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七尾城訪問(石川県七尾市古府町)

のと鉄道のラッピング電車撮影会に参加したおり、七尾城にも立ち寄りましたので、その時の模様をUPしてみます。

金沢駅からJR北陸線、JR七尾線と乗り継ぎ、約1時間でJR七尾駅へ着くことが出来ます。能登半島のほぼ中央に位置し、富山湾にも面する七尾の街は、海の幸に恵まれ、古くから栄えてきましたが、近年ではすぐ隣に有名な和倉温泉もあるという立地から、能登半島の観光の中心地としても栄えるようになりました。この七尾市の中心街から、車で南東に15分程走った城山の森の中に、今では石垣のみとなった七尾城は静かに佇んでいます。
DSC00968.jpg
しかし、石垣だけになったとはいえ、城山の尾根の広範に渡って築かれた七尾城の遺構の雄大さは全く損なわれておらず、なんといってもここを歩いて感じる古城の雰囲気は、お城好きを引きつけて止まないものを持っている名城です。(七尾城は、2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(34番)に選定されています。)

1.七尾城の歴史
1)七尾城の築城と七尾城下の繁栄

室町・戦国時代の百七十年間にわたり、能登国の政治支配を行ったのは、室町幕府の管領を務めた足利一門の畠山氏の分家にあたる守護の能登畠山氏でありました。鹿島郡八田郷の府中(現在の七尾市府中町附近)には守護所が置かれ、在京の守護に代わって、守護代の遊佐氏が、領国経営の実務を担当しましたが、応仁・文明の乱後、能登国に帰った守護の畠山義統(三代)は、全国的に下克上の嵐が吹く荒れる中で、着実に政治基盤を固めて行きました。 そして、当時の守護の義元(四代)は、守護所のあった府中の南東にあたる石動山系に連なる標高300mほどの尾根上(通称「城山」)に無数の曲輪を配置した大規模な山城(七尾城)を築いてそこに移り住み、戦国大名への道を踏み出しました。

「七尾」という地名は「七つの尾根」(松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾・龍尾)からの由来とされ、七尾城はこの複雑な地形を利用して築かれた堅固な城でありましたが、最盛期の七尾城は、下図に示すように多数の屋敷を城内有し、単なる立て篭りの砦ではなく、日常的な政治活動や生活をし得た拠点城郭であり、「山上都市」としての機能も備えた大城郭でありました。
七尾城予想図

 特に、戦国時代中期の三十年間、能登守護として勢威を誇った畠山義総(七代)は、文武兼備の武将として知られ、彼の代に国内の統治は行き渡り、七尾・富山湾沿岸の生産・流通は盛んになりました。 七尾城の山麓には、美しい戦国城下町が形成され、一里ほどにわたって町並みが続き、多くの店舗や行商の人々で賑わったとされます。さらに畠山義総の風雅を頼って、戦乱の京都を避け、能登に下向する公家、連歌師、禅僧などの文化人も少なく無く、当時の七尾城下町は、朝倉氏の越前一乗谷、上杉氏の越後春日山城下と並ぶ、北陸屈指の都市でありました。

2)畠山氏の没落と七尾城の廃城
 しかし、畠山義総が亡くなると、遊佐、長、温井、三宅氏などの重臣たちが、領国経営の主導権をめぐって分裂抗争や叛乱を引き起すようになり、その後、畠山氏は次第に傀儡化された当主の許で、滅亡への道を辿ることになります。

 そして、天正五年(1577)九月十五日、七尾城は、能登に侵攻してきた越後の上杉謙信の攻略により、重臣の遊佐続光が、謙信に内通して密かに上杉勢を城内に引き入れたため、ついに陥落しました。落城前は、数千人の将兵が立てこもり、頑固な抵抗を続けていましたが、この内通により総崩れとなり、城将の長続連一族百余人が討ち捕られることになりました。

 謙信は、七尾城を落とした勢いに乗って九月十七日、能登と加賀の国境の要衝である羽咋郡の末守を押え、さらに加賀国に進んで石川郡の松任城に入城しました。ここで手取川を越え、石川郡の水島に駐屯していた柴田勝家・滝川一益らの織田軍と対峙します。当時、織田方は、南加賀を既に占領しており、このときの軍事行動は、能登の長氏を救う目的で七尾城に向かうものでありました。しかし、織田軍は石川郡の倉部浜に、長一族の首級がさらされているのをみて、七尾落城を知ることになり、九月二十三日の深夜、密かに手取川を渡って退却を開始しました。この動きを察知した謙信は、軍勢を鼓舞して追撃に出ました。手取川は、先日来の雨で水かさが増しており、多くの人馬が濁流に呑まれ、織田方は大敗することになります。
これが、有名な「手取川の戦い」で、この勝利により、能登から加賀国の大半を支配下に置き、対織田の優位を得た謙信は大動員令を発し、翌年3月に遠征を開始しようとしました。しかし、なんというめぐりあわせなのか、謙信は、七尾城攻略の半年後、越後春日城で、あっけなく病死してしまいます。謙信を失った上杉軍は、その後前田利家など越前衆の加勢もあって撃退され、七尾城も奪還されて、能登は織田軍に制圧されることになります。この結果、能登国は前田利家に与えられ、利家は七尾城へ入城します。しかし、一旦七尾城へ入場した利家は山城である七尾城に不便を感じ、平野部の小丸山(こまるやま)に新たに城郭を築いて移り住むようになります。そして周辺の旧来の府中町・所口湊(町)を中心に、新たな町作りに着手し、そこを「七尾」と総称するようになりました。この結果、かつての七尾城下町は、田野と化し、後世、江戸地代の人々から「舊七尾(もとななお)」と呼ばれるようになり、昔日の面影は完全に失われるようになりました。

2.七尾城訪問
七尾城は城山に連なる尾根の頂にあり、麓からは本丸北駐車場まで車で上ることが出来ます。麓から山上の駐車場までは、曲がりくねった急な坂道をかなりの距離上ることになり、謙信も攻め倦ねた、この城の堅固さを実感出来ます。
七尾城俯瞰図

本丸北駐車場へ車を置いて、城址向かって歩いていくと以下の標識のお出迎えがあります。
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標識位を超えて数分歩くと、杉林の奥に三段に重なった大きな石垣が見えてきます。石垣の前は調度丸と呼ばれ、弓矢などの武具を整えた場所と言われています。発掘調査では多数の武具が発見されているとのこと。
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調度丸から、階段を上って遊佐屋敷跡へ。この、いかにも古城らしい雰囲気がたまりません。石垣をよく見てみると、野面積みであるにも関わらず、実にしっかりして見えます。城址として公開する際に修理したと思われますが、それでも500年もの風雪に耐え抜いた技術は見事です。
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遊佐屋敷跡へ到着すると、左手に本丸へ続く階段が見えます。
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この階段を上って本丸へ。遊佐屋敷跡前の石垣もそうですが、この本丸前の階段2~3m程の高さの石垣を3段に重ねて積み上げています。それは、当時1段で高い石垣を作る技術が無かったからと考えられています。
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本丸跡には、"七尾城址"と書かれた石碑と城山神社がありました。
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ここからの眺めは絶景で、上杉謙信もここからの眺望を良く好んだと伝えられています。
七尾城へは、8/23夜と8/24朝の2回登城しましたが、以下の眺望の写真は、1回目の登城時に撮影したものです。
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本丸の北側から下へ降りると、遊佐屋敷の横を通って桜馬場へ出ます。
写真中央の低い石垣の右側が遊佐屋敷跡で、左側が桜馬場。桜馬場は、軍馬の調教などを行ったと言われています。
DSC01200.jpgDSC01201.jpgDSC01202.jpg

桜馬場を西へ進むと、一番西側に巨石を使った石垣が見えてきます。この巨石は、その大きさから九尺石と呼ばれています。
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桜馬場の北側に向かうと二の丸へ続く階段が見えてきます。
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それを上ると二の丸へ到着します。二の丸を北側に歩いていくと三の丸へ続く階段を見つけることができます。二の丸と三の丸の間には深い堀切があり、三の丸は二の丸から、かなり独立性の高い曲輪になっています。この階段は堀切りの底へ続いています。
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階段を降りて堀切を進みます。しばらくすると、三の丸へ登る階段が見えてきます。
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三の丸へ到着。建物の遺構を示す僅かな石垣が残っていました。
DSC01216.jpg

三の丸の西側から安寧寺跡を通って調度丸へ戻るルートもあったのですが、雑草が深く生い茂っていたので、そのルートは断念して、元来た道を引き返すことにしました。冬場に来たら是非、安寧寺立ち寄りルートで戻ってみたいと思っています。
最後に、もう一度調度丸北側の石垣の写真。やはり、何度見ても素晴らしい。
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七尾城は、戦国時代末期には廃城になってしまった城ですが、市街地から遠く離れた場所にあることが幸いしてか、地域の再開発の波に洗われることもなく当時の面影をよく残し、城郭好きには堪らない魅力を持っているお城です。この地を再度訪れた際は、是非もう一度立ち寄ってみたいと感じました。

七尾城本丸北川駐車場からは、更に上へ登る道があり、それを登っていくと展望台へ着くことが出来ます。その展望台からは本丸の三段石垣が肉眼で見えるので、天気が良ければ展望台へ登ってみることをお勧めします。以下の写真は、展望台から見た本丸の写真です。
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PS.
七尾城本丸北駐車場の隣に公衆トイレがあるのですが、このトイレが今まで見てきた公衆トイレの中で一番綺麗だったので驚きました。しかも、その公衆トイレは、最新式の全自動トイレで、その素晴らしさに思わず写真を撮ろうかと思った程です。是非、このトイレはこのまま綺麗に使い続けてもらいたいものです。(どうでもいいネタでした。)

3.七尾城下町(一本杉通り)
現在の七尾の街は、かつての七尾城下町とは異なり、前田利家が七尾城を廃城にして小丸山城を築城し、その地を七尾と新たに命名して栄えてきた街です。(その前の室町時代から守護所が置かれて栄えていたことも確かですが、七尾というう地名で街が整えられ始めたのは、小丸山城の城下町となってからと思われます。)その後、一国一城令が出て、小丸山城は廃城になりますが、その後には奉行所が置かれ、治安の維持は奉行所が行い、七尾の街は、能登半島の要として発展を続け、明治維新へ至ります。
七尾の街には、その長い歴史の中で連綿と伝え続けられた古い町並みが多く残っており、その中でも"一本杉通り"と呼ばれる通りには、古い商家がそのまま残り、今も商売を続けています。以下は、一本杉通りの町並みです。
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JR七尾駅から南へ徒歩で5分程歩くと"仙対橋"という小さな橋に出会います。これを渡ったところが"一本杉通り"の入口です。
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パン工房明治堂。
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高澤蝋燭店。
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昆布海山産物店しら井。
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鳥居醤油店。

今回のお目当ても、地元の酒蔵で、一本杉通りにある布施酒造を訪ねました。
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この酒藏の売りは、酒を寝かせて造る古酒とのことで、3年、5年、7年ものの中で、今回は5年ものの古酒を購入してみました。古酒は初めて飲みましたが、鮮烈さとは違う独特の味わいがあり、これはこれで面白いと感じました。
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4.能登食祭市場
JR七尾駅から徒歩5分ほどの七尾湾に面した場所に、能登食祭市場と呼ばれる地元の魚を食べられる大きな施設があります。
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ここでは、浜焼コーナーと言って、自分で魚を焼いて食べられる場所があり、そこで食事をするのを楽しみにしていたのですが、行ってみると、まず基本的に自分で焼く魚貝は二人前のセットになっており、そのセットもの以外に、食祭市場の中の魚屋で買った魚貝を持ち込む場合は1人520円を取られる(持ち込みでなくても、基本1人300円取られる)という、お一人様の旅行者には大変厳しい仕様となっており、さらにコーナーを覗くとファミリーもしくはカップルしかいなく、ファミレスで高校生グループに挟まれても平気で食事出来る自分ですが、今回は流石に諦めました。

しかしながら、市場の中を巡ってみると、店で焼いてもらった魚貝を、フードコートで食べている観光客の人も結構いたので、今回はその方式で食事をしてみました。以下は、食祭市場の中の山田屋さんの品揃え。
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ここで有名な"のどぐろ"が赤い魚であることを初めて知りました。ただ、やっぱり高いので、店のおばちゃんから、地元の人がよく食べる"はちめ"を勧められたので、それを選んでみました。その他、エビ、ハマグリ、ホタテ、そして岩牡蠣(これはもちろん生)を選んで、調理してもらいました。
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みんな美味しかったですが、特に"はちめ"は、白身魚らしく、クセは無いけれどもしっかり魚の味はして、さすが地元の人が勧める魚だなと感じました。
そのほか、お土産として干物のセットを買いました。ここへくれば、海鮮物のお土産はなんでも揃っているので、七尾へ観光では、お勧めの施設だと思います。

5.番外編(健康ランド "ほっとらんどNANAO" 七尾市旭町イ部24-1)
七尾市内から少し離れていて、周りに何もないところにぽつんと立っている宿泊可能な健康ランドです。
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市街から離れており、近くに有名な和倉温泉もあるからかもしれませんが、非常に宿泊客が少なく、その分、風呂や仮眠所は全く混んでいないので、仮眠所の場所取りで苦労することなどはまず無さそうです。食事は、至って普通ですが、セット物の釜飯定食に付いてくる天ぷらの量が、普通の食事処の天ぷらの量よりも圧倒的に多く、これで1,600円でしたのでなかなかお勧めです。
DSC01014.jpg
 
ものすごく良い施設という訳ではありませんが、自分は旅行で結構健康ランドを利用する方で、その経験に照らし合わせても自分的には十分及第点の施設だと感じました。旅行を安く上げようと思われる方は、この施設を利用してみては如何でしょうか。

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