ちたとされる場所に「将門の首塚」が建てられ、この将門を鎮めるため、1309年に将門を祀ったのが、当時首塚近くにあった神田明神であったとのことです。それゆえ、お参りする時は、神田明神を先にお参りしてから、首塚にお参りするのが良いと言われています。

・神田明神vs成田山新勝寺
将門を討とうとしている藤原秀郷を支援するため、僧寛明は、下総国公津ヶ原に不動明王を安置して護摩祈祷を行い、将門が討たれた後に、この不動明王を安置した不動堂を建立して祀りました。これが現在の成田山新勝寺の開山起源です。それゆえ、1000年以上たった現在でも将門と家来の子孫や神田明神の氏子たちは、成田山に詣でると将門の加護を受けられないという伝承で、参詣しない人が多いとのことです。

また、さらに藤原秀郷の子孫が苗字に“藤”の字が入ること多いらしく、苗字に”藤”が入った姓を持つ一族や、特に藤原の直系である“佐藤”は、もっとも将門の怨霊の祟り受けるなどという噂もあるとのこと。でも、流石に噂もここまでいくと行き過ぎかもしれませんね。

あと、実は、神田明神を参拝したときは全く知らなかったのですが、この神田明神は”ラブライブ”の聖地として有名なのだそうです。
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そして、神田明神の痛絵馬はかなり有名らしい。本当に全く気がつきませんでした。
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何と、神田明神の方でも、ラブライブ専用絵馬を用意して売り出しているとのこと。
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でも、自分がオタだから言うのではありませんが、こういう時代に合わせて神社側が、参拝客が欲しいと思えるものを取り揃えようとしてくれている姿勢は、凄く前向きで嬉しく感じました。時代が変わって、参拝の表現の仕方が、時代に合わせて変わっていったとしても、参拝者が神社に参拝しに行こうという気持ちを持ち続けるが限り、参拝者の神様に対する畏敬の念は変わらないと思います。そして、この新しいものと古いものが混在しながら、それを次代に続く伝統として引き継いで行っているところが日本の魅力なのだと思います。

ラブライブの痛絵馬以外に、この時代に合わせた新しいものとして、神田明神は、以下のようなお守りも発売しているとのこと。
・IT情報安全守護
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秋葉原の総氏神らしいお守りですね!システムが安全に稼働することを願うIT企業の人に人気だそうですよ。すばらしい!

・しごとのおまもり
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そして、上は何と、大国様の縁結びの御守り、IT情報安全守護、名刺入れの3点がセットになったタイプのお守りです。
こ、これは欲しい...

自分は、今年中にもう一度東京へ行くつもりですが、そのときは、必ずこのお守りを購入するつもりです!

今回、この神田明神は、進化する神社として、本当に感服しました。流石、日本の中心、東京にある神社と言う感じです。一度、初詣にも行って見たいと、一瞬考えましたが、Netで調べて見たところ、とんでもない数のラブライバーが押し寄せて大変なことになっているらしいので止めました。まぁ、同じアニオタとして一言。一般の参詣客の迷惑になって、アニメに偏見を持つ人を増やすようなマネだけはしないでください...

・甘味処「天野屋」
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神田明神の鳥居の近くにある甘味処で、創業は何と江戸後期の弘化三年(1846)とのこと。
内部は、このようなレトロですごく良い雰囲気です。
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ここで、江戸の庶民にも愛された「天神甘酒」を飲みました。お茶受けは、自家製味噌で、お店の地下6メートルにある天然の土室(むろ)で米糀を発酵して作ったものとのこと。
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4) 湯島聖堂
神田明神から歩いて数分のところに、湯島聖堂はあります。
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自分はまだ若かった頃、古本街へ行った帰りに、何度かこの湯島聖堂に立ち寄ったことがあります。その当時は、ここがどういうところかなどということには全く興味が無く、ただお墓のように静かで、本が読みやすいなぁと思って石段に座り、買ってきた本を読んだりしていました。懐かしいですね。

1690年(元禄3年)徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、林羅山が私邸内(現在の上野恩賜公園)に建てた先聖殿に代わる孔子廟を造り徳川綱吉がこれを「大成殿」と改称。それに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶようになったとのこと。その後林家から離れ幕府官立の昌平坂学問所「昌平黌」(しょうへいこう)とも呼ばれ維新政府に変わった後は、東京大学、筑波大学、御茶ノ水大学の源流ともなった学問教育発祥の地となりました。

昭和10年(1935年)に、鉄筋コンクリート造りで再建され、昭和61年度(1986年)からの文化庁による保存修理工事により、現在の姿になったとのこと。今では、受験の神様として、多くの学生が訪れているようです。

聖橋を渡ったところで、下に向かう階段を降りていくと湯島聖堂の敷地内に入っていきます。都会とは思えないほど静かな場所です。
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湯島聖堂の入り口である入徳門。
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階段を上り、杏壇門を潜ると大成殿に対面します。
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正面に掲げてある「大成殿」の扁額は綱吉自筆で、自ら経義を講じたほどでもあったとのこと。
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大成殿を出て、仰高門の方へ歩いていくと、途中で、大きな孔子像を見ることが出来ます。
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これは、世界最大の孔子像で、1975年に中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものとのこと。かなりリアルな感じの像です。

2.江戸東京博物館
江戸時代の風物を紹介する博物館として人気が高いとのことでしたので、行って来ました。
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中に入ると、いきなり原寸幅の「日本橋」の復元とご対面です。
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この復元「日本橋」から、原寸大の歌舞伎小屋を見下ろすことが出来ます。
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先に進むと、色々なジオラマ模型があり、その精巧な出来に驚いてしまいました。
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ただ、自分としては、もう少し体系的な江戸の発展の仕方の説明が見たかったのですよね。ただ、あまり堅苦しすぎると、見学者が退屈するので、精巧なジオラマを作って眼を引くやり方は有りなのですが...

あと、実はもう一つ、出来れば吉原の生活についての展示があれば見たかったのですよね。それは、以前読んだ、島田荘子氏の”暗闇団子”という花魁と侍の悲恋を描いた短編時代小説が、実に幻想的ですごく印象に残っていたからです。

ただ、もちろんそこで働く女性たちの多くは借金のカタとして吉原に身を置く事となり、その殆どが悲惨な生涯を送ったということは重々理解していて、軽々に語ることが出来ないことも承知しています。

しかし、花魁との逢瀬を行うためのしきたり(引き手茶屋での顔見せや花魁道中など)や、吉原で花見を楽しむために、咲いた桜を持ってきて一斉に植えた後、散る前に一斉に引っこ抜くなどの演出は、もはや文化と言っていいほどのレベルのもので、このまま無かったことにしてしまうのは、逆に正直ではないと思うのです。

ただ、中学生や高校生の見学団体も来ていたので、やはり風俗関係の展示は難しそうです。

3.東京での食事
今回の旅行中の東京での食事は、自分が若い頃よく食べていたカレーをもう一度食べて見るということをしてみました。

・神田神保町 エチオピアのカレー
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このカレーを古本街帰りで食べたのは、大学を卒業して間もなくの頃だったような気がします。とにかく、その味は自分にとって未知の味と言って良いほど強烈なもので、大げさかもしれませんが、初めて食べたときには、ちょっと呆然としてしまったことを覚えています。

神田神保町は、昔から有名カレー店がひしめいていて、自分は古本街へ行くたびにカレーを食べていたのですが、例えばスマトラカレーの共栄堂や、欧風カレーのボンディなどは、確かにおいしいのですが、その味は自分の知っている味の延長線上にあるものでした。しかし、このエチオピアのカレーは基本的にはインドカレーなのですが、クローブの香りが強烈なことと、その他のスパイスの味も鋭利で、しかしそれらが喧嘩もせずに絶妙にブレンドされているという感じで、自分が知っている普通のインドカレーとは一線を画した味でした。

まず、付け合せに蒸したジャガイモが出てきます。
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野菜チキンカレーの辛口、ルー1.5倍Version。
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最後にアイスが出てきます。
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東京を離れて10年以上経つので、10年以上振りに食べたエチオピアのカレーですがやはり美味しかったですね。恐らく、現在は神保町にもっとカレー店が出来てそれぞれ味を競い合っているのだろうと思いますが、10年経った今でも相変わらずの繁盛振りで嬉しかったです。今後も、神保町へ来た際は是非寄って見たいですね。

・武蔵小金井 カレーのプーさん
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エチオピアのカレーを食べて以来、ネットや本でインドカレーで美味しいと言われる店のカレーを調べては食べてということをしていたときに見つけたカレー屋さん。行って見て驚いたのは、店の外に行列が出来ていたことです。当時はまだ、インドカレーはあまり一般的でなく、有名店と呼ばれる店に行っても並ばず食べれたものでした。ですから、この行列を見たときには、否が応にも期待が高まったのですが、実際のカレーの味は、その自分の期待を遥かに超えるものでした。ここのカレーの特徴は、何といってもクローブの味の強烈さです(エチオピアのカレーよりも更に強い)。そのクローブと、小麦粉を使わず、野菜を煮込むことによって出来たとろみからくる野菜の甘さが交じり合って、何ともいえない旨みを作り出しています。
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野菜カレー辛さ普通。大きさは並を頼んだのですが、他の店の大盛りくらいの量があるので、小食の人はプチを頼んだ方が良いかもしれません。素揚げされた野菜がたっぷりとカレーの上に乗せられ、そのきれいな彩りが食欲をそそります。
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食後に、自家製アイスが出てきます。これも、大変美味しいです。

この店にも10年振りくらいに訪れましたが、店が改築されて、広さも2倍くらいになっていたので、一瞬、店がわからなくなってしまうくらい店の外観は変わっていました。それでも、カレーの味のほうは相変わらず美味しかったですね。個人的には、自分が今まで食べてきたカレーの中で断トツ一位のカレーです。ただ、ものすごく味にクセ(強烈なクローブの香り)があるので、全ての人にお勧めとは行かないかもしれません。

次回は、立川シネマシティのガルパン極爆上映と秋葉原について書くつもりです。

Comment

[202]

お散歩してるところばかり、、
此処まで歩けるようになるのにずいぶんかかりましたよ。
天神甘酒は三越で買います。
昌平黌も静かで大好き。
エチオピアカレーはこれから、、
あ、ずいぶんよく歩かれましたね。

[203]

お早うございます、hippoponさん、コメントありがとうございます!
hippoponさんは、神田周辺をよくお散歩されるのですね。自分も湯島聖堂を久し振りに訪れて、とても懐かしく感じました。ただ、短い休暇期間で多くを巡ろうとしたため、あまりゆっくり出来なかったので、次回はもっと余裕をもって訪れたいと思っています。あと、カレー屋さんに関して、今回は、昔通った店を再訪問してみたのですが、次は新しい店を開拓して見たいと思っています。

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