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英語の勉強とアニメの感想や日々気になることの日記

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広島訪問(大和ミュージアム、てつのくじら館、原爆ドーム、広島城)

以前、関西へ出張した際、広島と岡山を訪問しました。実は、最初は広島のみを訪問する予定でしたが、訪問先がどうしても先の世界大戦を想起させるものばかりでテンションが下がってしまい、そのまま名古屋へ戻るのも嫌でしたので、急遽岡山訪問を追加したのでした。

ブログへのUPも岡山訪問が先だったのは、岡山訪問の記事の方が書きやすかったからで、この広島訪問はどういう形で書こうか最後まで迷っていましたが、今回は、ある程度自分が思っていることを正直に書いてみようと思いました。

1.大和ミュージアム(広島県呉市)訪問
 大和ミュージアムの正式名称は呉市海事歴史科学館なのですが、戦艦大和の1/10スケールの精密模型がある場所として、愛称の方が有名になっている博物館です。子供の頃に"宇宙戦艦ヤマト"を見て以来の大の軍艦好きの自分にとっては、是非訪れてみたい場所でした。
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1)大和ミュージアムの展示物
前日に、呉駅の近くの"大和温泉物語"という健康ランドに宿泊し、当日はそこからヤマトミュージアムへ出かけました。大和ミュージアムも大和温泉物語も呉駅から徒歩で5~6分のところにありますが、呉駅周辺のすごいところは、駅の改札からこれらの施設が全て高架で結ばれていていることです(正確には、大和温泉物語は大和ミュージアムへ向かう高架の途中にあります)。
大和ミュージアムを観光の中心として盛り上げていこうとする取り組みを、具体的にアクセスの利便性を向上させるというはっきりとした形で実現しているところに、非常に好感が持てました。
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中へ入ると、すぐに大和の巨大模型に対面することが出来ます。模型の縮尺は1/10で、実際の大和の全長263mにに対し、これは模型といっても全長26mあります。でかっ!。同時にものすごく精密に作られていて、感心しました。
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大和の他に、零式艦上戦闘機六二型(いわゆるゼロ戦)も展示してありました。この機体は、明治基地(現 愛知県安城市)第210海軍攻撃隊の所属機で、エンジントラブルで琵琶湖に不時着水して沈んでいたのを、1978年に引き上げ展示したものとのこと。
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しかしながら、大和ミュージアムには、上記展示のほかに特殊潜航艇"海竜"と人間魚雷"回天"十型の試作機も展示してありました。海竜は、初期の開発思想はともかく最終的には特攻兵器として運用されようとされたものであり(実際には特攻として使われる前に終戦となった)、回天に関しては文字道理の特攻兵器でした。
兵器の見た目の魅力というものは、人を殺すための道具としてではなく、無駄を極力削ぎ落としながら精密に造形された機能美にあると思います。戦艦大和を格好良いと思う人も、それが人を殺す兵器だからではなく、工業的に洗練された機能や形について格好良いと感じているはずです。しかし、特攻兵器には、そういう機械的な機能美は全く無く、展示されていた回天は試作品なので余計そうなのかもしれませんが、いかにも大急ぎで作ったようなみすぼらしさしかありませんでした。そしてそれは、当時の追い詰められた日本の焦りを如実に表したものとして圧倒的なリアルさを感じさせました。
人間魚雷は、この十式では無く一式が実際に実戦に投入されましたが、その一式人間魚雷は約420基が製造され、20歳前後の若者を中心に、搭乗員だけでも100人以上が特攻で若い命を散らせました。この重い事実を思ったとき、どうしても写真を撮ることにためらいを感じざるを得ませんでした。

2)戦艦大和が残したもの
日本の持てる技術を最大限投入し、46cm砲9門を搭載する史上最大の戦艦として建造された「大和」は、1940年に進水し、連合艦隊旗艦としての任務に就きました。しかし、その後戦局は航空機主導で進み、大和に活躍する機会は与えられませんでした。
そして敗戦が色濃くなった1945年4月6日に無謀な"菊水作戦"で大和は沖縄を目指して出航し、翌7日に九州南西沖でアメリカ海軍空母機の多数の攻撃に遭い沈没しました、

こうして悲劇的な最後を迎えた戦艦「大和」でしたが、これを造るにあたって開発・投入されたブロック工法・先行艤装や生産管理システム、製鋼技術などの多数の技術は戦後に継承され、日本が焼け野原から復活し高度経済成長を支える原動力となりました。この大和の建造から未来に継承された技術については、3Fの大和シアターでCG映像による戦艦「大和」の建造プロセスやその建造技術が現代にいかに生かされているかを示すビデオ上映が行われています。このビデオは、連綿と続く技術の継承が如何に大事かをうまく現していて、見ていて明るい気持ちになる実に良いビデオでした。そして、このビデオは回天を見て暗い気持ちに傾いていた心をうまく立て直してくれました。

最後に、大和ショップで"戦艦大和のしくみ"という本を購入しましたが、この本はなかなか面白かったです。
この本の中では、戦艦大和は確かに日本の持てる最高の技術をもって建造されたが、設計そのものはかなり保守的で"平凡な艦"であったということが繰り返し述べられています。大和が世界一の規模を持った戦艦であることは間違いありませんが、それは46cm主砲を積むために必然的に大きくなっただけであり、技術的にも最新のディーゼル機関を採用するという案もあったけれども、結局オーソドックスな技術のみを集約した形で設計されたので、軍艦として極めて保守的な艦であったとのことです。しかし、この、正攻法を積み重ねて、大和を”平凡な戦艦の究極型”として作り上げた手法は、誰にでも出来そうでいて実は簡単ではない、如何にも日本人らしい堅実な設計手法であったと思います。

最後に、この本の作者は、大和の魅力について以下のように語っています。
戦後の復興のために頑張った人々の心の片隅にこそ大和はいたのではないだろうか。それは、兵器としてではなく「世界一」の存在感である。負けはしたものの、時代が違っていたものの、少なくとも自分たちは一度は世界一のものを作り上げた。しかもその名前は"日本"そのものである。その自負は、戦後の復興に当たって精神的な原動力になったのではないだろうか。「俺たちは大和を造った。だからもう一度出来るはず」と思うように。
"過去が照らし出す未来への羅針盤"。だからこそ、これほどまでに大和は日本人の心の中に残る存在なのだろう。

そして、最後に著者は大和をこう呼びます。「幻のように消えた伝説のチャンピオン」
まさに、大和はそういう存在なのかもしれませんね。

大和ミュージアムで買ったお土産。いろいろ迷ったあげくにこれらになってしまった..。本当は、シアターで上映していた大和のCGが入ったビデオを購入したかったんだけれども、売ってないとのこと。販売の検討を是非願い致します!
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2.てつのくじら館訪問
大和ミュージアムの向かいに"てつのくじら館"(正式名称は、海上自衛隊呉史料館)という海上自衛隊の広報施設があります。この資料館の大半が海上自衛隊による機雷の掃海任務についての展示で、海上自衛隊の方々の海の安全を守るための努力と装備の数々を学ぶことが出来る非常に重要な施設です。
しかし、なんと言ってもこの施設の目玉は、潜水艦「あきしお」実物を展示し、さらに中に入って、実際の潜水艦の設備に触れることができることでしょう。
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「あきしお」は、1985年に進水した、「ゆうしお」型潜水艦です。三菱重工業神戸造船所で製造され、第1潜水隊群第1潜水隊に所属。1990年6月に第5潜水隊に所属替えし、2004年に除籍されました。長さは76.2m、幅は9.9m、そして深さは10.2mある巨大な潜水艦です。
以下は、艦内の写真です。潜水艦らしく内部はものすごく狭かったです。
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てつのくじら館から出て、高架橋を登った所から眺めた呉港の光景。たくさんの艦艇が並んで、やはりここは軍港なのだなと感じました。
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大和ミュージアムにて人間魚雷回天を見て、少し気分が落ち込みましたが、やはり現実から目を逸らす訳には行きません。戦争をやりたいなどと思う人は殆どいませんが、それでも軍備を整えなければならない理由は、弱みを見せればすぐにそこへつけこんでくる国が実際に存在するからです。そのことは、現在、中国が南シナ海で行っている横暴を考えれば一目瞭然でしょう。ならず者国家が存在する限り、残念ながら軍備だけは整え続けなければなりません。

呉は、もう一度訪れたいと思っています。大和ミュージアムでは自転車の貸出も行っているようなので、次回はそれを借りて日本の国防をになうこの港をしっかり見て回りたいと思っています。

2.呉の名物(呉冷麺)
健康ランド"大和温泉物語"の食事処で、中居さんに呉の名物を聞いたところ、"呉冷麺"のことを教えてくれました。どうやら、韓国風の冷麺とは違っているようなので、この冷麺で有名な"珍来軒"に呉冷麺を食べに行きました。
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("大和温泉物語"の食事処では、その中居さんのお勧めである"呉定食"を食べてみました。その定食の中にある肉じゃがは呉独特のもので、他とはちょっと違っているとのことでした。では、早速食べてみると...うん、これ普通の肉じゃがなんですけれども...。まぁ、この定食を勧めてくれた中居のおばちゃんの地元愛に免じてOKとしよう。実際うまかったし。)

実際に"珍来軒"へ行ってみると(駅からめちゃめちゃ遠かった...)、結構地元の人もたくさんいて、観光用ではなくて地元の名物として定着しているような感じでした。これは期待が持てそうだ。
さて、注文した呉冷麺を見てみると...、う~ん、見た目はちょっとショボイかな?それでは味はどうだろう。
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...これは、人によっては、ただの冷やし中華だろうという人がいるかも。でも、汁に酸っぱさが少なくちょっとトロリとしていて、個人的には非常に美味しかったです。(好みによって、自分で酢を加えるようになっている。)また、呉を訪れる際は、もう一度食べてみたいですね。今度は他の店で味がどのくらい違うのかを確かめてみたいと思いました。


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以下より、第二次世界大戦と、日本を取り巻く国々に対する個人的考察が入るので、非常に長い記事が続きます。
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3.原爆ドーム(広島県広島市中区大手町1丁目10)訪問
広島駅から市電に約15分乗り、原爆ドーム前停留場で降りると、約5分の徒歩で広島平和記念公園内の原爆ドームの前に立つことができます。
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1945年8月6日午前8時15分17秒、アメリカ軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」が、建物の西隣に位置する相生橋を投下目標として原子爆弾を投下し、投下43秒後、爆弾は建物の東150メートル・上空約600メートルの地点で炸裂しました。
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原爆炸裂後、0.2秒で通常の日光による照射エネルギーの数千倍という熱線が放射され、地表温度は3,000℃に達しました。0.8秒後には前面に衝撃波を伴う秒速440メートル以上の爆風が吹き荒れ、350万パスカルという爆風圧(1平方メートルあたりの加重35トン)が襲いかかりました。
この最初の衝撃の後、原爆炸裂の高熱により巨大なキノコ雲が生じました。低高度爆発であったためにキノコ雲は地表に接し、爆心地に強烈な誘導放射能をもたらしました。そして熱気は上空で冷やされ大量の粉塵・煙と共に放射性降下物を含んだ黒い雨が地上に降り注ぎました。この黒い雨及び残留放射性物質の2次被爆によって被害は拡大し、被爆から2-4カ月以内に亡くなった被災者の数は9万-16万6千人と推定されています。(情報元:公益財団法人放射線影響研究所 http://www.rerf.or.jp/general/qa/qa1.html)

この3日後の、1945年8月9日午前11時02分に長崎に対して2発目の原子爆弾が投下され、これによって6万-8万人の被災者が被爆から2-4カ月以内に亡くなりました。(この被災者の数は推計であることが、公益財団法人放射線影響研究所のホームページに書かれています。)

この2発の原爆によって最低でも15万人以上の、武器を持たない日本の一般市民がアメリカ軍の手によって殺されました。これは、戦闘でも何でもない、アメリカ軍の日本の一般市民に対する文字通りの一方的な虐殺だったのです。

この無残に虐殺された方々の無念さを思うと、安易な祈りの言葉などは逆に犠牲者に対する侮辱のようで、自分は言葉を失います。しかし、何故アメリカ軍はこのような鬼畜の所業を行うことができたのでしょうか。

その理由を示すような以下の事実が、広島と長崎の2つの原爆投下にはあります。
広島上空で投下されたものは、ウラン235型原爆( リトルボーイ )であり、長崎で投下されたのは、プルトニウム型の原爆(Fat Man)で、ウラン235型爆弾と、プルトニウム爆弾では、実はまったく種類が異なります。
それでは、なぜ、わざわざ違う種類の原爆が投下されたのでしょうか。

二度にわたる原爆は、アメリカで原爆開発のためのマンハッタン計画を担当した ロス・アラモス研究所で開発されましたが、そのロスアラモス研究所の公式記録には、日本に対する原爆投下を「 史上二度の原爆実験に成功した」と書かれています。
それはつまり、この原爆投下は、原爆の効果を確かめるアメリカ側の日本人を使った実験だったということです。

更にもう一つ、原爆投下には政治的判断も必要とされますが、アメリカの歴史学者 バートン・バーンスタインは、次のように述べています。
「日本への原爆投下は「ソ連を威嚇すること」が根本理由であり、ソ連の影響力が日本、満州、支那、朝鮮に及ぶことを阻止するために、いわばソ連に対する威嚇攻撃として、日本に原爆を投下した。」

上記を検証出来る資料として、アメリカの米国戦略爆撃調査団の「最終報告書」があり、それには次のように書かれています。
「たとえ原爆が 投下されなかったとしても、ソ連が参戦しなかったとしても、本土上陸作戦が行われなくても、日本は非常に高い確率で九州上陸作戦の決行予定日である昭和20年11月1日から、12月31日までの間に、確実に降伏したであろう。」
(U.S Strategic Bombing Surbey,Summary Report ( Pacific War ) ,1946、の26頁)

これを裏付けるように、沖縄戦終了後の昭和20年6月に、ブラッドレー米国統合参謀本部議長は、次の報告書を大統領に提出しています。
「日本は既に事実上敗北しており、降伏を準備している。」

自分は、原爆投下直前の日本の状況は上記報告書の通りだったと思っています。燃料や弾薬の枯渇から言って、日本はとても本土決戦を行える状態になかったことを多くの資料が述べています。
それでは、何故、日本が降伏する前に急いで原爆が投下されたのかといえば、戦争終了後にソ連を牽制したいという政治的思惑とロスアラモス研究所の日本人をモルモットにした実際の原爆効果を確かめる実験を行いたいという思惑が合致したからに他ならないと、自分は固く信じています。


原爆ドームを過ぎて、広島の平和公園の中央に向かって歩いていくと、アーチ型の原爆死没者慰霊碑が建っているのが見えました。反対側に回り込むと、そのアーチの向こうに原爆ドームが見えました。そして、その下に目を落とすと小さな石碑があり、その碑文には次のように書かれていたのが見えました。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

自分は、この碑文を読んだとき、あまりの怒りで写真撮影を断念しました。
この碑文は絶対におかしい。これでは、日本人が悪いことをしたから、原爆で殺されても仕方ない、だから被害者は諦めてくれと言っているようなものです。
何故、原爆で殺された人々は死んでもなお、このような言葉で侮辱され続けなければならないのでしょうか。しかも同じ日本人にです。

後でWikiで調べてみると、どうやらこの碑文には自分以外にも違和感を感じる人が多かったらしく、碑文を傷つけたりする事件が過去何度もあったようです。(自分はこれを調べるまで、そんなことがあったことも知りませんでした。恥ずかしい限りです。)Wikiの記事によるとどうやら、この碑文の主語は"世界市民"とやらが当てはまるということで決着したらしいのですが、そんな嘘はもうたくさんです。どこの国の文でもそうだと思いますが、主語を省くときは、その省かれた主語は直前の主語かあるいは自分自身を指すということがほんとうに一般的です。日本人が書いた文章で、"世界市民"などと言う自分自身を指さない主語を省かなければならない理由は全くありません。この文の主語は、間違いなく日本人を指しているのだと自分は思います。

ただ、こういう考えは戦争から70年以上経った現在だからこそ思うことができることなのかもしれません。思い返してみれば自分の子供の頃は、戦争を引き起こした悪い日本という考えがほぼ一般的だったと思います。それは戦後のGHQが植え付けた自虐史観だと言えばそれまでですが、今のようにインターネットによって多様な意見に接したり情報を入手出来る時代ではありませんでしたしたから、学校やTVで日本が悪いことをしたと言われれば、そう考えるしかないような時代でした。また、経済面でも"アメリカがくしゃみをすれば日本が風邪を引く"などと日本を揶揄するような表現が当たり前に使われるほどアメリカ経済への依存度が高く、アメリカを刺激するようなことは言えない雰囲気があったのも事実です。ですから、この碑文も、そういう時代背景から生み出されたものなのかもしれません。
しかしながら、だからといって、このような碑文が許されるわけでは絶対にありません。これでは、アメリカ軍のボタン1つによって殺された数十万の方々の無念さが浮かばれません。

それでは、今自分たちが出来ることは何なのでしょうか。
それは、この碑文を交換させようと運動を起こすようななことではなく、また、安易な祈りの言葉を捧げるのでもなく、日本を二度と原爆を落とされないような国にすることをこの犠牲者の方々に誓うことだと思います。日本人の一人一人が、第二次世界大戦前後の正確な歴史を知り、現在の日本を取り巻くならず者国家の横暴を正しく認識して国家の防衛を真剣に考え、現実的な国防対策へ協力することこそ、原爆被害者へ対する一番真摯な鎮魂のありかたであると自分は思っています。

戦後、日本は経済を立て直す中で、1951年9月8日に米国と日米安全保障条約を締結しました。条約発行後、日本はアメリカの核の下に守られ、東西冷戦の最中にも戦争に巻き込まれずに経済発展に集中することが出来ました。そしてその結果、短期間で世界第二位の経済大国へ発展することになりました。
大戦中に米国によって日本に加えられた原爆投下や無差別爆撃などのすさまじい戦争犯罪に対する恩讐を乗り越え、日米安全保障条約を締結した日本政府は、日本にとって冷静に実利にかなう選択を行ったと思います。この時の日本政府の選択が、今日に至るまで日本を再び戦禍に巻き込むことを防ぎました。

しかしながら、それとともに日本人は、同盟国のアメリカが、1996年の原爆ドームの世界遺産登録に対して、審議異委員会で強硬に反対し、調査報告書から、「世界で初めて使用された核兵器」との文言を削除させたのことを忘れてはならないと思います。
アメリカ人が、しばしば振り回す"正義"というものが、自国に利益があるときだけに使われることをしっかり認識しつつ、アメリカとの連携を進めていくというのが日本の将来のために取るべき一番理性的な態度であると思います。


4.広島城(広島県広島市中区基町)訪問
広島城は、広さ約12万平方メートルという広大な敷地を有する大城郭であり。大坂城や岡山城らと共に初期近世城郭の代表とされる名城です。また、名古屋城、岡山城と共に日本三大平城としても有名です。
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広島城は、天正17年(1589)中国地方の大半を領有する戦国大名・毛利輝元によって太田川デルタに築城を開始されました。城の構造は大坂城を参考として、縄張は聚楽第に範を取っているといわれ、縄張を秀吉の側近で築城の名手である黒田如水が思案したと言われています。
関ヶ原の合戦後、毛利氏が萩の地に移封となり、代わって入城した福島正則は、広島城の整備をさらに進め、西国街道を町人町に引き込むなど城下町の拡充を図りました。しかし、城郭の修築届の不備をとがめられ、元和5年(1619)に福島氏は改易され、その後和歌山から浅野長晟が城主として入城しました。以後浅野氏が12代に渡り城主を勤めました。

廃藩置県後は城内に陸軍の施設が置かれ、徐々に城内の建築物も失われていきましたが、天守閣や、いくつかの城門、二の丸の櫓群などは残されていました。しかし、昭和20年(1945)8月6日の原子爆弾投下により、これらの建物は壊滅しました。写真は、原爆で倒壊する前の広島城天守閣です。
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現在の天守閣は昭和33年(1958)に外観を復元して建てられ、昭和28年(1953)に城跡は史跡指定されました。また、平成6年(1994)までに二の丸の建物(表御門、平櫓、多聞櫓、太鼓櫓)が木造で再建され、内部を見学することができます。
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原爆ドームのところでも、戦争中にアメリカ軍が行った行為を書きましたが、広島の地はやはり戦争とは切り離せません。
ここでは、アメリカ軍が行った"焦土作戦"と呼ばれる空襲によって、焼失させられた城郭について記事を書きたいと思います。

まず旧国宝で、消失した城郭文化財は以下となります。
これは、旧国宝だけなので、その指定を受けなかった建物を含めるともっと多くなると思われます。

仙台城:大手門・大手門脇櫓
名古屋城:大天守・小天守・本丸御殿など多数
大垣城:天守・艮櫓
和歌山城:大天守・小天守など多数
岡山城:天守・石山門
福山城:天守など
広島城:大天守など(原爆による)
伊予松山城:天神櫓・馬具櫓など多数
宇和島城:追手門
首里城:正殿・守礼門など多数(沖縄地上戦の被害含む)

日本の城郭は市の中心にあり、上空からも識別しやすい為、アメリカ軍は城郭を狙って空襲を行ったと言われています。
たとえば、和歌山城などは山上にあるにも関わらず空襲を受けているのは、やはり目標にしやすかったからだと思われます。
実は、あの世界文化遺産の姫路城にも、大天守に焼夷弾が命中しましたが奇跡的に不発弾で、延焼を免れたという話は結構有名です。もし、姫路城が消失していればその文化的な損失は計り知れないものがありますが、そんなことを気に留めているアメリカ人はまずほとんどいないでしょう。

上記リストを見ればわかるように、軍事施設を狙ったなどということはなく、日本の一般市民の多くの命を奪った、戦争の名を借りた殺戮でした。これが所謂アメリカ軍の"焦土作戦"と呼ばれるもので、その残虐さが一際わかるのが東京大空襲です。

この"焦土作戦"を行うために、アメリカ軍は綿密に計画を進めました。まず、1943年2月から3月にかけ、ユタ州ソルトレークシティー南西の砂漠にダグウェイ試爆場をもうけ、日本とドイツの建物が建設されました。同年5月から9月にかけて繰り返し焼夷弾を投下して、落下軌道、発火範囲、燃え方、消火にかかる時間など細かいデータをとって、いかに効果的に日本家屋を燃やせるかの研究が行われたのです。

そのデータを元に、東京を空襲する際に、効率的に日本人を虐殺する方法として以下の方法が取られました。
①従来の1万メートル以上、上空からの爆撃ではなく、1500~1800メートルの低空から爆撃して命中精度を上げる。
②爆弾はすべて焼夷弾とし、B29に最大限の8トンを搭載する。防御用の銃以外すべて取り外し、燃料も最小限にして機体を軽くする。
③防火体制のとりにくい夜間爆撃とする。 さらに江戸時代の大火が春先の強風が吹く3月上旬に集中していることや戦前の記録などを調べて、空襲の決行日を陸軍記念日の3月10日に決定されたのでした。

そして、攻撃手順として以下が決められました。
①最初に空爆目標地の外周隅田(すみだ)川や荒川の堤防沿いに焼夷弾を落として炎の壁を作り、人々の退路を絶つ(1機あたり24個の集合焼夷弾を15メートル間隔で落とし、X状の火の壁を作る)。
②隅田川と荒川放水路の南北のラインを火の壁にする。
③東西のラインも火の壁を作り、住民を完全に包囲する。
④325機のB29で地上を嘗めるように焼夷弾を落とし、焼き尽くす(1㎡あたり3発、総重量2700トン)。

この作戦を立案した男の名前はカーチス・ルメイという男で最終的に空軍参謀総長まで上り詰めました。この男が、焼夷弾を使ったいわゆる"焦土作戦"立案し、また原爆投下の指揮もとって、日本の一般市民数十万人を殺戮した張本人です。
この男は、この攻撃案が決まるとこう言い放ったと言われます。「これでやれば、東京下町は焦土と化し、ジャップス7万人以上を炎の中で昇天させ、約20万戸を全焼させることができよう!」
そして、上記作戦が、3月10日に決行され、10万人もの東京の一般市民は生きたまま炎で焼かれて虐殺されることになります。

Wikiによると、カーチス・ルメイとは以下のような男であったようです。
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“鉄のロバ”(頑固者)と呼ばれ、訓練が実戦で生死を分けると信じており、作戦と作戦の間に部下を徹底的にしごき寡黙で鬼のように厳しかったが、部下からは絶大な信頼を寄せられていた。

ドイツ本土への爆撃に赴く搭乗員に対し「君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう。そんなときはきっと、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえに崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたいのなら、そんなものは忘れることだ」と言い聞かせたこともある。

戦後、ルメイは「我々は東京を焼いたとき、たくさんの女子どもを殺していることを知っていた。やらなければならなかったのだ。我々の所業の道徳性について憂慮することは―ふざけるな」と語った。
また、日本爆撃に道徳的な考慮は影響したかと質問され、「当時日本人を殺すことについてたいして悩みはしなかった。私が頭を悩ませていたのは戦争を終わらせることだった」「答えは“イエス”だ。軍人は誰でも自分の行為の道徳的側面を多少は考えるものだ。だが、戦争は全て道徳に反するものなのだ」と答えた。
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ルメイという男は、徹底的な軍人で、部下にも厳しかったけれども、責任を部下に押し付けることなく、自分も戦場の陣頭に立ち、寡黙で言い訳もしなかったことから、部下には圧倒的に信頼されていた人物のようです。命をかけた戦場では、このような人物には部下も安心して命を預けられたのでしょう。また、Wikiには、爆撃は航空軍司令官ヘンリー・アーノルドに命じられた任務であり、ルメイの役割が誇大に語られる傾向がある。ルメイの就任でB-29の攻撃法が夜間中心に変わったが、都市爆撃の枠組みは、統合参謀本部の決定、焼夷弾攻撃の準備、東京や名古屋でのハンセルによる無差別爆撃の試行などルメイ就任前から進められていたとの記述もあります。

そういうことを全部知った上でも、自分はこの男を鬼畜以外には思えません。
戦場では、殺さなければ自分が殺されるという状況は心が麻痺するということを理解することはできます。しかし、"日本人を殺すことについてたいして悩みはしなかった"などと、いけしゃあしゃあと他人に語る男を、人であるなどと自分には到底思えません。この男だけは、どんな事情があろうと、自分は絶対に許すことはできません。

しかし、実は、この男には後日談があります。なんと、この男は、戦後、日本から「勲1等旭日大綬章」が授与されたのです。勲1等旭日大綬章は日本最高位の勲章です。国家に対して著しい貢献があった者だけに贈られるものです。叙勲の理由は「わが国防衛力の拡充強化に関して、米軍の対日協力、援助に寄与した」ということで、要するに「日本の航空自衛隊の育成に協力したから」という理由だそうです。勲一等の授与は天皇が直接手渡す“親授”が通例でりますが、昭和天皇は親授しませんでした。この叙勲には政治的な力が働いたと思いますが、親授を拒絶された昭和天皇の心中をお察しすると、本当に怒りがこみ上げてきます。

東京大空襲は、民間人を中心ターゲットにした大虐殺であり、これが戦争犯罪でなかったら、どこに戦争犯罪なるものが存在するのか、ということになってしまうくらいに明々白々の戦争犯罪です。それにも関わらず、それを行った側が勝者の側に居るだけで許されてしまうという国際社会について、私たち日本人はもっと真剣に考える必要があると思います。(実はルメイ自身が、後に「もしわれわれが負けていたら、私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた。」と語っています。「読売新聞」平成18年3月10日号社説より。)
それは、同じことをほかの国にしてやろうなどというのではもちろんなく、もう2度とこのようなことを起こさせないくらい、日本を理性を持った強い国にすることが、残された日本人のとるべき道だと思います。

補足として、以下のことを述べておきます。
よく、中国の重慶に対する日本軍の爆撃を例にとって、日本も重慶を爆撃しているのだからアメリカ軍に日本の都市を攻撃されても仕方がないなどという人がいますが、それは全く違います。重慶は都市のいたるところに戦闘施設がある要塞都市でしたので、日本軍も町の広範に渡って爆撃を行なわざろう得ない状況がありましたが、日本の各都市は要塞化などされていませんでしたし、そもそもアメリカ軍がとった作戦が焦土作戦であり、民間人の虐殺を目的としていましたから、爆撃の性格が全く違います。

5.日本を取り巻く国々のこと
昔に比べ、現在はグローバル化が進み、日本以外の世界のニュースがよく聞かれるようになってきたと思います。
分けても、経済力をつけてきた中国及び韓国の台頭は目を引きますが、いかんせん両国とも(北朝鮮を入れれば特亜3国)は世界的に見ても非常に特殊な国であり、日本も非常に迷惑をかけられているので、どうすれば良いものかと考えざろう得ません
特に韓国は、世界中に嘘をばら撒いており、それはアメリカにも飛び火してしまっています。
これらについて、自分なりに考えたり調べたことについて、以下に書いてみました。

1) アメリカ合衆国
上記で書いた第二次世界大戦中のアメリカの戦争犯罪を許すことはできませんが、現在のグローバル化の状況に日本1国で対処することは非常に困難なことは間違いありません。ですので世界一の軍事力を持つ米国と、お互いに利益を得る関係を進めていくことは、日本の国益にかなっていることだと思います。但し、どの国でもそうなのですが、特にアメリカは自分に利益があるときだけ動きますので、日本は、常に日本の国力をアメリカに示し、日本と組むことがアメリカの国益に繋がることを理解させる必要があります。

ただ、現在のアメリカがどうも以前より信用が置けないなと思う理由は、オバマ氏が現大統領であるからです。
どうも、このオバマ氏というのは、自分の目には、人に耳触りのいいことを演説したりすることは好きだけれども、政治家の本分である人を説得したり利害の調整をしたりという地味な仕事に興味がない人のように見えてしまいます。一部では、オバマ氏はビジネスライクなどと言われているようですが、それは単に、オバマ氏は他人からいい人と思われることだけにすごく興味があって、自分以外の他人については大して興味が無い冷たい人であることが、そのように見せているだけなのではないでしょうか。。そして、人権だの抽象的な言葉にはやたらと敏感に反応してカッコつけたがる、似非リベラルの人のような気がしてなりません。この前、韓国へ行って、所謂"従軍慰安婦問題"について、重大な人権侵害だなどと言ったのは、その最たるもののような気がします。この人の他人に対する興味のなさが、中韓の主張を鵜呑みにさせ、将来日本に厄をもたらすような気がして心配でなりません。

また、オバマ氏個人のことはさておいても、アメリカに中韓の影響が大きくなってきていることはかなり問題です。
今までは、アメリカという国は、移民で成り立っている国ですから、出来るだけ各民族のナショナリズムを抑えることが公平さに繋がり発展してきたように思います。でも、ナショナリズムを抑えて公平に振舞うということが中国人・韓国人にできるはずがありません。そして、その行き着く果てが、現在のグレンデール市の"慰安婦像"の問題なのだと思います。この他にも、ニューヨーク州では、韓国系と中国系の主導により旧正月は公立学校の休校日になったそうです。このゴリ押しは、郷に入れば、郷に従えの日本人には到底真似できないものです。(そりゃ、こんなゴリ押しがまかり通るなら、日本海が東海にもなるわな...。)
多分、これを支持した韓国系と中国系以外のアメリカ人は、韓国系と中国系アメリカ人のゴリ押しに妥協したことを将来後悔する時が来るでしょう。日本人は、もう嫌というほどそれを味わってきているので。

まぁ、それは未来の話として、自分は、自分自身ができることとして、例の慰安婦像撤去ホワイトハウス請願10万票に参加しました。個人でできるのは、ここまでで、後は政治家に任せるしかありません。韓国人がアメリカで行ったことは明らかに一線を超えました。大変かもしれませんが、こういうことには1つずつ粘り強く抗議をしていかなければなりません。自分は、この件に対し、日本は大きな予算を付けて対処してもよいと思っています。

2) 中国
中国が、現在、南シナ海で行っていることを考えれば、この国がいかに危ない国であるかは一目瞭然でしょう。しかし、この国に対しては打てる手立てがあまりないのが辛いところです。何しろ有史以来5000年もの間一度も選挙が行われたことが無く、政府(選挙で選ばれているわけではないので国民に信任されているわけではない)によって情報が統制されてしまっており、教育も反日思想を叩き込まれてしまっているので、まともな話し合いが出来ない状態です。また、アメリカも、中国の市場を魅力的と捉えているのか、中国には妙に及び腰で、ファーストレディのミシェル夫人などは中国で1週間も遊んでいる始末です。きっと、中国人はあまりのチョロさに腹の中で大笑いしていたことでしょう。全く、何をしているのだか...。
唯一の救いは、自民党政権になって、安倍総理が中国に毅然と対処していることです。以前の民主党政権の時は、あの赤い官房長官などは、何をしでかすかわからない恐怖がありましたが、今は安心して見ていられます。中国に対しては、これからも毅然と一つ一つ対処していくしか無いと思います。

3) 韓国
この国に関しては、現大統領の反日全開ぶりが日本中に知れ渡り、また韓国のいろいろなことに対するデタラメぶりがきちんと報道されるようになって、ほとんどの日本人が韓国をよく思っていないのでは無いでしょうか。ほんの数年前までの、韓国のことを悪く言うことができない雰囲気があった頃のことを思うと(少なくとも、TVでは韓国の真実の姿を絶対に放映しようとはしていませんでした)、韓国のありのままを報道しようとしている現在の状況は、やっと報道がまともな方向に動き出したという感じです。でもそれは、まともになってきたというよりも、韓国の反日ぶりが常軌を逸してきていて、とても看過できない状況になってきているからなのだと思います。

この常軌を逸した行動の最たる例は、例の米国グレンデール市の"慰安婦像"や、フランスでの漫画フェスティバルでの"慰安婦展"などの、他国を巻き込んだ反日運動です。韓国国内での反日運動は、例えそれが嘘であっても、直接日本に害を及ぼしていないとも言えたのですが、海外での嘘を元にした反日運動は、確実に日本の実害となっていますから、韓国は超えてはならない一線を確実に超えたと思っています。

3)-1.所謂"従軍慰安婦"強制連行問題"

この所謂"従軍慰安婦問題"というものについて、混同していけないことは、従軍慰安婦というものは当時、どの国にもあったということで、朝鮮戦争の際は、韓国自身が米軍相手の慰安所を造り、現大統領の父親がそれを認めた文書まで残っています。では、問題になっているのは何かと言うと、日本が公権力を使って、強制的に韓国人の女性を慰安婦にさせたかどうかということなのです。

このことについて、現在、従軍慰安婦が日本の公権力によって強制的に集められたという証拠は一切発見されていません。証拠がない以上、自分は強制的に慰安婦が集められたなどという、元慰安婦と自称する人物の話を信じるわけには行きません。(逆に、日本側が慰安婦へ金銭を支払ったり、朝鮮人の人買いに注意せよとの通達などの証拠はあります。)

この慰安婦問題は、吉田清治なる人物の著書『私の戦争犯罪』という本の中で済州島などで戦時中に朝鮮人女性を慰安婦にするために軍令で強制連行(「慰安婦狩り」)をしたと告白証言を書いていることが発端となっています。それは後に日本と韓国の追跡調査から創作であることが判明し、本人も慰安婦狩りが創作であったことを認めているのです。この時点で、この問題は終わりのように思えるのですが、この話を大きく広げたのが朝日新聞の上村隆記者が、書いた従軍慰安婦の記事で、この朝日新聞の記事が韓国の様々な新聞に転載され、慰安婦問題がクローズアップされた経緯があります。この記事は女子挺身隊と慰安婦を混同したりして事実と異なることが指摘されていますが、朝日新聞社は今もって謝罪・訂正をしていません。また、補足の情報として、この上村隆氏の妻は韓国人で、その妻の母親は太平洋戦争犠牲者遺族会の常任理事であった粱順任という人物なのですが、この粱順任は韓国遺族会裁判を起こし最高裁で敗訴確定後、裁判支援金を持ち逃げ疾走しようとして詐欺罪で逮捕されているような人物です。

この所謂"従軍慰安婦問題"は、これだけ、元の資料がいい加減なのにも関わらず、世界中に拡散しています。例えば、国連に提出されたクマラスワミ報告書やマクドゥーガル報告書では、吉田証言も事実認定の有力な証拠のひとつとして用いられており、この報告書は国連の人権委員会に受け入れられています。

このクマラスワミ報告書では、例えば、鄭玉順氏による以下のような証言が、何の裏付けもなく記載され、それが正式な報告書として採用されています。
「一緒にいた一人の朝鮮の少女が、どうして一日に40人もの大勢の相手をしなければならないのかを尋ねたことがあります。質問したことを罰するため、日本の中隊長ヤマモトはこの少女を剣で打つように命じました。私たちが見ていると、彼らは少女の衣類をはぎとり、手足を縛り、釘の出た板のうえを、釘が血と肉片で覆われるまで転がしました。最後に、彼らは彼女の首を切りました。別の日本人ヤマモトは、「お前たちみんなを殺すのは簡単だ。犬を殺すよりもっと簡単だ」と語りました。彼はまた「こいつら朝鮮人少女は食べ物がないといって泣いているから、この人肉を煮て食べさせてやれ」とも言いました。」

まず、戦場に、このような釘を打ち付けた拷問用の板があるなどということが考えられないし、そもそもこのような拷問の方法が日本にあるということを自分は聞いたことがありません。しかしここで問題なのは、この突っ込みどころ満載な何の裏付けもない朝鮮人の証言がそのまま国連へ提出され、そしてそれがそのまま採用されてしまっていることです。このことを日本人はもっと知る必要があると思います。

3)-2.朝鮮半島引き上げ時に起きた日本女性の悲劇
韓国の所謂"従軍慰安婦"の嘘は、最近益々エスカレートしてきていますが、2014年5月に、韓国・女性家族省の公式ホームページに掲載されている慰安婦問題を扱ったコーナーで、真偽が明らかでない元慰安婦たちの証言がそのまま真実のように扱われ、子供たちの教育資料として使われていることが判りました。内容は「日本軍は性犯罪の残虐性が世の中に知られるのを恐れ、戦争に負けると同時に私(慰安婦)たちを生きたまま土に埋めたり、自殺を強要するなどさまざまな方法で殺そうとした」などと明らかに事実と異なることが韓国の公式のホームページに記述されています。
真偽の裏付けの全くないただの証言を真実のように述べていることも問題なのですが、理屈から言っても、戦争中に従軍慰安婦の件が国際的に問題になったことなどは一切無かったので、終戦後に日本軍が慰安婦を殺す理由が何一つないという当たり前の理屈すら韓国政府には考慮されていないということは呆れるばかりです。

そして、終戦直後に女性の上に起きた悲劇に関しては、韓国が言うのと全く逆で、終戦後朝鮮半島から引き上げてきた日本女性の方が朝鮮人にひどいことをされたことが真実なのです。以下は終戦直後、韓国釜山から引き上げてきた日本人女性たちの記録です。
釜山港から引き揚げた日本人に対して、釜山日本人世話会が行った昭和20年12月から21年3月の調査では、 調査対象者885人のうち、性暴行被害者70人、性病罹患患者19人、 約1割が性犯罪の被害に遭っているという数字が示されました。 博多港に着いた船から、 将来を悲観し、飛び降り自殺を図る日本女性も多数いたとのことです。 当時、堕胎は法律で禁止されていましたが、 女性達の悲劇に心を痛めた日本政府は、超法規的に堕胎を認めます。 その堕胎手術が行われたのが、 福岡県筑紫郡二日市町にあった、二日市保養所です。 麻酔薬が不足していた為、麻酔無しの堕胎手術が行われ、 死者も少なからず出ました。当時の医師の証言によると、 閉鎖まで約500人に堕胎手術を施し、 梅毒や淋病などの性病患者も約500人いたのです。 この日本女性の悲劇の歴史は、決して風化させてはなりません。

韓国のホームページに載っている事実と逆の被害者を騙った自称慰安婦の嘘は絶対許されてはなりません。自分が暗澹たる気分になるのは、この自称慰安婦が、かなり気軽に嘘をついているのではないかと思われることです。これは、韓国に蔓延している日本人になら何をしても良いという雰囲気がそうさせているのでしょうけれども、このような嘘が平然とまかり通る韓国と分かり合うことは、もう絶望的なのかもしれません。

この朝鮮半島からの引き上げに関しましては、別の資料として、ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんという方が自著の"竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記"という本の中で自身の体験談として綴っています。
 竹林
家族で朝鮮北部の羅南に住んでいたヨーコさんは、敗戦の間際、ソ連軍が攻めてくるというのでお母さん、お姉さんとともに羅南を脱出し、朝鮮半島を縦断する決死の体験を経て、日本へと引き揚げました。そして、その道中にヨーコさんが目撃した朝鮮人による強姦の場面も出てきます。しかし、この本の中では、朝鮮人だけでなく日本人からひどいことをされたことも書かれており、最後のあとがきには親切にしてくれた朝鮮人の一家の話も出てきます。著者の兄は、雪の中で行き倒れたところを金さん一家に助けられ、命をとりとめます。日本人を匿っているのがばれれば、自分たちも殺される状況であったにもかかわらず助けてくれたのです。
多分この本を読めば、その当時の人々が生きることに必死だったということを、きっと多くの人が理解できると自分は思います。
そして、その極限状態の中でも、人種にかかわらず救いの手を伸ばそうとする人もいるということに心を打たれるはずです。

この本は、戦争の悲惨さを訴える資料としてアメリカで優良図書に選ばれ、中学校用の教材として多くの学校で使用されていましたが、2006年の秋、ボストン近辺に住む在米2世韓国人たちが突如「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して被害、犠牲、苦痛を与えた歴史を正確に書いていない」などの理由を付けて本を教材からはずす運動をあらゆる手段を使ってやり始めました。さらに、「著者の父親が731部隊に属していた悪名高い戦犯であり、また慰安婦を満州に送った悪者である」といった事実に反することも言い始めました。そこにボストン駐在韓国領事も仲間に加わり、この動きが世界中に広まっってしまったのです。
この本の内容は、上記にもあるように、朝鮮人だけを貶めようとするような本では決してありません。それを、朝鮮人が必死で排斥しようとする理由は、彼らが、"自分たちが乱暴狼藉を働いたという歴史的事実を完全に「なかった」ことにして、今なお自分たちだけが被害者であるかのような顔をし続けたい”という一点に尽きます。しかも、歴史を正確に書いていないと言う側が、ヨーコさんのお父さんの経歴を捏造してまで排斥運動を行っているのです。この反日に凝り固まって、目的のためには手段は選ばず、自分たちの意にそぐわないものを排斥するためなら捏造も辞さずという彼らの行動様式は、現在に至るまで全く変わっていません。

3)-3.日本の戦後補償

上記の所謂"従軍慰安婦"の件だけでなく、韓国人は日本を貶める発言を、大統領自ら各国の首脳へ直接話しています。その一つが戦後補償の問題で、事あるごとに韓国は、ドイツと違って日本は十分な謝罪と補償をしていないと喧伝しています。ではその根拠とはどのようなものなのでしょうか。

以前、朝日新聞は、ドイツは旧西独時代以来、ユダヤ人虐殺などへの個人補償 だけでも、円換算で総額約6兆円を支払ってきている。日本 がアジア諸国に払った賠償・準賠償はざっと6千億円であるとし、ドイツは誠実に戦後補償に取り 組んでいるのに、日本は逃げている、誠実に謝罪し、賠償しない から、いつまでもアジア諸国から信頼されないのだ、という主張をしたようです。
(ソースはちょっと見つからないのですが、また朝日新聞かという感じです。)

これに対する反論のまとめとして、Netで以下のまとめを見つけましたので転載します。

・ ユダヤ人600万人虐殺などというような犯罪を、日本は犯していないから、補償金額の多寡を比較すること自体、無意味である。

・ ドイツはユダヤ人虐殺以外の戦時賠償をまだ完了しておらず、まだこれからの段階。日本は北朝鮮以外のすべての関係国と 講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償が完了している。

これらについては、以下のブログで詳しく説明されていたので、URLを転載させていただきます。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog118.html

この日本が行った戦後賠償の記録を読む限り、日本人は実に誠実に戦後賠償の責任を果たしていると感じます。この戦後賠償の作業は本当気厳しく辛い作業だったことだと思います。この作業に誠実に取り組んだ日本人の方々の努力には、本当に頭が下がる思いです。日本政府は、この先人の努力を通じて、日本は完全に戦後補償を終わらせたことを、日本国民にもっと知らせるべきです。そして、日本ほど誠実に賠償を行っている国はないことを日本人はもっと知るべきです。あのドイツでさえ戦後補償を終わっていませんし、例えば米国は、ベトナムの北爆でナパーム弾や枯葉剤を使用という非人道的なことを行っているのに、その賠償を全く行っていません。また、このベトナム戦争で韓国軍が行った鬼畜の非道に関しても、韓国は全く賠償を行っていません。

この戦後賠償の中で、特に韓国へは、直接戦争を行っていないにも関わらず謝罪と経済協力金を払っています。この経済協力金ですが、韓国とは戦争をしていないので賠償金を払う理由もないところを、わざわざ経済協力金という名目で8億ドルを日韓基本条約を締結する際に、韓国に支払っています。この内訳は無償供与3億ドル、有償貸付2億ドル、民間借款として3億ドルであり、この額は当時の韓国の国家予算の2.5倍、現在の物価換算で1兆~2兆円、当時の日本の外貨準備高が18億ドルでしたから、その約半分に当たるという巨額のものでした。しかし、卑怯にもこの事実を韓国はしっかり国民に伝えていません。そして現在の韓国の教科書でも、この経済協力金8億ドルを日本から供与されたことを記述していません。またそもそも、朝鮮に対しては日本は植民地ではなく国際法の手続きに従い併合したのであり、膨大なインフラ整備と教育等の投資を朝鮮半島に行いました。これはヨーロッパ諸国が主にアフリカ大陸で行った植民地に対して行った行為とは全く異なるものだったのです。

第二次世界大戦における日本の戦争責任は、自分の考えでは、講和条約、平和条約を結び、正式に国家賠償を行ったところで終了していると思います。もし、これらを行っても戦争責任を取っていないと言うならば、何故平和条約を結び国家賠償を行ったのかさっぱりわかりません。もちろん、賠償を行っただけでなく、その後日本は全く戦争を行っていません。
ただ、この世界的な常識が全く通じないのが、日本の周りにある特亜三国なのです。

韓国は日韓基本条約が締結されたあとも、繰り返し日本に謝罪を求めるという異常さを見せてきましたが、最近起きたセウォル号の沈没事件での韓国大統領の謝罪を見て、韓国人の日本人との異質さを改めて認識できたと思います。そもそも、あの事故は人災で、大統領とは直接関係ないと思うのですが、完全な上意下達の文化を持つ韓国では、どうやら国のトップである大統領が謝罪しなければならないらしいのです。しかも心からの謝罪ではないと5回も謝罪させられ、しかもその5回目でやっと泣いたといわれ、挙句の果てにまだ遺体が見つかっていない遺族に対する言葉がないからその謝罪は受け入れられないなど言う人も未だにいる始末。はっきり言って、こんなめんどくさい民族とはつきあってられません。

この謝罪に対する粘着ぶりをみて、日本が戦後、韓国併合について何度も謝罪しても、それをなかったことにされてきた不可解さについては、なるほどこういう謝罪を要求していたのだと合点がいきました。つまり、日本の首相なりが、涙を流しながら、全て日本が悪く、韓国の言うことは何でも受け入れるます言って韓国人の前に跪くということが、韓国人の求める謝罪なのです。はっきり言ってこんなことは、未来永劫行われることは絶対ありませんので、韓国の要求する謝罪などという言葉を真剣に受け止める必要は全くありません。謝るだけ無駄というものです。

また、この韓国人得意の謝罪要求ですが、先に述べたように、ベトナム戦争で韓国人が行った有名な残虐行為に対し、韓国はベトナムに謝罪していません。所謂慰安婦問題が、自称慰安婦側の一方的な証言だけなのに対し、ソンミ村での虐殺行為は、複数の目撃者から事実が確認され、実際に虐殺があったことが歴史上確定しているのにも関わらず、韓国はベトナムに何もしない態度をとり続けています。98年に当時の大統領である、キム・デジュン大統領がベトナム訪問したときに「遺憾の意」を示しましたが、韓国に帰国するとすぐその謝罪を撤回しました。よくこんな卑怯なことができると感心します。

3)-4.朝鮮人の戦争犯罪
とにかく、韓国人がよく言うことといえば"慰安婦問題"であり、それと同時に"日本はドイツのように謝罪していない"という"ドイツに学べ"論です。ただこれに関しては、既に上記で述べたように、ドイツは日本と違い、未だに戦後補償を済ませていません。
というか、そもそも日本は韓国と戦争をしていませんし、もっと言えば、その当時の韓国は日本に併合されていたので、韓国人は日本人として、日本と一緒に連合国と戦っていたというのが真実なのです。
このことについて、産経新聞の黒田勝弘記者が〝壮大な誤解 韓国こそ「ドイツに学べ」"という面白い記事を書いています。
この記事の中で黒田記者は、もし韓国をナチス占領下のヨーロッパに当てはめてみるならば、それはオーストリアかもしれないと言っています。それは、オーストリアがナチス・ドイツに6年間、併合されその一州になったので、この事実から考えるとオーストリアはナチスの一員として大戦を連合国と戦ったことになります。興味深いのは、戦後オーストリアがナチス・ドイツとの過去の関係を国際社会に謝罪していることで、この例でいくと、韓国は日本とともに謝罪しなければならないのですが、この正論を韓国人が理解することは未来永劫無いでしょうね。

黒田記者のこの記事のリンクを以下に貼っておきます。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130824/kor13082410010002-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130824/kor13082410010002-n2.htm
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130824/kor13082410010002-n3.htm

また、"慰安婦"、"ドイツに学べ"と同じくらいに連呼されるのが、"戦犯国日本"ですが、上記理由で、そもそも、その当時の韓国人は日本人として連合国と戦っており、その証拠に、B級C級戦犯として裁かれている韓国人がいるのです。
靖国神社への"A級戦犯"合祀問題で、韓国人にすっかり有名にされてしまった、"A級戦犯"という言葉ですが、おそらく殆どの韓国人が正確に理解していないと思うのですが、この言葉は、東京裁判で戦争犯罪類型として採用された、A項「平和に対する罪」、B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」から由来するものであり、A級B級C級というのは戦争犯罪のランクを意味するのでは無いのです。そして、A級戦犯が、主に戦争を引き起こしたことについて罪を問うたことに対して、B級C級は、戦争中の直接の残虐行為を裁いたもので、そこに朝鮮人が入っているのです。Wikiによると、朝鮮人の戦犯は、オランダ法廷で裁かれ、その朝鮮人については「一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりももっと凶暴だった」「体罰では、日本兵よりも彼ら(韓国人)を遥かに恐れた」「日本人戦犯の責任を軽減するつもりは毛頭ないが、占領地域で最も嫌われたのは、このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だった」などをはじめ、その凶暴性についての証言が数多く出ています。

このB級、C級戦犯については、戦争中に上官の命令で仕方がなく行ってしまったことに対しても一方的に裁判所によって断罪された事例が多くあり、この朝鮮人の戦犯が全て残虐であり戦犯として裁かれても仕方がないなどと言うつもりはありません。しかし、これらの朝鮮人が戦犯として裁かれたという事実は、彼らが日本人として行動していたということに他なりません。もしかすると、韓国人は自分自身を、第二次世界大戦中のユダヤ人に準えているのかもしれませんが、ユダヤ人がドイツ人として振舞うことは絶対になかったはずです。つまり、彼らが言う”韓国人が大戦中、完全なる被害者であった"どいうことでは決して無かったことを、この朝鮮人のBC級戦犯は示しているのだと思います。

3)-5. 韓国人についての個人的な経験
韓国という国は、似ているようでいて余りにも日本と異なっており、また長年マスコミ(主にTV)によって真実を隠されてきましたから、ネット上には韓国の実態を知らせるサイトが数多く存在します。
現在、時々覗くサイトは以下です。これらは、所謂嫌韓サイトではなく、韓国人が何を考えているのかを理解する一助となるサイトだと思うので、以下にURLを貼っておきます。

・シンシアリーのブログ
 http://ameblo.jp/sincerelee/
 親日の韓国人シンシアリー氏が、韓国についての問題点をいろいろ語るブログ。
 非常に頭の良い方で、シンシアリー氏による恥韓論は読み応えがあります。

・【韓国の反応】みずきの女子知韓宣言(´∀`*)
 http://oboega-01.blog.jp/
 管理人みずきさんによる韓国翻訳サイト。
みずきさんの本質を突いた感想には、いつも感心させられます。

・これはサイトではありませんが、日韓併合時代に何が行われたのかということに対して詳しい調査記録を記述している本です。
 new koria
 THE NEW KOREA―朝鮮(コリア)が劇的に豊かになった時代(とき) アレン アイルランド (著)
 日韓併合時代に、日本が朝鮮の成長にどれだけ貢献したのか、どれだけの資本を投じて朝鮮に豊かで秩序ある社会を構築したのかを、イギリス人であるアレン・アイルランド氏が膨大な資料を駆使して説明しているすばらしい書籍です。
 驚くべきことは、この本は見開きで、左に英文、右に日本文の対訳の体裁を取っていることです。このような書籍を刊行した桜の花出版編集部へ感謝です。

この手のサイトを見ることになったきっかけは、仕事で韓国人と一緒に仕事をする機会があり、韓国のことを色々ネットで調べている時に見つけたからです。(ネットの記事で、ロス暴動では、警官の黒人に対する暴行は単なるきっかけに過ぎず、本質は韓国人の黒人に対する差別であったことを知ったときは本当に驚きました。自分は、このロス暴動をTVで実際に見ていましたが、警官の黒人に対する暴行によって暴動が起こったとしか、TVでは説明していませんでした。その後、ロス暴動は韓国人と黒人の争いになりましたが、当時の自分はなぜ、警官の黒人に対する暴行が、黒人vs韓国人になったのかさっぱりわからなかったのです。それが、ネットの記事を読んで、初めて合点がいきました。それ以降、この手の記事をよく読むようになりました。)

実は、自分は前の会社に在籍していたとき、韓国に5回程出張し、合計で2~3ヶ月くらい韓国に滞在したことがあります。また、現在の会社では、ある装置の据付で1年以上も複数の韓国人と一緒に働きました。
恐らく、仕事だからお互いに自重し合ったということが大きかったとは思いますが、一緒に働いた韓国の人たちは皆いい人ばかりでした。中でも1人の韓国人Yさんとは非常に仲が良くなり、京都へ一緒に旅行へ行ったり一泊二日で富士山へ登ったりもしました。このYさんで一番印象的だったのは、ある日突然、もし選べるのだったらお前は日本と韓国のどちらに生まれたかったかと突然尋ねられ、リップサービスでしたが、どちらの国でも構わないと答えたところ、かなり本気で、お前は日本がどのくらい良い国なのか解っていないと言われたことです。実は、この韓国人は20年前に、米国へ渡りそこでグリーンカードを取得した人物なのですが、その当時、彼が韓国の国籍を捨てなければならなかった事情があったからこその、この言葉なのだと思います。

このような個人的な経験からは、韓国人個人と親密な関係になることは不可能なことではないと思います。しかし、国同士の付き合いでは、建前とか国の理念とかが関わってきますので、これまでの経緯を見ても絶望的と思わざるを得ません。何しろ朝鮮人は、たとえ自分たちの国の姿が自分たちの理想からかけ離れていたとしても、その理想の姿をたとえ嘘をついてでも現実の姿であると主張することこそが、彼らの思う愛国的行為であり、その愛国に従って行動することは彼らの言う道徳に叶うことなのですから。
これは、現実の姿を理論的に解釈しようとする日本人の性質とは圧倒的に相性が悪いことであり、そんな真反対の倫理観を持った国同士が隣にあることは本当に不幸な事です。

3)-6. 韓国人の本音
日本人と韓国人の精神性は違う部分ではあまりに違うので(感性が同じ部分はもちろんあると思います)、多くの日本人には韓国人が本当のところは何を考えているのかということをよく理解できません。韓国人との対談集や翻訳サイトを読んだことがある人には分かると思いますが、韓国人には日本人の考える理屈がさっぱり通じないことがよくあります。自分が、初めて韓国の翻訳サイトを読んだ頃は、まだ掲示板内で韓国人vs日本人の論争が行われている頃であり、その論争の記録を読むことができたのですが、あまりの会話の噛み合わなさに絶望すら感じたものです。そんな中、韓国人のシンシアリー氏のブログを読むようになって、少しは韓国人の考えがわかったような気もしましたが、シンシアリー氏は、どちらかというと日本人の心を持った韓国人という感じで、シンシアリー氏の考えは一般の韓国人とはかなり違うのではないかと感じていました。
しかし、カイカイ通信という翻訳サイトで、韓国人と日本人のやり取りで面白いものを見つけたので、下記に紹介したいと思います。
この韓国人は、大変頭のいい人で、分析も鋭く、ウィットに富んだ表現にも感心したのですが、中でもすごいと思ったのは、韓国人が考えていることを、日本人が読んでも理解できる文章で説明したことです。こういう韓国人を自分は初めて見ました。

http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/38924483.html
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/38960404.html

中でも興味深かったのは、この韓国人の述べる韓国人の反日の理由で、韓国という国は、日本から独立して出来たところから歴史が始まるので、日本は絶対悪でなければならないという彼の説明を読んだとき、自分は初めて韓国の反日の理由を理解した気がしました。

前述のシンシアリー氏は、反日は韓国人にとって、日本人を悪とする絶対不変の宗教のようなものだと説明していましたが、これだと、長い間中国の属国であったことや、日本の統治時代に日本が多額の資金をつぎ込んでインフラや教育の整備を整えたことをなぜ認めようとしないのかが説明つかないなぁと思っていたのです。なるほど、そういう理由なのか。
でも、こういう理由だと、韓国の反日は未来永劫消えないでしょうね。韓国が日本の敗戦によってタナボタ式に独立をしたというのは歴史的事実で、流石に韓国もこれを否定することは出来ないでしょうから(これを否定すると韓国人が好きな被害者という立場を失うことにもなってしまいますからね)。

そして、韓国が反日を克服することも、残念ながら無理だと思います。上記理由ならば、そのときは韓国が日本を超える時だと思いますが、その時が訪れることは今後絶対無いでしょう。それは、韓国人の、自分が気に入らないものは嘘をついても無かったかったことにしてしてしまったり、法律があっても、自分にとって都合が悪ければ平然と無視してしまういい加減さを見れば分かることで、日本人がもしその法律を守れば損をすると分かっていても、それを守ろうとする態度とは全く異なるものなのです。

今月セウォル号の沈没事件が起きて、韓国中でそれを反省する気分が高まっているようですが、おそらく韓国は何も変わらず、同じような事故がこれから先も起きていくことでしょう。この事故では、いくつもの韓国らしい汚職や、形だけ整えて実際は何も機能しない組織の実態などが重なって被害が拡大しましたが、これについては今更詳しく言及しません。
自分が問題だと思ったのは、大統領が、未だに急難活動が続いている最中に、海洋警察を解散すると言いだしたり、勝手に逃げた船長の行為を殺人に等しいと述べたり、挙句の果てにオーナーの資産240億円を没収するなどと決めたことです。大統領のこれらの行為や発言は、正規の手続きに法って行われたとはとても思われません。特に、この資産没収などは、裁判なしに決められたということが本当に信じられません。発言ひとつとっても、多分韓国人は、もし、日本で、裁判で刑が確定する前に首相が殺人に等しいなどと発言したら、確実に首相が失脚するだろうなどということは想像もつかないのでしょうね。とにかく、韓国人は重大なことを思いつきで軽く発言し過ぎです(おそらく慰安婦問題も根っこはこの部分です)。この風潮を韓国社会が容認し続ける限り、韓国は何も変わらないでしょう。

3)-7. これからの日韓関係
今まで、長々と韓国のことについて書いてきましたが、結局のところ、個人レベルではともかく、国同士で親交を深めるということはもはや無理だと思います。個人同士の付き合いに関しては、実際の自分の経験を通してでもそれは問題なく出来ました。よく、韓国人と日本人の違いということで、日本人は"親しき仲にも礼儀有り"、韓国人は"親しき仲に礼儀無し"などといわれますが、まさしく自分と韓国人Yさんの間で、Yさんは"親しき仲に礼儀無し"で振舞っていましたし、自分もそんなYさんを子供みたいな人だなと思いながらも、Yさんのことが好きでした。でも、そんなことを国同士の間で出来るわけがないし、そもそも、国の成り立ちという、国民のアイデンティティーの根幹に関わる部分で反日なのですから、これはもう絶対に無理です。

そして、その反日が国内だけで収まっていれば、まだ良かったのですが、自らその反日を米国やヨーロッパに飛び火させ、超えてはいけない一線を超えてしまいました。この件によって、心底韓国が嫌いになった日本人が本当に多くなったことを韓国人はもっと重大に考えるべきなのです。しかし、未だに、韓国のメディアは政治家(特に安倍首相)や一部の極右勢力のみが嫌韓を煽っていると思っているようです。これも都合の悪いことは見ないようにする彼らの典型的な行動パターンですね。

韓国は、自分たちでは中国と米国との間で等間隔外交を行っているとでも思っているのでしょうが、今後、韓国は中国の深みに嵌ってにっちもさっちも行かなくなるはずです。現在、東南アジアの国々の中で、横暴な中国になびく素振りを見せているのはカンボジアと韓国だけです。そして韓国の現大統領は、女性らしい潔癖症で日本憎しで凝り固まっており(よく、現大統領の反日は、国内へのポーズだけだという人がいますが絶対に違うと思います)、日本に振り上げた拳を下ろせないでいます。そこを、アジアで孤立しつつある中国は見逃さないでしょう。そして、この現大統領の残り二年半の任期の内に後戻り出来ない楔を韓国に打ち込むことでしょう。恐らく、後世に歴史が検証されるとき、この女性大統領の偏狭な政治手法が韓国に大きな禍をもたらしたと評価される時が必ず来ると思います。でも、彼女の外交手法は現在の韓国人にも支持されているので、今の外交の結果は韓国人自ら望んだことに他ならないのですけれどもね。ただ、うまくいかなかった時、また韓国はそれを誰かのせいにすることでしょう。それが彼らの行動様式ですから。

今後、中韓タッグの反日は激しさを増すと思われますが、韓国には今後"助けず教えず関わらず"の態度で付き合っていくしか無いと思います。

個人のレベルで言えば、先ほど紹介したネットの掲示板に降臨したような韓国人がもっと出てきてくれればお互いもっと分かり合えると思うのですけれどもね。何度も言いますが、個人レベルでは韓国人とは仲良くなれるのです。

この韓国人は、どうやらアニオタらしく、今期のアニメで面白いものは、"彼女がフラグを折られたら"とのことで、結構熱く語っていました。この作品はタイトルがあまりにイタいので、最初から眼中にありませんでしたが、この韓国人が勧めるのなら、なんとなく1回は見てみたい気がしますね。さてどうするか。
また、韓国でアニオタの見分け方として"アッカリーン"と言うと"ユルユリハジマルヨー"と答えを返すヤツを見つけることとのことです。わはは、本当に面白い韓国人だなあ。

本当は、全ての韓国人と、こんな会話ができたらいいのですけれどもね。
お互いが、違っていることを認め合い、その上で、お互いの似ているところを見つけて面白がるような関係ができたら最高なのですけれども。

6.最後に
今回、ものすごい長文になってしまいました。本当は、政治の話には大して興味があるわけではないのですけれども、昨今の中韓の日本への中傷があまりに酷く、またその大嘘にろくに真実も調べずに乗っかる米国人やヨーロッパ人の安易さにもイライラすることが多くなったので、広島を訪問したときに感じたことにかぶせる形で、韓国、中国、米国に対して感じていることを書いてみました。

自分は、平均的な日本人よりも、実際の韓国人や米国人と交わる機会が多い立場にいると思っています。そして、それは仕事上だけだからなのかもしれませんが個人的な付き合いはうまくいっていると思います。だから、人種差別的な意味合いで、米国や韓国に対して意見を言っているのではありません。彼らが余りにも事実に反したことを声高に主張して、それを事実にしてしまおうとする行為が許せず、それについて理論的な反論をしようと思っているだけなのです。

自分が、今の仕事を通じて外国人と直接話し合い、そしてNetや書籍で海外のことを調べていく中で思ったことは、日本という国が中韓が貶めるようなひどい国では決して無いということです。一党独裁の中国は除外するにしても、韓国という国の学歴や外見至上主義、賄賂の蔓延や尊法意識の低さなどは酷いものです。もちろん日本にもそのようなことはあるのですが、その度合いが全く違うのです。これらのことだけを考えてみても、日本が避難されるようなひどい国でないことは明らかです。そして、自分にとって何よりも重要なことが、その国の社会が持っている価値観の多様性を認める抱擁度合いなのですが、日本が人に迷惑をかけなければ割と何をしようが自由であるのに対し、米国は宗教の関係なのか非常に保守的であり、韓国に至っては、これは儒教の影響なのか、自分と違うものを認めないという偏狭さがあって息苦しいことこのうえありません。特に自分はアニオタなので、米国や韓国ではとても生きていけないでしょうね。サブカルのようなごった煮の価値観を拒絶せず面白がってしまうよう懐の広さを持った日本を、自分は本当に大好きです。この日本が持っている価値観の多様さは、おそらくは、色々な自然災害に見舞われることが多い日本で、みんなで助け合いながら生きてきた日本人の祖先が、長い年月を経て作り上げてきたのだと思います。自分は、こういう価値観を作り上げた日本人の祖先を尊敬致しますし、その日本人の心を育んだ日本の自然も歴史も大好きなのです。だから、嘘をついてでも日本を貶めるような海外からの発言には、今後も自分は断固として真実を訴えるようにして行くつもりです。

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