Aiuto!の穴

≫2016年02月

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岡城・阿蘇神社訪問

新装置の為の初回打ち合わせが終わったと同時に、この前やっと据付が終了した装置上で第2回目の生産が開始され大きなトラブルもなく終了することが出来た。これでほっと肩の荷が下りたし、恐らく土曜日の臨時出勤はしばらくは無いと思うので、やっと仕事に終われる日々とおさらば出来そうだけれども、まだ残件が残っていてあと少し頑張らなければいけないようです。でも、最後の頑張りのところまできています。

さて、冬休みに行った九州旅行の話を、流石に2ヶ月以上引っ張りたくないので、とにかくUpdateを頑張らなければ!

...と言いながら、相変わらず土曜日はぐったりして、日曜日はガルパン劇場版4DXを見に豊川というかなり遠いところまで出かけて(豊川を豊田だと直前まで勘違いしていて、えらい目にあいました)さらにぐったりしてしまい、自分のノルマにしていた最低週1回Updateの目標をあっさり破ってしまったのが情けない...って、確かガルパンがらみのこのパターンはつい3週間前にもあったような気が。う~ん...。

まぁ、過ぎたことは仕方がないので、気を取り直して今回は、阿蘇周辺の史跡めぐりということで、大分県竹田市にある岡城址、そして熊本県阿蘇市にある阿蘇神社への訪問を書いて見ます。

1.岡城訪問(大分県竹田市大字竹田)
熊本から別府方面へ抜ける国道57号線を東に向かって進み、阿蘇山の南側をかすめ更に東へ20km程進むと、山間の静かな城下町竹田市に到着します。岡城は竹田市の東方にある天神山の山頂に築かれ、大野川の支流である稲葉川を北に、白滝川を南に配する自然の濠を持った堅城で"日本三険城の最上"などと紹介されることもある城です(但し、この日本三険城のうち他の2城は確定しておらず、岡城の難攻不落さをあらわす一種の形容詞的なもののようです)。

1)岡城の歴史
岡城の始まりは、南北朝時代の建武元年(1334年)に後醍醐天皇の支持を受けた大友氏一族の志賀貞朝によって古くからあった山城が拡張され、岡城と名付けられたと言われています。
この岡城を一躍有名にしたのが、天正14年(1586年)、薩摩の島津氏が九州全域を配下に置こうと豊後府内に迫る快進撃を見せていた中、岡城のみは志賀親次の指揮のもと再三にわたり島津軍を撃退し最後まで落城しなかったことで(一説によると、三万七千の薩摩軍をわずか千名の兵で撃退したとも言われていますが、それは流石に誇張なのでしょう)、親次はその功績から豊臣秀吉より天正15年正月3日付けの褒状を受けています。これが、岡城を"日本三険城の最上"と言わしめる故事となっています。

しかし、豊臣秀吉の時代の文禄2年(1593年)文禄の役で大友吉統が秀吉から鳳山撤退を責められ所領を没収されると、大友氏重臣の親次も岡城を去ることとなってしまいました。そして翌、文禄3年(1594年)播磨国三木から中川秀成が移封され、入城後に3年がかりで大規模な修築を施し二の丸・三の丸を整備しました。 その後中川氏はこの地を動くことなく、明治をむかえました。

2)岡城訪問
国道57号線を竹田市街手前で分岐し、国道502号線で岡城の南側から岡城駐車場を目指します。やがて左手側に本丸石垣が見えてくると胸が高鳴ります。ちょうどその時車が路面の細かい凹凸を拾って音を出し始めるので驚きましたが、その音をよく聞いて見るとそれは雑音ではなくメロディになっていて、昔、小学校で習った滝廉太郎の"荒城の月"であることに気が付きました。
実は、荒城の月に出てくる古城は、この岡城のことで、作曲者の滝廉太郎は、竹田市出身の人なのです。それゆえ、岡城近くの道路には、このようなちょっとした仕掛けが仕込んであるのです。

さて、岡城前の駐車場について見ると、真正面には西の丸の石垣が聳えているのが見えていやがおうにも古城探訪への気持ちが高ぶります。
岡城_1
ここの入場券販売所で入場券の支払いと案内書をもらえるはずなのですが、さっき駐車場の入り口に年末年始無料の旗が立っていたのでイヤな予感がしていたところ、案の定販売所は年末のお休みで100名城スタンプも押せないと言うことになりガックリ...

福岡城に次ぐ2回目のスタンプ押せないトラブルなのですが、本当にもし、ちゃんと観光のことを考えているのなら、休みの間、駅の構内もしくは観光課などに100名城スタンプを預けることを真剣に考えてください。実は、100名城の中には、入場料を払わないお城も含まれていて、そういうお城では城内のちょっとした休憩所に盗難防止用に鎖で縛る等の工夫をして、タンプが用意されたりしているので、岡城や福岡城も同じ工夫が出来ると思うのです。是非、来城した人をがっかりさせない工夫を考えて欲しいと思っています。

さて、落ち込んでばかりいてもしょうがないので、駐車場から大手門のほうへ歩いていきました。
岡城_2
大手門の入り口が見えて来ました。すごい石垣だなぁ。
岡城_3_3
登城道をどんどん登っていきます。
岡城_4岡城_5
やっと大手門石垣が見えて来ました。この大手門石垣だけみると西洋のお城みたいですね。また、登城道の崖側の壁の上部は丸くかまぼこ状なっており、これも沖縄風の異国情緒が漂う造りになっています。
岡城_6
城内側から見た先ほどの大手門。

さて、城内に入り右手側へ行くと本丸へ、左手側に進むと西の丸へ行きますが、まずは西の丸から巡ってみます。
以下の俯瞰図から見ると、図面左下の大手門から左方向へ西の丸へ歩いていくことになります。
(この俯瞰図は、いつものように余湖様のホームページから転載させて頂きました。)
岡城_7岡城俯瞰図
西の丸。
岡城_8
西の丸の石垣。駐車場から見上げた石垣はここになります。
岡城_9
西の丸から本丸方向へ進んでみます。
岡城_10
三の丸手前の櫓門(西中仕切り門)前。
岡城_11
ここから見る三の丸及び二の丸北側の石垣が、城郭の本にもよく掲載されるアングルの写真です。本当に素晴らしい高石垣ですね。
岡城_12
西中仕切り門を抜けると直ぐ三の丸櫓門(太鼓櫓門)が見えます。
岡城_13
この三の丸櫓門を抜けると、左手側が二の丸、そして正面に本丸の石垣が見えて来ました。この主要部である三の丸、二の丸、そして本丸はとても狭く密集しています。
岡城_14
二の丸へ入る脇から本丸への階段を上っていきます。
岡城_15岡城_16
本丸到着。本丸は、長手方向が50m程の角形で、本丸の南西端に本丸から見ると殆ど高さの無い天守台があります。ここにはかつて三層天守が存在し、他に二重櫓、御金倉などが建っていました。下は、かつての岡城の古写真です。
岡城_17岡城古写真
本丸を西に進んでいくと天満神社の社が見えました。
岡城_18
小さなお社ですが、御祭神が菅原道真公で、かつ岡城は落城しない城=落ちないということで、結構受験生に人気がある神社とのことです。みんなこういうことを良く思いつきますね!

さて本丸を降りると、本丸北側の二の丸の方へ廻ってみます。二の丸の一角には滝廉太郎の像が建っていて、背後の山並みとのコントラストが美しく、絶好の像を背後にした撮影スポットと言う感じでした。
岡城_19
下は、先ほど見た二の丸から見た三の丸の石垣です。先ほど西中仕切り門前から見た石垣を、逆側から見ることになりますが、相変わらずこの石垣は素晴らしいですね。
岡城_20
そして、二の丸側から見た家老屋敷側の石垣。今度はあちらへ行くことを目指します。
岡城_21

三の丸を出ると西の丸の北側を通って家老屋敷側へ歩いていきます。
岡城_23岡城_25
家老覚左衛門屋敷の跡。ここでは面白いことに屋敷の床の平面だけがが復元されていました。
これは中々面白い試みではないでしょうか。
岡城_26

家老屋敷側から、本丸側を望みます。
岡城_26_2
その他の家老屋敷側へ移動してみます。
岡城_27岡城_28

西の丸北側の家老屋敷跡。
岡城_29岡城_30

家老屋敷西側の搦手門の石垣。
岡城_31

その後、西の丸を南側から眺めながら大手門へ戻り、その後駐車場へ向かいました。
岡城_33

今回は、これにて岡城を後にしましたが、スタンプを押せなかったのでもう一度ここに来なければなりません。
まぁ、何度も訪れたくなる名城だし、竹田市街も巡って見たお所があるので、再訪するのはいいのですが、簡単に来れる場所ではありませんので、後回しにはなるでしょうね。参ったなぁ...

最後に、豊後竹田駅に寄って落門の滝と言うのを見てみました。実は、豊後竹田駅は、日本でも珍しい滝の近くにある駅なのです。
DSC05518.jpgDSC05522.jpg

そのほか、竹田市には世界でも類を見ない炭酸濃度の高さを持った長湯温泉という温泉があり、そこには是非行って見たいですね。武家屋敷が残る古い街並みもあるので、次回に竹田に来るときは、じっくりと時間を取って来てみたいですね。


2.阿蘇神社訪問(熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1)
今回の九州旅行では、阿蘇神社へ初詣に行ってきました。今頃初詣のネタなんて本当に遅すぎ...

1)阿蘇神社の社史
阿蘇神社は、紀元前282年、第七代、孝霊天皇のころ、燃え盛る阿蘇山の開拓の為に使わされた「健磐龍命(タケイワタツノミコト)」(神武天皇の孫にあたる)を主神として、お妃の阿蘇都媛命(アソツヒメノミコト)阿蘇初代国造の国造速瓶玉命(クニノミヤツコハヤミカタマノミコト)を含む十二神を奉ったことが始まりとされています。阿蘇神社としての創建は第12代景行天皇が国造速瓶玉命の子である惟人に命じて創建させたと伝えられます。

阿蘇山火口にあります阿蘇山上神社が上宮で、一の宮町にあります阿蘇神社は下宮とされますが、噴煙で怒り狂う阿蘇山をおろがみて、鎮めの為の祭祀を行う場所でもありました。

この一ノ宮にある阿蘇神社は、全国に約450社ある阿蘇神社の総本社であり、古代からの有力氏族である阿蘇氏が現在も大宮司を務めています。現在の大宮司は、阿蘇家の91代目が務めています。

2)祭神
以下の12柱の神を祀り、阿蘇十二明神と総称されています。

一の神殿(左手、いずれも男神)
一宮:健磐龍命 - 初代神武天皇の孫という。
三宮:國龍神 - 二宮の父で、神武天皇の子という。
五宮:彦御子神 - 一宮の孫。
七宮:新彦神 - 三宮の子。
九宮:若彦神 - 七宮の子。

二の神殿(右手、いずれも女神)
二宮:阿蘇都比咩命 - 一宮の妃。
四宮:比咩御子神 - 三宮の妃。
六宮:若比咩神 - 五宮の妃。
八宮:新比咩神 - 七宮の娘。
十宮:彌比咩神 - 七宮の妃。

諸神殿(最奥、いずれも男神)
十一宮:國造速瓶玉神 - 一宮の子。阿蘇国造の祖という。
十二宮:金凝神 - 一宮の叔父。第2代綏靖天皇を指すという。

3)阿蘇神社への初詣
阿蘇山の南、国道57号線沿いに阿蘇神社はあります。車を臨時駐車場へ置くと、表参道のほうへ歩いていきます。
DSC05406.jpg
北鳥居を潜ると表参道を歩いていきます。実は、阿蘇神社は全国でも珍しい横参道で、正面遠方には反対側の南鳥居が見えました。この横参道を左手側に阿蘇神社を見ながら進んで行くと、右側に下写真のような手水舎が見えて来ました。
DSC05413.jpgDSC05411.jpg  
この手水舎は「神の泉」と呼ばれていて、その横に伸ばされた青竹から水がとうとうと流れていました。「神の泉の由来」という説明書きには「一の宮町はむかしより地下水の噴出する[清泉の町]として知られております。とくにこの神域に湧き出ずる水は美味芳醇な神の泉として珍重され、不良長寿の水として多くの人々に飲用されています。」と書かれていました。

この手水舎で手を清めた後、背後を向くと、そこが阿蘇神社の正面でその入り口に大きな楼門があります。
DSC05414.jpg
この楼門は仏教的な要素を取り入れた二層楼山門式と呼ばれる様式で造られ、高さは何と21mもある巨大なものです。この様な建築様式の楼門は他の神社に例が無く、その希少性から日本三大楼門の一つとされています(その他は茨城県の鹿島神社、福岡県の箱崎宮の楼門が日本三大楼門と呼ばれています)。
DSC05416.jpg
また、そこに掲げられる「阿蘇神社」と書かれた額は、明治維新で活躍された有栖川熾仁親王による御染筆とのことです。

この楼門を潜ると、正面にある拝殿と対面することになります。この拝殿の奥に、一の神殿、二の神殿そして諸神殿が鎮座されていますが直接拝することは出来ず、正面の拝殿の向かって左側の一の神殿の拝所及び右側に二の神殿の拝所から拝することになります。
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拝殿での参拝を済ますと、年初めのおみくじを引いて見ます。自分は初詣で引いたおみくじをその年の運勢としてきているので、毎年気合をこめて初詣のおみくじを引いています。
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さて、今年の運勢は...何と大吉でした!今まで、初詣のおみくじで大吉を引いたことは無かったので、今年は期待できるというより、頑張ってこのおみくじの通りにしたいですね!

さて、この阿蘇神社の境内には、拝殿へ参拝する以外に以下のような面白い言い伝えのようなものがあります。

高砂の松(えんむすびの松)
この松のまわりを女性は右回り、男性は左回りに2回まわると良縁に恵まれると伝えられています。
これには以下のような縁起があるとのことです。
”上京途中の神主友成(阿蘇神社宮司)が名所高砂の浦に立ち寄ると、媼が浜の松葉を掻き清めています。そこで離れたところに生えている高砂の松と住吉の松が相生の松といわれる由緒を尋ねると、山川を隔てるとも夫婦の愛は通いあうものと答え、自分は相生の松の精であると告げ、住吉で待つと舟に乗って去ります。
友成も住吉に至ると、住吉明神が現れ、御代を祝って舞う姿を拝することができた。”
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自分が初詣に行った日にも、若い女性の方が数人連れ立って回っていました。こういうのは女性の方がやっているのは微笑ましく感じますが、男がやっているのは...あまり見たくないなぁ。これは差別じゃありませんよ?

願かけ石
阿蘇大明神(建磐龍命)がもろもろの願いを込めて拝まれた「霊場の岩石」のひとつで、古くから神石として伝わってきたありがたい石とのこと。
作法は、「まず心に願い事を念じ、この神石を3度撫で、さらに願い事を唱えるとよい」とされています。
高砂の松の印象が強すぎて写真撮るのを忘れました。一応上記写真で、高砂の松の左奥に写っています。

DSC05424.jpg
その後、甘酒を飲んで阿蘇神社を後にしました。


3.稲積水中鍾乳洞
岡城、阿蘇神社と行った後、ちょっと時間が余ってしまってどうしようかと思っていたところ、前日宿泊した阿蘇羅というゲストハウスの宿泊客の方から、水中鍾乳洞というのがあるので行ってみてはどうかと言われたのを思い出しました。ただ、その方自身も行ってみたことは無いとのことで、お勧めすることはできないけれどとも言っていた場所なので、どうしようかと悩みましたが、もうひとつの候補の黒川温泉はここからかなり遠いので、この稲積水中鍾乳洞へ行ってみることにしました。(今考えれば、この時、黒川温泉もしくは長湯温泉に行っておくべきだった...)

稲積鍾乳洞は、岡城の前を通る国道502号線を岡城からさらに東へ一時間ほど行き、そこから県道45号で南へ少し入ったところにあります。

駐車場に車を停車し、券売所の方へ歩いていくと、そこは思ったよりも大きな建物で、どうもここは鍾乳洞の見学だけではなく、いろいろなテーマパークの合体施設のような所でした(実際、鍾乳洞以外の施設の印象の方が強烈でした)。
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何となく、田舎の秘宝館のような胡散臭い雰囲気が思いっきり漂っていましたが気にしないことにしてLet's go!です。だって、もう到着してしまったのだから仕方がない。それでは、入場券を買って鍾乳洞へいざ出発!
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鍾乳洞入口前。ここの雰囲気は中々よかったです。
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最初は新生洞のほうへ行ってみます。
           DSC05533.jpg
新生洞の最深部。この派手なライティングは意外と鍾乳洞の雰囲気と合っていて良かったです。
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こちらは水中洞側の最深部。水の青さが印象的でした。
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鍾乳洞の中は、思ったより広く、そして思ったよりよく整備されていました。ただ、残念なことに典型的な鍾乳石といったものがあまりなく鍾乳洞としての迫力に欠けるといいますか、ありていに言えば単なる洞窟っぽい感じがしてしまうところがイマイチでしたね。

ただ、それは山口県の秋吉台や、岩手県宮古の龍泉洞などに比べればちょっと見劣りするというくらいで、全くダメとかいう意味ではありませんので念のため。

さて、鍾乳洞から出てくると、出口はそのまま昭和タイムトリップ館に繋がっています。
このタイムトリップ館は無料で拝観できますが、こちらは意外と凄かったです。下はこの博物館の入口です。
かなり多くの人は入口に書かれている文字をストリップと読み違えるハズ...
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もちろんこれは、タイムトリップと書いてあります。
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料金は無料とのことなので、個人的なコレクションをただ展示しているだけということなのでしょうが、量もすごいし展示の仕方も、昭和の店先を再現するという凝り方で、しかもその再現率がかなり高いのです。いや、これは中々大したものです!
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うわ、これはもの凄く懐かしい。この当時宇宙戦艦ヤマトにハマっていた自分は、この戦艦大和の巨大プラモデルが欲しくて、おもちゃ屋に行ってはよく眺めていましたっけ。しかし、本当に昔は、こんなプラモデルしか無かったんだよなぁ。
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最後に、この昭和タイムトリップ館を出ると、なんと出口は昔の映画館の形をしています。凝ってるなぁ~。
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この昭和タイムトリップ館を出ると、そこは仏の里とかいう庭園になっていて、まぁ何というか本当に胡散臭かったです。庭園のあちこちに仏像(というかちゃんとした仏教に基づく仏像には見えないのいので創作仏像というべきもの?)が置いてあって、それはどんな形の仏像でも自分は全く構わないのですが、その全ての創作仏像の前に浄財と書かれた箱が置かれているのがちょっとなぁ...。これ、例えば誰かが間違ってこの箱の中に賽銭のつもりでお金を入れてしまったら、この庭園の管理者はその金をどうするつもりなのでしょうか。もし、この庭園の管理者が、賽銭箱のつもりでこれらの像の前に浄財と書かれた箱を置いたならば、そこに入っていたお金は宗教活動のために使われなくてはなりません。でも、これらの像が正統派の仏像には見えないので、ちゃんとした宗教活動に使われるようにはちょっと思えないのですよね。まぁ、実は、この仏の里が、新手の宗教法人に管理されていて、これらの仏像は全て、その新興宗教に属しているということなのであれば、入れられたお賽銭はこの庭園の管理に使われると言うことで筋は通るとは思いますけれども。でも、それならばちゃんと、その新興宗教名を明示して、こんな見ようによっては既存の仏教にも見えるようなあやふやな展示の仕方をせず、既存宗教とは別であることをはっきりさせてもらいたかったですね。

でも、もし本当に、これらの創作仏像が新興宗教のものであるならば、最近のニーズにちゃんと答えるという布教方針は中々うまいと感じました。例えば、下はペットのための仏像。しかも犬用と猫用に分けて、左右にそれぞれの仏を従えているのだからぬかりはありません。
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また、下は、ぼけ封じ観音。う~ん、これもうまい!もし、この観音像の力でボケが封じられるのならば、自分でもお賽銭を入れたくなってしまったくらい。
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そして、広場の中央に鎮座しますのは、高さは6mはあろうと思われる黄金の大観音像です。これだけの大きさですから、この仏の里のどの位置からも見ることが出来て、正にこの仏の里の支配者たる貫禄十分の像です。でも、いくらなんでも竜と一緒の観音像というのはちょっとなぁ...。
DSC05591.jpg
台座の横には成田山大分別院など書いてある札が掛けてあって如何にも千葉の成田山と関係がありそうなことを装っているにも拘らず、胡散臭さが一目瞭然な竜と一緒の像にしてしまうのかがまるでわからん...。あまりに人を騙すようなフェイクな像ばかりだと気がとがめて偽者であることが丸分かりになる竜を良心として入れて見たのか、はたまた観音の女性的な穏やかさには竜の荒々しさが似合うと像の製作者の芸術魂が炸裂してつい竜を加えてしまったのか...

まぁ、そんなことを考えてもしょうがないし、こういうのを馬鹿にするような趣味も持っていませんから、何だかこのようなフェイク仏像を見ているうちに、段々と気分が落ち込んできてしまいました。しかも、まだ時間は午後3時でさんさんと日光が照っており、このまま何もせずに宿に向かうのは、負けたまま一日が終わるような気がしてきて、どうしようかと悩みましたが、もう開き直ってここへ来る前に却下した黒川温泉へ行って見ることにしました。そうと決まれば、時間が無いので躊躇せずにGo!だ。

この後、黒川温泉へ出かけるのですが、また、例によって長くなってきてしまっているので、それは次回Upすることにします。

以下は、稲積鍾乳洞から黒川温泉へ行く途中の阿蘇山の光景。
DSC05603.jpgDSC05606.jpgDSC05616.jpg
悠久な時の流れを感じさせる雄大な自然の大パノラマ光景でした。

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2016年冬アニメ雑感

来年施工予定の次期装置について、今週始めから米国メーカーのプロジェクトマネージャーが来日して仕様打ち合わせを行いましたが、今日やっと打ち合わせが終了しました。しかし、自分の英語は相変わらずダメダメだなぁ...。特にヒアリングは最悪で相手が何を言っているのか良く分からず話がかみ合わなくなって冷や汗が出たのもしばしばありました。ふぅ。
まぁ、もう少し仕事が落ち着いたら、もう一度英語の勉強を再開しよう(相変わらずの口だけ番長っぽいけど、今度こそ頑張る!)

今週の半ばには、少々高級なレストランで米国人プロマネをディナーで接待した後、同僚と軽く一杯引っ掛けようと名古屋駅近くの外国の地ビールを扱っているパブのような店に寄りました。前回行ったときはガラガラだったのですが、その日は翌日が建国記念日で休日(もちろん、自分たちは仕事でしたが)だったので、大変な賑わいでした。さっきのレストランは少々窮屈な感じでしたので、自分としてはこういう感じの店のほうがノビノビ出来ていいですね!
この店に来てまず頼むのはビールなのですが、必ず選ぶのがアイピーエー IPA (India Pale Ale)という種類のビールです。これは、柑橘系のホップの香りが豊かな濃いブラウン色のビールで、同系統のペールエールというビールよりアルコール度数が高く、苦味も強いのが特徴のビールなのですが、自分がシアトルへ行ったとき初めてこのビールを飲んで感激して以来、外国産のビールが置いてある店では必ず頼むようになってしまいました。
今回もIPA系のビール(銘柄は忘れてしまいました)を注文し、互いの苦労をねぎらいました。
IMG_1188_2.jpg
いや~、やっぱりこのビールはうまい!日本のビールメーカーもピルスナーばかりじゃなくて、こういう癖のあるビールも出してもらいたいものです!

上記のような息抜きを挟んで何とか今週を乗り切り、今週末は久しぶりに土日休めました。一月半ばの成人の日を含めた3連休の後、今までずっと土曜日出勤だったので、今、ものすごく開放感を感じています。やっぱり疲れたときにはゆっくり休むのが一番ですね!

さて、先月から続けている九州での旅行記はあと3回くらい続けますが、あまりにアニメ成分が少なすぎて書いていてストレスが溜まってきてしまいましたので、今日のようなのんびりした日には、ストレスを発散するためにもアニメネタをまとめて雑感のようなものを軽く書いて見たいと思います。

1.前期見逃したアニメの感想
去年の後半は、仕事で忙しく殆どアニメを見ることが出来なかったのですが、今年に入ってから下記3本のアニメを一気見しましたので、軽い感想など。
1)ワンパンマン
ワンパンマン_01
2015年秋アニメで断トツの話題作でしたが確かに面白かったですね。
ヒーローが登録制でかつ相棒(バディ)要素もあるというと、TIGER&BUNNYを彷彿とさせますが、登場人物が少なくかつストーリーがシンプルな分、タイバニより見やすく感じました。タイバニはストーリーが迷走することがしばしばありましたから。また、無敵のヒーローと報われないヒーローの対比とその悲哀の描写があることに深みを感じましたが、そこを過度に表現せずさらっと描いててあまり社会風刺を印象付けなかったところも上手いと思いました。抜群のアクション描写で見ていてアツいものがありましたが、主人公の最強ヒーローサイタマはあまり報われずそれでも飄々としているというところは、よくある設定と言われればそれまでですが、それでもカッコよかったですね。ただ、サイタマがあまりに強すぎて今後展開に行き詰るのではないかという気もしますが、1クールの作品として綺麗にまとまっていて良い作品だと思いました。
ワンパンマン_03

2)監獄学園
監獄学園
この作品は、もっとこう、はっきりとしたお下劣ギャグアニメなのかと思っていましたが、ギャグというよりは、シリアスに下品をやったらギャグっぽくなりましたという感じの不思議な作品でした。ですから、お気楽に大笑いすると言う類の笑いではないので、個人的には苦手な部類のアニメでした。ただ、登場人物である自称「練馬一の知将」ガクトのアツさと男気と三国志オタク振りが好きだったので見続けたのかも。ただ、こういう見る人を選ぶようなアニメでも最後まで見続けることが出来たのは、やはり水島努監督の職人的手腕によるところが大きかったように思いました。

3)がっこうぐらし!
がっこうぐらし_01
1話の印象が強烈過ぎて、インパクト勝負の色物作品と思われがちの本作ですが、自分にとっては非常に面白く感じた作品でした。「学園生活部」という部活動の物語というと、一見、今の日常アニメのテンプレ展開に見えますが、「隣人部」や「娯楽部」などの有名な日常系アニメの部活が、普通の日常生活への一種の反発として存在しているのに対し、がっこうぐらし!での「学園生活部」は、普通の生活への憧れが元に創られているという逆転の設定が面白かったですね。そして、話の展開も見事でした。まず最初に、能天気で空気を読まずにしゃいでいるように見えたユキが、実は誰よりも繊細な心を持っていて、心を病んでしまっていることが、現実の光景とユキの妄想世界を対比させる描写で示されます(この描写の衝撃はスゴかった)。また、その後の真実の情景とユキの妄想情景を徐々にズラすカメラワークで視聴者側にユキの心の支えであるめぐねえの存在疑念を出させていき、やがて彼女をきれいに退場させる手際も実に巧みでした。そして物語の終盤のワクチン回収作戦で、現実を受け入れるユキの描写、そして日常に戻りたいという強い願いを持っているユキだからこそわかるゾンビの心情を利用した下校放送によるゾンビの撃退、その後の仲間だけの卒業式から新たなる旅立ちと、個人的には大満足な見事な展開をこの作品は見せてくれました。
本当ならば、この作品は原作が完結してから見たかったのですが、この作品は原作未完でもうまく物語の中盤の区切りを1クールの終わりに合わせてきれいにまとめたと思いました。上記三作品の中では、この作品が一番のお気に入りです。

また、この作品のOP歌詞の"私たちはここにいます"や"元気です!"の合いの手は作品の内容にリンクしていて、これも中々上手いなと感じました。このOPは歌詞の巧みさだけではなくインパクトも強烈な良曲なので下に貼っておきます。


ちなみに、原作の絵はアニメのキャラデザとまるで違うのに驚きました。
がっこうぐらし原作1がっこうぐらし原作2
でも、日常との対比を強調する点で、自分はアニメ版のキャラデザに軍配を上げたいですね。


2.今期見ているアニメのFirst Impression
今年もすでに1ヶ月半経って、今期のアニメも中盤に入りましたので、First Impressionとか言っている時期をすでに過ぎてしまったのですが、とりあえずお気に入りの順に簡単に印象を書いて見ます。

1)僕だけがいない街(5話まで視聴)
僕だけがいない街_02
最初の予想通りというよりも期待以上の、今期断トツの面白さです。本作は基本的にミステリー物だと思いますが、謎解きに重きを置かずに登場人物の心の動きを丁寧に描いているところに好感が持てます。また、ミステリーならではの展開の面白さがあって、毎回ラストでは、次の展開へ興味を持たせる引きの上手さに唸らされます。
演出面でも、主人公が過去に戻った子供時代のシーンでは画面の上下を切っている映像を使うという演出も中々面白く、こういう試みはノイタミナっぽいなと感じました。また、この子供時代の場面では、29歳の心を持った小学生の表情がとても上手く表現されていて、こういう演技を実写で子役がやるのはとても無理だと思うので、本作はアニメだからこそ出来る映像化だと感じました。
僕だけがいない街_01

2)昭和元禄落語心中(3話まで視聴)
昭和元禄落語心中_1
僕だけがいない街が無ければ今期一のお気に入りになった作品。
落語ネタと言うところで、そもそも見る人を選びそうなところに持ってきて、内容もアニメでなくて実写でも出来そうな感じに見えます。しかしながら、実写でも可能な作品で実写を超えるようなアニメ作品を見て見たいという気持ちも自分の中に有ります。この作品の1話目の以下のシーンを見たときに、このアニメ作品は実写を超えるのではないかと感じてしまいました。
それが以下の1話目の最後で有楽亭八雲師匠が弟子の助六へ語りかけるシーン。

『じゃあひとつお前さん方に話して聞かしてやろうか。あの人とアタシの約束の噺を』
昭和元禄落語心中_2
『長ぇ夜になりそうだ』
昭和元禄落語心中_3
『覚悟しな…』
昭和元禄落語心中_4

八雲師匠の迫力に圧倒されてしまいましたが、それは、このシーンを演じた声優さん演技があってこそのものだと思いました。
実際、この作品の制作にあたり、声優陣も以下のように落語に精通した人が集められたとのことで、本作の本気度が伺えます。

助六役:関智一
     →落語家に弟子入り
八代目有楽亭八雲役:石田彰
     →複数ネタ諳んじられる落語ファン
二代目有楽亭助六役:山寺宏一
     →元落研
小夏役:小林ゆう、四代目円屋萬月役:遊佐浩二
     →落語CD発売

この昭和元禄落語心中の1話目は、本作品のコミック単行本第7巻と第8巻に添付されたOVA「与太郎放浪篇」のDVDをテレビ向けに再編集し1時間スペシャルとしたものとのことなので、この編集前のオリジナルDVDは是非見て見たいですね。(できれば、Blu-ray1巻に、特典としてこの編集前のオリジナルDVDを付けて欲しいですね)

本作の今後の展開が楽しみです。

3)この素晴らしい世界に祝福を(4話まで視聴)
この素晴らしい世界に祝福を_01
話そのものは、良くあるテンプレ異世界転生物のようで目新しいものは特に無いと思います。
ただ、この作品はそういうことはどうでも良くて、主人公の周りに集まってくるポンコツヒロイン達をひたすら愛でる作品なのだと思います。
雰囲気も明るくて、今期で一番気軽に見れる作品です。

4)Dimension W(4話まで視聴)
Dimension W_01
舞台背景は、結構古典SF的な古さを感じますが、設定や伏線がしっかり練られていて、物語も丁寧かつ安っぽさを感じさせない作りで安心して見ていられます。(やはり、原作ものの強みなのか、その場のスタッフのノリで脚本が作られた某オリジナルアニメとは物語の深さとか安定感が全然違うように感じました。もちろん、これはオリジナルアニメへのエールとして言っているつもりです)
ヒロインのミラも表情が豊かで見ていて癒されますね。今後の展開が楽しみです。
Dimension W_03Dimension W_05

ちなみにOPで主人公キョーマが踊る脱力系ダンスは衝撃的で初めて見たときは笑ってしまいました。一体このダンスは上手いのか下手なのか...
しかし、このダンスを見るのが楽しみで、OPは毎回飛ばさず見ています。下にそのOPを貼っておきます。


5)紅殻のパンドラ(4話まで視聴)
紅殻のパンドラ_01
原作は、あの士郎正宗氏で、攻殻機動隊のスピンオフ作品に当たるらしい。確かに、義体とか光学迷彩などの用語は攻殻機動隊の世界そのものだけど、物語の内容は攻殻機動隊よりかなりお気楽に見れるものになっています。作画レベルはお世辞にも高いものとは言えませんが、逆にチープな感じがするところが作品の内容にマッチしていて、それが作品の個性になっているようなところもありますので気になるものではありません。また、この頃は、あまりお目にかかれない少し昔の電脳世界バリバリの表現がちょっと懐かしい感じがして、それも見ていて楽しいです。
紅殻のパンドラ_02

キャラデザも、今までネコ耳少女の造形にはあまり興味がありませんでしたが、このクラリオンは中々かわいいし、パンドーラデバイスのシステム譲渡のやり方は夜中なのに大笑いしてしまいました。いや~、本当に深夜アニメっぽいですね!
紅殻のパンドラ_06紅殻のパンドラ_04紅殻のパンドラ_05紅殻のパンドラ_03

もうひとつ外せないのが、OPの良さで、ZAQさんによるこのOPは、自分にとって今期一番のお気に入りです。

EDもZAQさんの作曲によるものですが、こちらも素晴らしい出来で、本当にZAQさんの曲はハズレが有りませんね。今度、ZAQさんのライブがあったならば行ってみたいと考えています。

6)亜人(2話まで視聴)
亜人_02
内容は、結構面白いのですが、雰囲気が暗くてどうも見る前に躊躇してしまう作品です。でも個人的に注目は、アニメーション製作を、シドニアの騎士を担当したポリゴン・ピクチュアズが製作していることで、この会社が製作と言うことは当然フルCGで製作されることになります。

このポリゴン社という会社は大したもので、徹底した工程管理を行ななうことによって、品質や納期の両立、社員の過重労働防止を実現して、ブラックと言われるアニメ業界で「納期に遅れた覚えがない」と言われるのですから、同社がどれだけ革新的なのかということが分かると言うものです。

取締役の守屋秀樹さんは「端的に言えば、我々は工業製品的に作っている。他のアニメ会社は、職人的で、その差だと思う」と話しておられますが、これだけを聞くと無味乾燥な感じがしてアニメに抱く夢や希望も無くなってしまう様な気がしますが、本来プロの仕事とはこのようなものの一面を必ず持っているものです。産業の規模が大きくなれば次のステップは標準化と呼ばれるもので、特定の熟練者のみが出来るという工程を排除し、誰がやっても出来るようにするということが全体の仕事の効率アップに繋がるのです。今までのアニメ業界は、下請けであるアニメーターを一方的に搾取するように捉えられているようなところもありましたが、キツイ言い方をすればお互いに馴れ合って寄りかかりあっている(つまり仕事にだらしない)というところもあったのかもしれません。ただ、ポリゴン社のやり方はCGであるから出来ることであって、手書き工程で出来るものではないですから、どのアニメーション制作会社にも当てはめることが出来ないということも確かです。でも、やはりポリゴン社の製作方法は、今後のアニメ業界の目指す方向のひとつであることは間違いないと思います。

以下は、ポリゴン社へのインタビュー記事で、興味のある方は一読をお勧めします。
http://news.mynavi.jp/news/2015/11/23/043/

話が関係ないほうへ完全にずれてしまいましたが、製作方法はともかくとして話しそのものは面白いので、継続して見続けたいと思っています。

7)ハルチカ(3話まで視聴)
ハルチカ_01
放映開始前は、"響け!ユーフォニアム"+"氷菓"のような作品などと言われた本作ですが、今となっては、それはちょっと大げさだったなという感じです。意外だったのは、吹奏楽要素が思ったより少ないことで、何と言うか作品の個性があまり感じられないことは確かです。ただ、非難されるほど酷い作品かというと、そうとも思えずちょっと評価に迷うところです(単に影が薄いだけとも言えますが。何しろヒロインが空気なぐらいですから)。
今期は、見る作品が多いので途中で脱落してしまうかもしれません。


更に以下は2クール以上のものです。

8)機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ(3話まで視聴)
オルフェンズ_01オルフェンズ_02
恐らくガンダム物を見るのは、高校生のとき初代ガンダムを見たとき以来ですから、それこそ30年ぶりくらいかもしれません。(実は初代ガンダム以外、ガンダムと名の付く作品を自分は今まで見たことがありません)
そのガンダムを見てみようと思ったのは、この作品が脚本岡田麿里さん+監督長井龍雪氏であったからに他なりません。特に岡田磨里さんの書く脚本が自分と相性が良いというか、とにかく好きなのが大きかったですね(自分の中でフラクタルという作品は無かったことになっています。岡田さん、もっと仕事を選んでください)。
さて、随分と久しぶりのガンダム視聴で、見る前は如何に岡田さんの脚本が好きと言ってもどうかなと心配だったのですが、そんな心配は杞憂に終わり、一気に3話視聴してしまいました。いや~、これは中々面白いじゃありませんか!
特に3話の最後で主人公ミカが決闘に敗れた相手指揮官が最後の言葉を言い終わらないうちに躊躇なく銃を撃って止めを刺す場面。

『すまんが…手を貸してくれないか?俺はもう自分で終わることすらできない…』
オルフェンズ_04
『ありが…』
オルフェンズ_03

この主人公の容赦の無さが衝撃的でした。今まで出てきた大人たちの中で唯一まともそうに見えたクランクが喋ってるの本当にめんどくさそうに聞いていて、最後まで言わせず撃った時もやっと面倒なことを終わらせたぐらいにしか思ってなかったように見えたのが主人公のそれまでの過酷な人生を表しているようでした。この主人公に心の葛藤が生まれてくることがあるのでしょうか。そして、それがこの物語の主題になるのかな?
やっぱり岡田脚本は面白いですね!

9)魔法使いプリキュア!(1話視聴)
魔法使いプリキュア_01
自分は深夜アニメからオタになった口ですから、プリキュアのような日曜の朝からやっているような健全路線のアニメというのは今まで見たことがありませんでした。ところが、ブログを始めるようになって、しばしば訪問させていただくブログ主様の中には結構プリキュアファンの方が多く、その方たちの殆どがプリキュアを大絶賛するものですから、新シリーズの始まりをきっかけに視聴を開始しようと思い立ちました。
記念すべき1話目についてはまだ序盤ですし、初見である自分としては、まだ感想と言えるほどのものを持っていません。(何しろ12代も続く人気シリーズで、長年のファンが感じるものと初見の人が感じるものとの落差は、思い入れの差から言っても当然あると思います)。期待していた変身のシーンはなかなか新鮮でしたし、最後に出てくる魔法学校は、何だかハリーポッターみたいで面白かったです。さて、今後自分の感想はどう変わっていくのでしょうか。

個人的には、本編とは異なるEDのキャラデザは、インパクトがあって結構お気に入りです。
魔法使いプリキュア_02魔法使いプリキュア_03

10)おそ松さん(3話視聴)
おそ松さん_01
放送前には予想できなかったことですが、今、腐った方々におそ松さんが大人気とのことです。何しろ、イベントを行えば長蛇の列が出来、Blu-ray1巻の初動枚数が8万枚行ったと言うのですから凄まじいものがあります。
この不可解な腐った方々によるおそ松さん人気について、Net上に色々な考察が載りましたが、こんなのがあったので紹介したいと思います。
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...? う~ん、よく分からん...

確かに、おそ松さんが一人っ子、もしくはありきたりな二人兄弟だったなら、あまり面白く無かったかも。おそ松さんの面白さと言うのは、多人数の兄弟が持っているそれぞれの個性に関係有るのは間違いなさそう。でも、それが腐った方々の好みとどういう風に関わるのかがまるで分からん...

まぁ、でもこんなことに考え込む必要は無いのでそれは放っておくことにして、まずは話題のあるアニメには目を通しておこうと言う理由でおそ松さんのアニメを見て見ることにしました。

3話まで見た感想としては、確かにパロディとしては良く出来ていたし、ノリ突っ込みの切れも中々のものだと思いました。でも2クール連続で見たら飽きてしまうだろうなぁとも思いました。そして恐らく、飽きたらそのまま見なくなってしまう作品というのが、自分のこの作品に対する感想です。

だいぶキツイことを書いてしまいましたが、あまり赤塚不二夫氏のアニメを見たくないと言う個人的な感情も入ってしまっているのも事実です。

===ここから先は、あまりにも個人的な内容なので、興味の無い方は飛ばしてしまってください。=====

自分はおそ松さんのオリジナルである"おそ松君"のリアルタイム視聴世代です。当然、その頃は、ゲームも無ければインターネットも無く、おもちゃ屋へ行けば当然ガンプラなどあるはずも無くプラモデルの主流と言えば軍艦や戦車しかないという時代でした。ついでに言えば全てが今よりも荒っぽい時代でした。今風の人権などと言う概念も希薄で細かいことに気を使っている余裕は無く、弱いものは負け、そしてそれを仕方が無いこととする雰囲気が社会の中に確実にあったと思います。そんな雰囲気の中で作られたアニメも、そんな世相の影響を受けるのは当然で、たとえば藤子不二雄氏のドラえもんの中に出てくるジャイアンやスネ夫のいじめなどがその典型ですが、あれは藤子不二雄氏だから、あそこまでソフトに表現されていたのですが、アクの強さはそれ以上のものを持っていた赤塚不二夫氏の場合はもっと強烈でした。だから、赤塚不二夫氏のアニメは、その頃の思い出をどうしても思い起こさせてしまうのでどうも苦手なのです。

また、これはおそ松さんは間接的にしか関係が無いのですが、おそ松さんの放映が開始された時、同時にルパン三世(2015年版)の放映が開始され奇しくもかつてのアニメのリバイバルブームのような状況になりました。2015年秋アニメ枠はあまり話題作もありませんでしたから、これらが目立ってしまっただけのかもしれませんが。
ただ、おそ松さんは、六つ子兄弟の成長後が描かれているので単なるリバイバルではありませんが、ルパン三世の方は、個人的にどうも頂けません。この新作ルパン三世を1話と2話の少しを見ましたが、この新作で旧作から変わったのはジャケットの色だけなのが分かりましたから、これ以上もう見る必要が無いと感じました。個人的な感想を言ってみれば、この作品は、"ルパン三世っぽい雰囲気を持った単なるファンムービー"と言ったところです。ルパン三世に何を求めるのかは、それこそ個人の趣味の範疇なので正しいか正しくないかを議論する気は全く無いのですが、では好みという点で自分が何をルパン三世に求めるのかというと、それは新作ならば進化したルパン三世を見せて欲しいということなのです。新作ルパン三世は、舞台が現代になっただけで、後はほぼ何も変わっていないので本当にがっかりしました(というか、オリジナルのルパン三世は、もっとダーティーかつ今の視点で見てもエロかったので、新作は旧作の劣化版も言えます)。昔の作品をモチーフに新作を製作するときは"リスペクト"なんていう言葉が都合よく使われることがありますが、この新作ルパン三世は"リスペクト"どころかまるっきり同じなので製作の意図すらよく分からなくなってしまいました。まぁ、ルパン三世のファンが、自分がこうあって欲しいと望むルパン三世像を使って新作ストーリーの作品を作ることに何か問題があるのかと言われればそれまでなのですが。

少し前に、スペース☆ダンディという作品がありましたが、これは今も高い評価を得ているカウボーイ・ビバップという作品を制作したスタッフが再集結して作り上げた作品です。恐らく、このスタッフはカウボーイ・ビバップと似た作品ならいくらでも作ることが出来たはずですが、このスタッフは安易にそのようなことをしませんでした。そして自分たちが到達した現在の境地でカウボーイ・ビバップを再構築した作品がスペース☆ダンディという作品だったのだろうと、自分は勝手に想像しています。スペース☆ダンディは残念ながら商業的に成功しませんでしたが、敢えて同じものを作らないという制作陣の姿勢は、敬意を払うに値する志の高さを感じました。

何だか話がどんどんずれてきてしまったのですが、個人的な望みとして、先人たちの努力で少しずつ進化してきたものを、"リスペクト"などという魔法の言葉を使って安易に時計の針を元に戻すのは止めてもらいたいと思うのです。そして、昔のネタをこねくり回して同じものを作る暇があったら、安易に薄利多売のようなことをせずに、製作本数を抑えてでも、もっとどっしり構えてよく考えられた作品を世に送り出して欲しいのです。
(ただ、何しろおそ松さんのBlu-ray初動枚数が8万枚だからなぁ...。きっと柳の下のドジョウを狙う作品がいくつか出てくるのだろうけれども、おそ松さんは単なるブームのようなもので、流石に2匹目は絶対にいないことを断言しておきます!)

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PS1.ガルパン劇場版4DX上映
さて前回の記事でガルパン劇場版4DXを視聴するつもりだと書きましたが、その4DX上映が始まる2/20から更に以下の来場特典が配布されることが公式Siteから発表されました。

●2月20日(土)~2月26日(金)[全9種のうち、5種をランダム配布]
イラスト対象:西住みほ、アンチョビ、西絹代、ミカ、愛里寿
ガルパン特典1
●2月27日(土)~3月 4日(金) [全9種のうち、4種をランダム配布]
イラスト対象:西住まほ、ダージリン、ケイ、カチューシャ&ノンナ
ガルパン特典2

まだ上映は1週間先なので余裕かましていましたが、ついさっき近所の4DX上映館の座席予約を見たら来週の土日全て埋まっていたのでビビリました。あわてて近隣の映画館を検索したところ高速を1時間飛ばしたところにある映画館の2/21の最終上映でかろうじて座席をGet出来ました。あぶなかった...

また、来場特典のカードについてですが、まぁ、今回は印刷されたカードなので特典が2日目で無くなるということはまず無いでしょう。でもなぁ、2週目のカードの破壊力が半端ないんだよなぁ...
どうする?2週目も行く?でも、2週目にも行ったら、何と同じ映画を計6回も見てしまうことになっちゃうよなぁ...
これって、ひょっとして、ネット上で都市伝説のように話題になっている"ガルパンおじさん"に知らず知らずの内に自分がなってしまっていると言うこと?以前の記事で、笑いながらガルパンおじさんネタのコラ絵を自分のブログに貼り付けていたのに、まさか知らないうちに自分がガルパンおじさんになっていたとは...(いや、まだなっていない、ハズ...)
この状況で、かなり昔に読んだ山岸涼子さんの"鬼"という短編で、鬼になりたくないなりたくないと願っていた子供が、知らず内に自分が鬼になっていたという物語を思い出しました。こ、コワ...(汗;)(ちなみに、自分は"ガルパンはいいぞ"なんて言ったことは無いのですが)

PS2.ゆゆ式同窓会 イベント詳細決定!
ゆゆ式イベント詳細
ゆゆ式イベントの詳細が下記に決定したようです。

【公演名】ゆゆ式同窓会(仮)
【会場】東京国際交流館プラザ平成 国際交流会議場
【公演日程】2016年3月27日(日)開場 17:30 / 開演 18:00
【出演者】大久保瑠美(野々原ゆずこ 役)、種田梨沙(日向縁 役)、津田美波(櫟井唯 役)、
     茅野愛衣(相川千穂 役)、潘めぐみ(岡野佳 役)、清水茉菜(長谷川ふみ 役)、他
     ※出演者は都合により、予告なく変更となる場合がございます。

【チケット券種名称・価格】全席指定 5,184円(税込)
【主催】NBCユニバーサル・エンターテイメント ジャパン
【制作】タブリエ・コミュニケーションズ株式会社
【入場制限】未就学児入場不可
【公演に関する問合せ先】TLCユーザーサポート
            TEL:03-5358-1301(平日 11時~18時)
【購入枚数制限】お一人様1枚まで

【チケット販売スケジュール】
■一般先行抽選受付
  ◇抽選申込サイト ⇒ http://cncn.jp/yuyushiki/(PC・携帯共通)
  (URL先は準備中となります)
  ○抽選申込期間:2016年2月20日(土)10:00~2月28日(日)22:00
   ○当選通知日:2016年3月3日(木)中
  ○チケット引取期間:2016年3月3日(木)当選通知後~3月6日(日)22:00
   ※セブン-イレブン引取の場合は、3月5日(土)22:00まで

う~ん、やっぱり抽選かぁ...できれば、Box購入者限定にして欲しかった...(公式ホームページTopのTwitterでも宣伝担当がBox購入者に対するプレゼントの件を未だに言っていて、そういうプレゼントを考えるならばイベント参加者をBox購入者限定にして欲しかったですね)

まぁ、とりあえず2/20に応募して見ますか。当たるといいなぁ~。何しろ今までに購入したゆゆ式のBlu-rayは、Blu-ray単巻フルマラソン+作業用北米版Blu-ray+日本版Blu-ray Box購入のフルコンボ状態で、条件で言えば完全にゆゆ式教信者の条件を満たしているはずですから、何とか信者の集会に参加させてください!

でも、ゆゆ式イベントの応募者ってどのくらいいるのでしょうか?ゆゆ式は他の日常系アニメとちょっと違っていて、基本的にキャラ萌えするものではなく、あの3人の会話を外から眺めながらひたすら愛でるという、盆栽を眺めて悦に入るようなおっさん趣味に実にうまくマッチした一風変わったアニメだったような気がするので、あまり応募者が多くないと思いたいのですが...

もし、抽選に当たったら久しぶりの東京なので、100名城巡り+ゆゆ式聖地巡礼をやって見たいと思っています。

大野城・太宰府天満宮訪問

新装置上での生産も何とか無事に終わって一安心したのですが、生産中に出たトラブル解決のために、本日土曜日も出勤し、現時点ですでに来週の土曜日出勤が確定しています。何だか全然休めないなぁ...。でも恐らく3月からは逆に思いっきり暇になりそうで、ちょっと極端すぎますね。それはともかく、明日の日曜日で何とか記事をUpせねば!...と土曜日の時点では思っていたのですが、日曜の午前中は爆睡して起きれず、午後からは、ダブル生コマフィルム配布という来場特典に目が眩んで4回目のガルパン劇場版を見に行ってしまい、そのせいでブログのUpも遅れてしまうというダメっぷり。全く何やってんだか...。

九州旅行3日目は、福岡県大宰府近郊にある大野城と太宰府天満宮へ行って来ました。大野城は福岡県太宰府市に隣接する大野城市にあるのですが、市名をこの大野城からとっているため、カーナビで大野城を検索すると色々な箇所にヒットして、最初は全く別の場所に案内されてしまい参りました。その後何とか大野城跡に辿り着いたのですが、この日は朝から雨が降り続いていて、計画していた大野城全周を徒歩でぐるりと歩いて周ることは結局断念する羽目になってしまい、何だかこの日は色々残念でしたね。

1.大野城訪問(福岡県大野城市宇美町)
1)大野城の歴史
斉明天皇6年(西暦660)、朝鮮半島では日本の友好国百済(くだら)が唐(とう)・新羅(しらぎ)連合軍によって滅ぼされました。日本は百済を救うために大軍を派遣しましたが、天智天皇2年(663)、白村江(はくすきのえ)の戦いで大敗し、日本軍は撤退しました。
 
以後、唐・新羅の侵攻に備えて、大和朝廷は国防体制の充実を急ぎ、まず、北九州沿岸に防人(さきもり)を配備して海岸線の守備を強化しました。次に大和朝廷は、当時、大陸との玄関口という役割を担っていた地方行政機関であった太宰府を防衛するために、天智天皇3年(664)水城(みずき)を築き、翌年の天智天皇4年(665)には、亡命百済貴族の憶礼福留(おくらいふくら)、四比福夫(しいふくぷ)に命じて大野城を築かせました。それゆえ、この城は当時の朝鮮山城の技術を使って作られており、朝鮮式山城とも呼ばれています。

2)大野城の構造
大宰府政庁の北側に位置する四王寺山は中心部が盆地のようにくぼんでおり、その周囲をぐるりと取り囲むように尾根が走るという、いわばすり鉢状の地形を成しています。大野城はその環状の尾根に沿って土塁を巡らして城壁とし、その土塁の内側に建物を配置するという構成を取っています。この四王寺山を取り囲む土塁は極めて長大で、その長さはおよそ6.5キロメートルになり、二重に築かれた部分も含めると土塁の総延長は8キロメートル以上にも及びます。大野城に設けられた城門ははっきり確認されているだけで四ヶ所。南側の土塁には大宰府口、坂本口、水城口の門が、北側の土塁には宇美口が設けられました。
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・大野城の土塁
大野城の土塁は、7世紀後半に中国よりつたわった技術である「版築」工法でつくられました。この版築工法というものは、丸太材と板材をくみあわせて外枠を作り、その中に性質の異なる土(粘性土と砂質土)を広げ、固くつきかためながら一層ずつ盛り上げ、最後に木材を外して土の壁とする方法です。この工法で築かれた積み土は大変安定していて、大野城や水城跡の土塁は1300年以上も保たれているのですから、当時の中国の技術水準はすごく高かったのでしょうね。
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上は、版築工法の模型。性質の違う層を積み重ねて作られているのがわかります。これは、現代の池築堤方法と全く同じとのことです。

・大野城の石垣
大野城の土塁は尾根に沿って築かれていますが、中には尾根を分断するような谷間もあります。そのような所では土塁の代わりに石垣が積み上げられました。大野城では、大石垣、水の手石垣、百間石垣、北石垣、小石垣の計五ヶ所に石垣が築かれましたが、その中で最も有名なのは、百間石垣と呼ばれる石垣です。大野城の北口にあたる宇美口に築かれたこの百間石垣は、全長が約150メートルと大野城の石垣の中で最も規模が大きいもので、石垣の内部には栗石を詰めて水はけを良くし、また石垣の下には地下水を逃がす吐水口も設けられていました。
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上写真は、百間石垣に設けられた吐水口。水に配慮した当時の大陸の高い技術水準を窺い知ることができます。

3)大野城訪問
途中、ナビが付いているにも関わらず道に迷うというトラブルがありましたが、何とか大野城前の駐車場に到着しました。場所は、大野城全体図から見ると、大宰府城門付近になります。大野城の土塁跡はピクニックコースにもなっていますから、ここから反時計回りに歩いて大野城を巡ろうとしていたのですが、生憎の雨天でそれは中々難しそうでした。参ったなぁ...

とりあえず、気を取り直して、傘を差しながら土塁のほうへ向かいました。
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すると、上写真のような素晴らしい光景が目の前に広がりました。この土塁が1300年も前に作られたなどちょっと信じられませんね。
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しかし、更に歩いていくと、益々雨脚が激しくなり濃い霧もかかってきたので、今回は残念ながら大野城を歩いて一周するのを諦めました。次回はリベンジで、是非、大野城を徒歩で巡ることで堪能したいですね。

先に進むのを諦めて、駐車場まで戻ると、今度は大野城の土塁を少し右回りして、大宰府城門の方へいって見ました。
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案内の札に従って土塁を下っていくと大宰府口城門跡が見えてきました。でかい!
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城門跡の裏側の石垣。写真ではサイズ感が伝わりにくいのですが、想像以上の大きさでした。
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大野城についての全体の印象は、とにかく全てが巨大であるということです。土塁もこの城門もそうですが、とても、地方豪族が作れるような大きさの城ではなく、そうとう数の人夫を動員して国家的規模で造成された城であることが実感出来ます。

次は、車で百間石垣まで移動します。大宰府口城門付近の駐車場から車で5分ほど移動すると左手側に百間石垣が見えてきます。

このアングルから見た百間石垣は、よく大野城の紹介で使われる写真に示される百間石垣と同じですね。そうか、実際はこんな感じなのか。
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車から降りて、石垣に近づいていくと、百間石垣の前には小さな小川が流れているのが見えました。
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更に石垣に近づいて見ます。
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左翼の石垣。積み方は確かに荒いですが、1300年間崩れないでそのまま残っているのは凄いことだと思います。
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先程も紹介した石垣の下の吐水口。

今度は石垣前の小川を下流側に沿って歩いて行くと、きつい傾斜を上っていく小さな階段があり、その上にも石垣が見えました。これはすごい。
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もちろん、迷わず上っていきます。
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そして、やっと石垣の下に到着。本当にすごいところに石垣を作るなぁ。
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石垣に沿って歩いてみます。
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石垣の間からホースの様なものが突き出して排水していますが、ホースの上に積んでいるのは石垣ではなく土嚢で、一時的な補修をしているようです。

この石垣から下を見てみます。
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本当にこんな高いところによくこのような石垣を築いたものです。

さて、大野城を離れる前に大野城駐車場の近くにある福岡県立四王寺県民の森管理事務所で100名城スタンプを押したかったのですが、そこへ行って見ると、またもや年末のため休館であることがわかりました。もはや万事休す...かと思いきや、よく見ると張り紙がしてあって、100名城スタンプは、大宰府駅内の観光課で押すことが出来るとのこと。いや~、実に嬉しい気配りですね!福岡城でもこういう気配りをお願いしたいものです。
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早速、大宰府駅へ行って、スタンプをGetして来ました。九州上陸後初スタンプです!

2.水城(みずき)訪問(福岡県太宰府市・大野城市・春日市)
水城(みずき)は、664年(天智3年)に、大和朝廷の地方行政機関である大宰府を守るために作られた土塁です。大宰府は九州を統べる行政機関としての役割のみならず、大陸の玄関口として海外交易や防衛の拠点という非常に重要な役目も担っていましたが、それは同時に大陸からの脅威にさらされやすい場所にあるとということも意味しました。そのような大宰府を大陸の脅威から守る城壁として作られた水城の大土塁は、基壇の幅約幅80メートル、土塁本堤の高さが約13メートルであり、その全長はなんと1.2キロメートルにも及ぶ極めて巨大なものでした。

1)水城の歴史
7世紀中頃の朝鮮半島では百済(くだら)・新羅(しらぎ)・高句麗(こうくり)の三国が抗争を繰り返していました。また、中国を統一した唐(とう)は朝鮮半島にまで支配の手を延ばそうとしてる状況にありました。
660年、唐は新羅と手を結び、百済に攻め入りました。同年7月、百済王は捕らえられ百済は滅び、百済の遺臣は倭に百済の滅亡を伝えるとともに、救援軍の派遣を要請してきました。

それに応えた大和朝廷は、百済への2回の派兵を行いました。1回目の派兵は661年に行われましたが、大きな戦果は得られませんでした。しかし、663年に行われた派兵は、2万7千人から成る大部隊で、兵士の動員は西日本だけでなく、東日本にも及び、国家的な戦時体制が敷かれました。

第2回の百済救援軍は8月、錦江(きんこう)河口の白村江で、唐・新羅の連合軍と衝突します。戦闘は4度にわたり繰り返され、この戦いで倭の水軍は大敗北をしてしまいました。これが白村江の戦いです。倭の軍は百済の亡命貴族を伴い退却しました。
この敗戦を受け唐が攻め込んでくるのではないかと危惧した大和朝廷は、まず最初に狙われるであろう大宰府を守ろうと、博多平野から大宰府へと入るその入口の平野部に長城のような巨大土塁を築くことにしました。その作業は大急ぎで進められ、翌664年に水城は完成し、さらにその翌年の665年には大宰府背後の四王寺山に大野城が、大宰府南西の基山に基肄城が築かれて、大宰府の守りは徹底的に固められました。
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上図を見ると、水城と大野城が大宰府政庁への守りであることが良く分かります。

しかし、これほどの規模を持つ水城や大野城が整えられながらも、結果的に唐が攻め込んでくることはありませんでした。白村江の戦いが終わった当時まだ、高句麗は健在で、唐にも新羅にも対高句麗の方が重要で、日本に攻め入る余力は無かったからでした。

2)水城の構造
水城の大土塁は当時の最先端土木技術をもって作られました。まず土塁を築く前の基礎工事では、敷粗朶(しきそだ)という工法により緩い地盤を強化しています。これは地面に樹木の枝や葉を敷き詰めるというもので、地盤沈下や地すべりを防ぐために施された工法です。次に基盤の上に築かれた土塁ですが、これは木の枠に土を詰めて棒で突き固め、それを何層にも重ねて高くする版築(はんちく)工法によって築かれました。版築は大陸から伝わった土壁の造成技術であり、非常に高い強度を持つ大変優れた技術でした。翌年築城された大野城も同じ工法を使って建てられました。

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『日本書記』には、「大堤を築きて水を貯えしむ。名づけて水城といふ。」と記されています。それを裏付けるように、発掘調査により濠と木樋が発見されました。
この水濠は敵の侵入を防ぐためのもので、その深さは4メートル、幅は60メートルであり、水は大宰府から水城を経て福岡湾に流れる御笠川から引かれていました。川の水は一旦土塁の内側(大宰府側)に溜められた後、土塁の下に埋め込まれた木樋(もくひ)と呼ばれる導水管を通って濠に供給される仕組みでした。
このように、水城の大土塁は当時最先端である非常に高度な土木技術で作られたもので、現在でも土塁はその姿を留めています。
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上は水城の航空写真です。現在も崩れずその姿を保っているということが本当に凄いですね。

3)水城訪問
以下は、水城を訪れた時に撮った写真です。この後、阿蘇のゲストハウスのチェックイン時間に間に合うために、ここではあまり滞在時間を長く取ることが出来ませでした。

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水城の東門礎石跡。上写真では見にくいのですが、写真下のほうに門柱をはめ込んだ穴のある礎石が見えます。

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展望台から見た水城の土塁。1300年以上前に作られた土塁がはっきりとした形で残っています。

4)白村江の戦いの謎
今を遡ること1300年以上前に、日本は第二次世界大戦以外で他国に大敗北を喫したことがありました。それが、白村江の戦いです。
この白村江の戦いは、先に水城の歴史の中で書いた通りですが、ここでは、もう少し詳しくこの戦いに至る歴史的経経緯を見て見ることにします。

白村江の戦いが起きる前の朝鮮半島では、百済・新羅・高句麗の三国が抗争を繰り返していましたが、新羅は唐と結び、白村江の戦いの3年前、660年3月、唐の高宗は水陸13万の大軍をもって百済を襲い、新羅の武烈王も5万の兵を百済に進攻させました。これにより百済の義慈王は降服し、百済は一度滅びました。

その後、唐が主力を高句麗に転じた間隙に、百済の遺臣鬼室福信は倭に使者を派遣。援軍の派遣と人質として倭にいた百済の王子・餘豊璋の送還を要請しました。斉明天皇は詔して救援の決意を使者に伝え、661年1月斉明天皇は難波を出発し筑紫へ向かいました。しかし7月に、天皇は朝倉宮にて崩じてしまいます。その後、中大兄皇子が称制することになり、8月には救援軍を編成して豊璋を百済に送還し、4662年豊璋は百済王として即位しましました。このことによって百済復興の軍は大いに勢いづきました。

しかしその後、大和朝廷が百済への援軍として送った2万7千の兵からなる大船団は、663年8月白村江で唐の水軍と激突し、壊滅する程の大敗北を喫しました。日本書紀は、「官軍やぶれぬ。水に赴きて溺れ死ぬ者おおし。舳艫めぐらすことを得ず。(たちまちに敗れ、水に落ちて死ぬ者が相次いだ。船の舳先を廻らすこともできなかった。)」と伝えています。旧唐書には、「仁軌遇倭兵於白江之口,四戰捷,焚其舟四百艘,煙焔漲天,海水皆赤,賊大潰。(旧唐書列傳第三十四劉仁軌)」船400隻を焼き、炎は天を覆い、海は血に染まったとされています。
この敗戦の中、豊璋は高句麗へ亡命し、百済の遺民達は9月24日弖礼城(てれさし)に集合し、翌25日に船で日本に向かったと日本書紀は記しています。
            白村江の戦い

この大敗北で、唐の日本侵攻を恐れた大和朝廷は、大急ぎで守備固めを進め、664年に対馬・壱岐・筑紫に防人(さきもり-東日本出身の兵隊)や通信手段としての「烽(とぶひ)」を置き、水城を造成、そして翌665年に大野城を築くことになります。

ただ、この白村江の戦いには不思議なことがあります。それは、この白村江の戦いが行われたときには、実は既に百済は滅びており、如何に友好関係にあった百済のためとは言え、いったんは亡んだ国の再興のために、大国唐と隆盛期にある新羅との連合軍を相手に、下手をすれば亡国の憂き目に遭いかねないような救援軍の派遣を大和朝廷は何故決めたのかということです。

これには、諸説あるようですが、Net上で以下の説明を見つけましたので、それを紹介したいと思います。

1)理由その1
百済と日本は、4世紀頃から続く友好国の関係にあった。日本書紀には、『475年高句麗によって滅ぼされた百済は、477年に雄略天皇が百済王に熊津の地を賜って再興させた』との記述もあり、天皇家とは強い繋がりがあったことも伺える。また、414年に建てられた有名な広開土王碑の碑文に、”399年、百済は先年の誓いを破って倭と和通した。そこで王は百済を討つため平壌に出向いた。ちょうどそのとき新羅からの使いが「多くの倭人が新羅に侵入し、王を倭の臣下としたので高句麗王の救援をお願いしたい」と願い出たので、大王は救援することにした”との記述があり、古代日本が朝鮮半島に影響力を持っていたことがわかる(韓国はそれを認めたがらず、最近まで碑文は日本の陸軍が改竄したと主張していたが、調査の結果碑文の改竄はなかったことが判明した)。
そして、白村江の戦いの前には、百済王子・扶余豊璋が日本に(人質として)滞在中で、これは準皇族扱いを受けており、儀式にも出席していた。日本は百済王子が朝廷に仕えることで、“東アジアの雄”としての面目を保てる訳で、扶余豊璋には丁重に接した。そんな百済が滅びたとなれば、当然ながら友好国として百済再興に力を貸そう意識が働いたことも考えられる。また、当時百済からの渡来人を祖先を持つ貴族も大和朝廷の中にいてその力が働いた可能性もある(この部分は推測)。これらの感情面が百済再興の戦をすることを決定させた一因と考えることが出来る。

2)理由その2
感情面は別にしても、政治的・軍事的に考えて、百済滅亡は日本の危機を呼び起こす可能性があった。
日本の国益を考えた場合、朝鮮半島に統一国家が成立するよりも、分裂した状態で、かつ唐や他の勢力との緩衝帯として日本との間に存在していることの方が、日本にとって都合が良かった。(実際に、朝鮮が新羅に統一された後、日本は「新羅の賊」から度々侵略を受けることになったし、鎌倉時代には元の支配下になると日本は武力侵攻を受けている。李氏朝鮮は対馬占領軍を送り込んだこともあった。)
また、日本は4世紀には朝鮮半島に軍を派遣していましたが、朝鮮諸国が国家として整備されるに従い、任那を喪失すると言う苦い経験をすでにしていた。よって、日本としては友好的な百済が朝鮮半島に存在させる事で自国の安全を確保しようとした。

3)理由その3
軍事的に見て、百済復興は意外と上手くいく可能性があった。
白村江の戦いの前に、百済の大臣・鬼室福信が旧百済で唐・新羅連合軍に叛乱し、これが有利に展開していたという状況があった。実際に百済が復活しつつあるならば、ここに日本軍を投入すれば、勝率は高まることが考えられた。もし、百済が復活したならば、次の百済王は日本滞在が長い扶余豊璋となるので、日本は新生百済に強い影響力を持つことができると考えられた。

この白村江の戦いは、結果から見れば負けてしまいましたが、状況や軍勢の数から見て勝利する可能性はありましたので決して無謀な戦いではありませんでした。大和朝廷は、この戦に負けましたが大きく揺らぐことは無く、信頼と威信は保ちえました。
そして、唐との戦いで敗れた倭国は、天武天皇の時代になって「日本」と呼ぶようになり、政治の方針を大きく変えていきます。日本は唐の優れた政治制度を学び、律令国家を目指しました。また、母国を失った百済の遺民は、日本に安住の地を得て、その結果、彼等は多くの文化を伝えると共に、「日本書紀」の編纂にも深く関わり、多くの歴史を後世に伝えることとなります。
この歴史からも、強い国に学び、優れた文化、政治制度、技術などを導入して独自のものに替えていく日本の姿を見ることができます。


2.大宰府天満宮訪問(福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号)
1)日本神道と"祟り神"
日本の『神道』とは万物に霊魂が宿っているというアニミズム(精霊崇拝)や自然信仰から発展したと考えられる日本の民族的・伝統的な宗教です。神道はその歴史的な起源から特定の教義や聖典、唯一神を持たない信仰の自由度の高い多神教の宗教であり、山や川、森、岩、野生動物、気象(自然災害)など自然の万物に宿る『八百万の神々』を崇拝するものです。また、近代日本の国家神道の神殿である靖国神社に『戦死した祖霊』が神として祀られているように、死んだ祖先や人間(英雄)が神々になるという思想も神道には含まれています。

それでは、太宰府天満宮の祭神である菅原道真公も、"英雄"として祀られたのかというと、それはちょっと違います。今でこそ学問の神として名高い菅原道真公ですが、それ以前は"怨霊"として恐れられていた存在であり、その荒ぶる御霊を鎮めるために、道真公の墓所の上に社殿を建てて、神として祀ったのが大宰府天満宮の始まりなのです。

怨霊とは、恨みを抱きながら非業の死を遂げた者の死霊(もしくは生霊)のことで、当時の人々は、本気で怨霊を信じ、そして怨霊の祟りを恐れていました。そこで、この怨霊を神様として祀リ上げることで祟りを封じるという、日本独特の"御霊信仰"というものが生まれてきたのです。

菅原道真公が学問の神様として崇められるのは、生前の彼の聡明さに由来するものですが、その彼が怨霊として恐れられるようになってしまったのは以下のような経緯があったからでした。

2)菅原道真公と太宰府天満宮の由来
菅原道真公は代々続く学者の家に生まれ、11歳にして詩を詠むなど幼少の頃からその才能を発揮しました。30歳にして貴族の入口である従五位下に叙せられ、33歳では最高位の教授職である文章博士(もんじょうはかせ)に昇進と異例の早さで朝廷の要職に就くことになります。その後、後ろ盾であった父が亡くなり、また道真のスピード出世を良く思わない者も少なくなかったため、道真は地方官である讃岐守(今の香川県)に任命されて都を離れることになってしまいました。しかし、その4年後に転機が訪れます。藤原氏が政治の実権を掌握しているのを快く思っていなかった宇多天皇は、律令政治に精通する道真に目をつけ、宇多天皇から請われて再度上京することになった道真は、宇多天皇のもとで遺憾無くその才能を発揮し、トントン拍子で出世していくことになり、ついには朝廷内実質No2の右大臣まで上り詰めます。
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左は若かりしころの道真公と右大臣となった道真公

しかし、道真の後ろ盾であった宇多上皇が出家したことで、道真は非常に危険な立場になってしまいました。
冷遇されて道真を恨んでいた藤原氏と、宇多上皇の影響力の排除を考えていた醍醐天皇たちの陰謀によって、道真は無実の罪を着せられ九州大宰府へ左遷させられてしまいます。
宇多上皇は処分の停止を醍醐天皇に訴えようと駆けつけますが藤原菅根が取り次がず、そのまま左遷の処分が下ることになりました。
もともと健康では無かった道真は左遷された2年後、再び京都に戻ることなく59年の生涯に幕を閉じることになりました。(903年)

奇怪な現象が起こるのはこれからです。

「北の天神縁起」(菅原道真公の霊を天神として祀る北野天満宮の草創の由来と、その霊験譚を集めた鎌倉時代に作られた絵巻)では、道真の死去した数年後のある夏の夜、道真の霊魂が比叡山の座主・法性房尊意の前に現れて、これから都に出没し、怨みを復讐ではらす決意を述べ、邪魔をしないようにお願いに来たと述べられています。

そしてまずは、菅原道真を追いやった首謀者の一人である中納言・藤原定国(ふじわらのさだくに)が41歳の若さで急死。(906年)
さらには、醍醐天皇に直訴するため裸足で駆けつけた宇多上皇の行く手を阻んだ藤原菅根(すがね)が雷に打たれて死亡。(908年)
この頃には菅原道真の祟りだと一様に恐れ始め、左遷に追いやった張本人、藤原時平は39歳の若さで加持祈祷の甲斐なく病気が悪化し、菅原道真の祟りに怯えながら狂死してしまいます。(909年)

時平の命を奪ったと噂された道真の霊は、その後ますます激しさを加え、時平の子孫たちを次々と死に追いやり、遂に醍醐天皇の皇太子の命まで奪うに至ります。

源光(みなもとのひかる)が狩りの最中に底なし沼に乗っていた馬ごとハマって行方不明。(913年)
醍醐天皇の皇子で皇太子でもあった保明親王(やすあきらしんのう)が21歳の若さで急死。(923年)
保明親王の死後、醍醐天皇の皇太子となった慶頼王(よしよりおう・保明親王の子)が今度は5歳で死亡。(925年)。

保明親王・慶頼王ともに藤原時平と繋がりが深かったことから、両者の相次ぐ薨去は菅原道真の祟りによるものとの風評が立ちました。
これを受けて醍醐天皇は道真を右大臣に戻し正二位を追贈する詔を発し、道真追放の詔を破棄することにします。
しかし、なおも、台風・洪水・疫病と災厄は収まりません。

延長8年(930年)6月にはなんと、内裏の清涼殿に落雷が発生する事件が起き、多数の死傷者が出ます。(清涼殿落雷事件)
特に死亡した藤原清貫(きよつら)は、かつて大宰府に左遷された菅原道真の動向監視を命じられていたこともあり、これはもう、完全に菅原道真の祟りだと、益々恐れられることになります。
落雷の惨状も凄まじく直撃を受けた清貫は衣服を焼損し胸を裂かれた状態で即死。 醍醐天皇はこれを見てショックに打たれたのでしょうか、病に臥し、3ヵ月後寛明親王に譲位、7日後崩御してしまいます。
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こうして菅原道真を左遷を企てたもの加担したものは天皇といえどもその祟りから免れることはできなかったと噂されます。しかし藤原家では唯一、藤原時平の弟である藤原忠平(ただひら)だけは、菅原道真に同情の思いを寄せていて、励ましの手紙などを送っていたこともあり、祟られてはいません。ライバル達が全滅してしまって藤原忠平はこの後、摂政・関白となって藤原北家を支えていきます。忠平は、寛大で慈愛が深かったので、その死を惜しまぬものはなかったといいます。
 
これだけ関係者が死亡してしまうと、因果関係がやはりあるのではないかと思ってしまいますが、菅原道真公自身が実際に呪いの言葉を残した事実はありません。しかし、これらの事故が全て"道真の祟り"とされてしまったのは、関係者の心に余程やましいものがあったからなのでしょう。

醍醐天皇は、まだ在命中に、菅原道真の怨霊を鎮めるために、左大臣藤原仲平を大宰府に下向させ、919年に道真公の墓所の上に安楽寺天満宮を造営させました。これが後に太宰府天満宮となります。その後、947年に京都内にも道真の怨霊を鎮めるために北野天満宮が建てられ、御霊、雷神として祀られることになりました。しかし、道真公の御霊に対する恐れも少なくなってきた中世ごろから、生前の道真公の聡明さにあやかって「学問の神様」として祀られるようになって行き、そのまま現在に至ります。
本来、道真公は温厚な人柄でしたので、怨霊として恐れられるのではなく、"学問の神様"として崇められている現在の状況を喜んでいるのではないでしょうか。

3)太宰府天満宮訪問
自分が大宰府天満宮を訪れたのは、元旦前日の大晦日でしたが、それでも天満宮内は多くの参拝客で賑わっていました。

表参道から鳥居をくぐって境内へ入ります。
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境内に入ってすぐのところに御神牛の像がありました。
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天満宮の境内には多くの牛の像が置かれています。太宰府天満宮のホームページに「道真公が59歳の春に亡くなられた時、お亡骸を乗せた牛車が、都府楼の北東(うしとら)の方向へ向かって進んでいたところ、まもなくその牛が動かなくなり、それを道真公の御心によるものだとして、牛車の止まったところ、当時の四堂のほとりに御遺骸を葬った」ことが紹介されていいて、それが道真公と牛との関わりとも考えられますが、実はこれ以外にも諸説あって、現在では分からなくなっているようです。
神牛の頭を撫でると頭がよくなるそうで、まぁ今更どうでもいいけれどと思いつつ、毎回撫でています。

境内の中程にある心字池にかかる太鼓橋を渡って、更に奥に進みます。
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右手に志賀社があります。
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檜皮葺きの末社で、海の神綿津見(わたつみ)三神を祀ってあります。室町時代に再建された国の重要文化財です。

太鼓橋を渡ってまっすぐ進むと右手に手水舎が見えました。
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そして正面が楼門です。
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明治時代に火災で焼失し、現在のものは大正3年(1914)に再建されたものだそうです。

楼門をくぐると、本殿に対面します。
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檜皮葺きで、正面には唐破風状の向拝がついた、桃山時代の豪壮な様式で、国の重要文化財です。
本店の右に「飛梅」、左に「皇后梅」が植わっています。

「飛梅」は、都を追われた道真公が都を離れるときに、庭の梅を見て、「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ」と詠んだところ、やがて道真公を慕って一夜のうちに京の都から空を翔けてきたとの言い伝えがあります。

さて、参拝が終わると表参道をブルブラしてみます。
DSC05273.jpg

大宰府名物と言ったらまずこれと言えるのが梅ケ枝餅で、参道の至ところに梅ケ枝餅のお店を見ることができます。
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人気店には長い行列ができています。梅ケ枝餅は、小豆餡を薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼いた焼餅で、その謂われについては、浄妙尼という老女が道真公の御心を慰めるために差し上げたとも、道真公薨去に際して霊柩に供えたものともいわれていますが、千年以上にわたって参拝者に親しまれている名物菓子です。
DSC05311.jpg
早速1個買って頂きましたが、中々美味しかったです。

今回記事をUpするのが遅れてしまいましたが、次回は、阿蘇山周辺の記事をUpする予定です。


PS.祝!『劇場版ガールズ&パンツァー』興行収入が10.5億円突破!

劇場版ガールズ&パンツァーの興業収入が10.5億円突破し、「あの花」を抜いて 現在深夜アニメ興行収入4位になったそうです。まずはおめでとうございます!

深夜アニメ劇場版興行収入
1. 28.4億 121scr 「ラブライブ!The School Idol Movie」松竹 (更新中)
2. 20.8億 129scr 「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語」ワーナー
3. 19.0億 137scr 「映画 けいおん!」松竹

4. 10.5億 *77scr 「劇場版ガールズ&パンツァー」ショウゲート ※更新中

5. 10.4億 *64scr 「劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」アニプレックス
6. *8.5億 *24scr 「涼宮ハルヒの消失」角川書店
7. *8.5億 102scr 「劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス」東宝映像事業部
8. *7.4億 *94scr 「劇場版 TIGER & BUNNY -The Rising-」 松竹/ティ・ジョイ
9. *7.0億 *38scr 「劇場版マクロスF 恋離飛翼」クロックワークス
10. *6.7億 *39scr 「THE IDOLM@STAR MOVIE 輝きの向こう側へ」

何しろ、自分もガルパン劇場版を4回観に行ったので、この興業収入10.5億突破にはある程度貢献したかも。
まぁ、自分の場合は、2回目以降は殆ど来場特典狙いというところに若干引け目を感じてしまうのですが、興業11週目の来場特典はダブル生コマフィルム配布とか何が何でも10億を越えてみせるという興業側の強い意思を感じましたので、例え入場特典ゲットが目的でも、興業側の誘いに乗って映画館へ足を運ぶのは結構アリだなと勝手にいい方へ考えることにしました。

ただ、このダブル生コマフィルム配布には、ちょっと意見をしたくなることが起きました。
この興業11週目の来場特典が開始される初日の1/30(土)は、自分は会社へ出勤せねばならなかったので、レイトショーを見に行くつもりでした。
仕事が終わった後、念のためこれから行く予定の名古屋109シネマズへ来場特典は残っているかどうかを確認してみたところ、なんと、3回目の上映への入場途中で品切れになってしまったとのこと。...あのなぁ、いくらなんでも配布初日の3回目の上映途中でなくなってしまうとは、用意していた数が少な過ぎない?
そこで、名古屋109シネマズへ行くのを急遽取りやめ、愛知県内の別の映画館へ問い合わせたところ、豊橋の近くにある映画館で来場特典がまだ残っていることがわかったので急いでWebにて次の日の上映の席を予約し、翌日の日曜日に高速を1時間飛ばしてMOVID三好というイオンタウン内の映画館へ行って来場特典をGet出来ました。やれやれ。
しかし、特典をGet出来たから良いようなものの、どうも主催側の準備不足のような気がして釈然としません。来場特典は、興行側が見に来てくださいと誘っているようなものですから、それに応えて来場した客には、出来るだけ来場特典を配布できるようある程度十分な数を用意してもらいたいところです(来場者全員に配布するのが無理なことは理解しますが、初日の途中でなくなってしまうのはいくらなんでも少なすぎです)。

さて、苦労して手に入れた生コマフィルムですが、以下のようなショボいものでした。
ガルパン特典1
ガルパン特典2
なんじゃコレww

生コマフィルムと言っていますが、現在はデジタルデータを上映しているので、実はこの生コマフィルムは、実際の上映に使われないお土産のようなものなのです。ですので、かなり高い確率で、何らかのキャラクターが写っているフィルムをGetできるものと勝手に想像していましたが、まさか2枚とも戦車だけとはなぁ...。この前メインキャラが写っていた生コマフィルムを手に入れることができたのは、結構運が良かったのかも。

さて、実はこのガルパン劇場版は2/20から4D上映が行われる予定なのですが、もうこうなったら、この4D上映を体験しに5回目のガルパン劇場版視聴へ行ってきます!我ながらよくやるよなぁ...

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