Aiuto!の穴

≫2016年01月

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福岡訪問-その②-(食べ物編)

昨年の初めから作業を続けてきた新装置の据付作業も終わり、今週の火曜日からついに、この新装置の上で生産が始まりました。自分は米国からサポートとして来日した米国人技術者と共に、夜勤サポートで現在対応しています。しかし、久しぶりに外国人と話すと、本当に英語力の衰えを感じますね。というか、Sさんのネイティブトークは容赦なさすぎです。もっとゆっくり話してください...。まぁ、それはさておき、早速トラブル続出で、早くも土曜日の夜勤出勤が決定してしまいました。土曜の夜勤はキツイんだよなぁ。月曜の朝は普通に朝から出勤なので、殆ど休みが取れない感じなのですよね。なので、今回は、少しずつ書き溜めて早めの更新をtryしてみました。
今回のお題は、福岡での食事です。でも、何しろ年末に行ったので、あまりお店が開いていなかったのですよね。

1.キャナルシティ博多
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「キャナル (canal) 」は英語で運河を意味し、その名の通り、地下1階には人口の運河が作られ、その運河を取り囲むようにホテル、劇場、映画館、ショップ、レストラン、専門店などがひしめく、博多でも有数のショッピングスポットです。また、注目ショップでの買い物だけでなく、この運河の前のステージではショーやイベントが連日行われ、海外からの観光客も多い人気の観光スポットでもあります。ただ、今回自分がここを訪れたのは、買い物やイベント見学ではなくこれを見て見たかったからです。
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その名もラーメンスタジアム!キャナルシティ博多5階にあるフードテーマパークで、全国から有名ラーメン店が集まっているとのこと。
九州といえば豚骨ラーメンですが、その豚骨ラーメンの本場九州に殴り込みをかけるラーメンの猛者とはどんな店なのか?と興味津々でこのフロアへ足を踏み入れてみました。
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ラーメンスタジアムの内部。

ホール中央の柱に、ラーメンスタジアム参加のラーメン店の紹介があったので見て見ました。すると、アレ...?
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何と8店中6店が九州の豚骨ラーメンとのこと。これじゃ、全国じゃないじゃん!

ネットで調べて見ると、スタジアムの名前の通り、人気店は残り不人気店は入替されるシステムが導入されているとのことで、年に数回2 - 3店舗が入れ替わることが行われるらしい。このような、サバイバルの中で、どうやら九州外のラーメン店が生き残るのはかなり難しい様子であるとのこと。博多や九州他地域の豚骨店が入れ替わらないのに対し、非九州地域からの店舗はころころと入れ替わっており、全国的に有名なラーメン店であっても早々に撤退してしまうこともあるらしい。
いやはや、九州人の豚骨ラーメン愛は、自分のような他所から来た観光客にはうかがい知れないものがありますね!でも、個人的に、自分の地元のものを好きだと思う心を自分はすごく好きです。自分のところのものが一番!と言い切れるその心意気やよし!!といったところです。

と、ここまで持ち上げて言うのもなんですが、実は今回自分は、ここでラーメンを食べていません。博多では、持つ鍋を食べようと思っていたので、今回は残念ながら、ここでラーメンを食べるのをパスしました、でも、福岡にはもう一度、福岡城の100名城スタンプを押しに来なければならないので、そのときは是非ここで豚骨ラーメンを堪能したいと思っています。

2.おひとり様もつ鍋 元祖博多麺もつ屋
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博多名物といえば、豚骨ラーメンと肩を並べるくらいにメジャーになったもつ鍋ですが、基本的に鍋は複数人で囲んで食べるものですから、おひとり様の旅行客にとって、ラーメンよりも敷居の高い食べ物です。
しかし、今回行った"博多麺もつ屋"ならばおひとり様でも大丈夫!何しろ店の外には"一人もつ鍋専門店"の看板がど~んと掲げられているので、何とも心強い限りです。
この看板のおかげで、あまり気後れも感じずにお店の扉を開けると、お店の中は、8席ほどのカウンター席のみで、それぞれの席の前に一人用のガスコンロが置かれているのが目に入りました。まさに正真正銘のおひとり様専門店です。いや~、実にいいですね!

メニューはとてもシンプルで、ほぼもつ鍋だけです(他にも酒のおつまみのようなものが数点あった気もしますが忘れてしまいました)。もつ鍋は味噌味と醤油味から選ぶことができて、今回は味噌味を選んでみました。
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ここで面白いのは、このお店の鍋には太いちゃんぽん麺が最初から入っていることと、鍋の調理は全てお店の方がやってくれるということです。鍋というものは自分で作るものと思っていましたので、ちょっとびっくりしました。

もつ鍋は、このような形でコンロに置かれ、コンロの点火から途中で浮いてくるアクの取り除きも、全てお店の方がやってくれます。
強火で煮ること数分。てんこ盛り状態だった野菜がしんなりしてモツ肉に十分火が通ると、お店の方から鍋完成の合図が出ました。
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白ごま・黒ごま・鷹の爪などの色々な種類の薬味もセットとして出されますが、自分は柚子胡椒を選んでみました。
いや~、博多のモツはやっぱり美味しいですね!最初から〆の麺も入っているのでお腹も程よく一杯になって量も満足度が高いです。でも、やっぱり一番は、お一人様歓迎というお店の気さくな雰囲気かな。
旅行先では、あまり同じお店に入ることはないのだけれども、このお店には是非もう一回来たいですね。次回に来るときは醤油味でモツ鍋を堪能したいです!

3.豚骨ラーメン一蘭
キャナルシティ博多でのラーメンスタジアムではラーメンを食べませんでしたが、12/31の大晦日は、朝から"一蘭"で豚骨ラーメンを頂きました。
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朝から、一蘭でラーメンを食べるのは懐かしいですね。実は、自分は今から約15年くらい前に一年間小倉に住んだことがあって(正確には北九州市戸畑区)、そこで結構な回数、朝から"一蘭"でラーメンを食べていたことがあったのです。

自分は、関東出身でしたので、その時初めて九州に来て関東との違いに驚いたことはいくつかあったのですが、その最たるは何と言っても九州にはラーメンが"豚骨ラーメン"しかなかったことです。ラーメンといえば、醤油味、味噌味の他に、中華系の白湯ラーメンなどいろいろな種類のラーメンがあるのが当たり前の環境で長く過ごしてきていたので、このラーメンと言えば豚骨ラーメンしかないというのが本当に驚きでした。

まぁ自分は麺類は基本的になんでも好きで、もちろん豚骨ラーメンも大好きでしたので、九州へ来た当初は、豚骨ラーメンの有名店の食べ歩きなどを行っていたのですが、何しろ、ラーメンといえば豚骨ラーメンしかないという状況にだんだん飽きがきてしまったというのも正直なところでした。何しろ今までが色々な種類のラーメンを食べていましたので。

そんな、豚骨ラーメンに少々飽きてきていたところに、出会ったのが一蘭の豚骨ラーメンで、初めて食べた時はちょっとした衝撃でしたね。基本的に豚骨ラーメンはまろやかな味が持ち味なのですが、この一蘭の豚骨ラーメンは、何というか"尖った"感じの味で、他の豚骨ラーメンとは一線を画した味でした。その当時の一蘭のキャッチコピーは、豚骨ラーメンのニューウェーブだったと思いますが、まさにこの味はニューウェーブだとその当時の自分はいたく感激しました。そして、当時としては珍しい24時間営業を小倉店ではやっていたので、会社に行く前に一蘭へ寄ってラーメンを食べるということを結構な回数やっていたのです。いやぁ、懐かしいなぁ。

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さて、一蘭の店内に入ると、あの一蘭独特の"目の前暖簾"にご対面です。これは、客がラーメンの味に集中できるようにと、隣の客席の間に仕切りを造り、カウンターの奥も見えないように暖簾をかけた席のことをいうのですが、何だか受験生の勉強机のようで個人的にはイマイチです。でも、まぁこれもお店の個性としてありかなとは思いますが。

さて、一蘭は味の濃さやネギの種類、そしてチャーシューを入れるかどうかなどを指定できますので、それらを注文票に書き込んだあと、いよいよ数年ぶりに一蘭の豚骨ラーメンにご対面です。
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自分の思い出の中に残っている味と全く同じで、相変わらず美味かったです!でも何だか、値段は随分高くなってしまった気がしましたが...
名古屋にも、白河公園の南側に一蘭出店したと聞いたことがありますので、是非行ってみたいですね。

4.屋台 小金ちゃん
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博多といえば、屋台が全国的に有名ですよね。自分は、一時期小倉に住んだことがあり、その時に小倉の旦過市場の屋台に行ったことはありましたが(小倉の屋台は変わっていて、酒は自分で持ち込みで、メニューの中におはぎがあることです。今もそうかどうかは分からないのですが)、博多の屋台に行ったことは無かったので、今回の旅行で博多の屋台に行くことを楽しみにしていました。

さて、ネットで検索すると、小金ちゃんという屋台が、"焼きラーメン"の元祖と書いてあったので、この屋台へ行ってみることにしました。この日は九州旅行の初日(12/29)で、博多駅前の都ホテルに宿泊していましたので、博多駅から地下鉄に乗って天神まで行き、駅から徒歩で屋台のある場所まで歩いて行きました。

屋台のある場所に近づくと、何だか長蛇の列が見えてきました。ひょっとしてあの列は屋台に並ぶ列なんじゃ...
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まぁ、予想的中というか、本当に小金ちゃんに並ぶ列でした。というか、カップルもしくは若い女の子のグループしか並んでいないのですが...。これ、本当に屋台に並ぶ行列なのでしょうか...。

しかし、ほかの屋台のことは調べてこなかったし、Wikipediaにも載る程の屋台とはどんなものかということも興味があったので、とにかくこの列に並んでみることにしました。しかし、その後、寒風の下2時間も並び続けることになる羽目になると最初から知っていたら、この列に並ぶことはなかったでしょうね。
並び始めて1時間、列が進むというより、列からの脱落者があるせいで段々列の先頭へ近づいていきましたが、屋台の回転そのものは早いものではないので(考えてみれば、飲み屋の回転がラーメン屋並に早いはずがない)、脱落者が減ってからはさっぱり列が前に進まなくなりました。でも、既にこの時点で1時間並んでいるので、脱落することもできずに意地でならんでいましたが、列の先頭の方に近づくと列の先頭はなんと小さな3人の子どもを連れた親子であることがわかり、さらにげんなりした感じになりました。いや、別にそれが悪いわけではないのだけれども、何だろう、この場違い感は...。 というか、カップルと若い女の子のグループと親子連れの列に並ぶおっさんの自分が場違いのように感じるというのが、そもそも変な話で、本来屋台というところはおっさんである自分を受け入れてくれる場所のハズではなかったのかなどという思いが頭の中に浮かび始め、更に隣の屋台を眺めてみると、そちらの方はガラガラで何なんだこの格差は、何かいろいろ間違っている!などという不穏な考えが頭の中をぐるぐる回ってしまい、2時間待ち続けは肉体的に疲れましたが、何か精神衛生上も色々と宜しくなかったですね...

さて、やっとの思いで、屋台の中に入ると、土手焼きとめんたい玉子焼きと焼きラーメンを注文しました。
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この土手焼きは絶品でしたね。牛スジとこんにゃくが丁寧に煮込まれていて、味も濃すぎず非常に完成度の高い一品でした。
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めんたい卵焼きも、地元博多らしい面白い一品でした。
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さて、最後に名物の焼きラーメンが出てきました。如何にもB級グルメな感じがする一品ですが、お酒との相性は抜群で、屋台で食べると美味しさも倍増して感じてしまうような、そんな料理でしたね。

店の外には未だにたくさんの人が並んでいたので、食事が終わると直ぐ店の外に出ました。先程も書きましたが、小金ちゃんの横には数軒の屋台があったのですが、そちらの方の客入りはそれほどでもなくて、ネット上の食べログなどに載ることが如何に宣伝効果があるのが如実にわかりました。客層にも確実に影響を与えますしね。何しろ、小金ちゃんに並ぶ列は、明らかに飲み屋に並ぶ列ではありませんでしたから。
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このことを、会社が始まってから同僚に話してみると、その同僚は思いがけないことを言いました。彼曰く、屋台というものはやり方がフェアではない。普通の人は、飲食業を始めるとき、一大決心で店舗を借りてスタートしようとするのに、そういうお金をかけることをすること無しに店を始めることは、ちゃんと店を借りて飲食業を始める人の足を引っ張ることになるので良くないというのです。彼の言っていることが正しいのかどうかはわかりませんが、何しろ自分はそういった発想で屋台のことを考えたことが無かったので、ちょっとびっくりしてしまいました。それと、同時に時代が変わったのだなぁということを痛感しました。

自分の中では、屋台というやり方は、一種のハングリー精神の表れのようなもので、昔は今以上に持っている者と持っていない者の差が激しく、持っていない者は、持っている者のやり方である店を構えるというやり方ができないけれども、それに対抗する手段としてお金をかけない屋台を作って、お金をかけないやり方で、お金をかけるやり方に対抗するというようなところがあったような気がするのです。客の方も、その辺の事情を察して、屋台経営者を応援するような気持ちで屋台を訪れるということがあったのではないでしょうか。
それが、時が流れて、屋台というやり方はフェアじゃないという人が現れ始めたのを見てしまうと、もはや屋台が持っていた歴史的な役割というものは終わってしまったような気がします。歴史的役割というのは、かなりオーバーな表現ですが、昔は社会全体が何となく屋台というやり方を許容しているところがあったのが、現在ではそれがなくなってきてしまっているような気がするのです。

自分は、屋台の持っているおおらかさとパワフルさが好きですが、屋台が時代に合わずに消えて行きそうになるのならば、それは仕方のないことのような気もします。
屋台というものは、確かに文化だと思いますが、時代が流れても残る文化もあれば、時代の流れとともに消え去っていく文化もあり、屋台はどうも後者のような気がします。ですから、屋台が完全になくなってしまう前に、出来るだけ目に焼き付けておこうと今は思っています。今度福岡を訪れる際は、食べログに載っていないような屋台をあえて選んで訪れてみたいと思っています。
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福岡訪問-その①-(福岡城、大濠公園、and 櫛田神社)

福岡城は、JR博多駅から西へ車で約20分、中洲、天神を抜けて、福岡市中央区に位置します。しかし、多くの地元の方々にとって、ここは城址というよりも、大濠公園もしくは舞鶴公園といった方が通りが良いかもしれません。ここには、かつて櫓総数47基、規模はあの熊本城をも凌駕する大城郭が存在したのですが、どうもこの城に対して地元の方々の関心はあまり高くないようです。城好きにとってはちょっと寂しい気もするのですが、それには、どうも博多という街が持っている長い歴史が関係しているようです。
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1.福岡城の歴史
関ヶ原以前の福岡地区を領していたのは小早川氏であり、海辺にある名島城(現・東区名島)を居城としていました。
小早川秀秋が領主であったときに関が原の役が勃発し、彼は土壇場で西軍から東軍に寝返り、東軍の勝利へ貢献しました。それを徳川家康に認められ、小早川秀秋は備前(岡山県)・美作の地を与えられ、岡山城に移っていきました。
小早川氏の後、関が原の戦いの功績で家康に気に入られてた黒田長政が博多一帯の街・五十二万石をもらって、名島城に入城してきました。黒田長政は、秀吉の家臣としてその名を馳せた黒田如水の嫡子にあたりますが、関ヶ原合戦で東軍が勝利した背景には黒田長政の諜略による功績が大きく、それに徳川家康が応えた国替えと言ってもいいものでした。何しろ中津12万石から実に4倍以上の領地を持った太守への大出世でありました。
しかしながら、名島城は52万石の太守の城としては海に近過ぎかつ、城・城下町ともに手狭であったので、長政は新しく城を建てるのに良い場所を探して、まだそんなに開拓されてない大濠と那珂川に囲まれた丘陵一帯(現在の中央区赤坂。当時は山だったらしい)を新しい城の築城の地と定め、その地名を福岡と改めました。黒田氏の出身地は備前であり、その備前の国の商業地であった福岡にあやかって「福岡」という地名を付けたと言われています。

縄張りは黒田家24騎のひとりである野口佐助一成で、その見事な石垣は城作りの名手加藤清正からも賞賛を受けたとい割れています。福岡城は慶長6年(1601年)には築城が開始され、7年後の慶長12年(1607年)に竣工しましたが、この壮大な城をわずか7年で完成してしまう手腕は、野口佐助という城作りの名手がいたこともさりながら、やはり長政の築城運営能力の高さの賜物だったと思われます。

こうして出来上がった福岡城は、城内には47基もの櫓を保有する52万石の大名の居城にふさわしい九州で最大の巨大城郭でありましたが、本丸の中央には立派な天守台があるだけで、この城の古図にも天守は描かれていません。これは黒田氏が幕府に遠慮して天守を建築しなかったのだろうと今までは一般的に言われてきました。しかし、近年、元和6年(1620)に細川忠興が息子忠利に宛てた書状が発見され、そこには「黒田長政が、幕府に遠慮して天守を解体したと語っていた」といった内容のことが書かれていることがわかりました。このことから、築城当時には天守が存在していたという可能性が高まってきているようです。

黒田氏は、2代忠之のときに黒田騒動が起きますが、無事本領を安堵され、以後12代長知のとき明治を迎えるまで、福岡の地を動くことはありませんでした。

*黒田騒動
江戸時代前期,筑前黒田藩に起きた御家騒動。2代藩主黒田忠之は倉八十太夫を重用して専制を行い,幕府の諸侯取りつぶし策に口実を与える事件を続発させた。そこで筆頭家老栗山大膳は,失政を理由とした藩の取りつぶしを防ぐため,寛永9 (1632) 年,忠之に逆意がある旨を幕府に訴えたが,対決の結果忠之が勝ち,除封を免れ藩は危急を脱し,栗山は南部藩 (→盛岡藩 ) へ預 (あずけ) ,倉は高野山へ追われた。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説より)

2.福岡と博多
博多という街は歴史が古く、今から2000年以上も前から中国大陸との接点があり、港町として、そして商人の文化で栄えてきた街で、759年の「続日本紀」にも「博多大津」という文字が出てくるほど歴史がある街です。

そこへ、新しく来た領主が急に地名を博多から福岡に変えると言い出したので、当時の住民は猛反発をしたようです。その結果、新しく出来た城下町を福岡と呼ぶことにし、那珂川・博多川(那珂川の支流。この那珂川と博多川との中州が、現在の”中洲”地域となっています)から東側の地域を商人の町”博多”とすることになりました。つまり元々の博多の町はそのままにして、新たに出来た城下町"福岡"と完全に分離してしまったのです。
下図は、城下町福岡及び博多の古地図です。
福岡湖地図3
上図にの右上に描かれている、那珂川・博多川によって、城下町・福岡と商人の町・博多は仕切られていて、当時は、この両区画を自由に行き来ができなかったということです。ただ、その福岡と博多の間にある、福岡でも博多でもない、藩の直轄地域の中洲は違ていて、この地域はは当時から遊郭などの一大歓楽街で、この地域だけが福岡の武士と博多の商人との唯一の接点だったのです。
       福岡湖地図4
上の図は、先ほどの古地図をもう少し分かりやすく現代風にアレンジしたものです。中州が福岡と博多を隔てていたことが良く分かります。

川を挟んで、関所で区切られてたこの2つの町、城下町・福岡と商人の町・博多は、住んでる人も武士と商人という風に違うし、言葉使いもかなり違ってたようです。城下町・福岡ではかなり上品は言葉を使い、商品の町・博多では、もともとは港町だったので言葉は粗かったそうです。ただ黒田長政は城下町・福岡を建設する為に、博多の呉服商や御用商人、大工や鍛冶屋などの職人は、福岡に住まわせた様です。その名残りが、今現在では中央区簀子(すのこ)などで、その時代には簀子職人が住んでた町だったのです。

この福岡と博多の争いは、近世になっても続き、江戸幕府が終わり、明治維新後の1867年、市制および町村制が公布さた時も、福岡市が良いか博多市が良いかで意見が割れ、この時は行政区で福岡県となったのもあり、県として「福岡市」という事に決まりました。この時の返礼として、その年の暮れに九州初の鉄道が開通したとき、駅名を「博多駅」にする事で、「福岡市」派は「博多市」派をなだめたとなどということもあったようです。
しかし、争いはこのままでは終わらず、さらにその翌年の第2回市議会で、「歴史上から見ても、市の名前を博多市に改めるべきだ」という決議案がでてきて蒸し返されることに。そして多数決を取ることになったのですが「福岡市」派と「博多市」派の多数決は同数。しかし議長の票が入ってなく、その議長が「改める必要がなく、福岡市のまま」と福岡市側に入ったため、市の名前は「福岡市」に決まって、この問題に決着がついたといういきさつもあったとのことです。いやはや、長い歴史を持つ街は大変ですね!

そして時は流れて、福博プロムナード計画の一部として平成2年に完成された、那珂川をまたいで博多区中洲と、旧福岡県公会堂貴賓館のある中央区西中洲とを結ぶ、 全長78.2メートルの橋には、"福博であい橋"という名前が付けられました。しかし、上記のようなこの2つの地域の争いというのは、さすがに現代では残っていないのでしょうね。
ただ、廃藩置県が行われて、かつての領主の城が取り壊された後、これらの城を復旧しようなどという運動は、この福岡の地では殆ど起きなかったようです。それは「博多」の人たちが「福岡城」に対する思い入れがなく、そしてつい最近まで、その流れは続いていたので、あまり"福岡城の保存や再建には関心が行っていなかったようなのです。しかし、ここ最近では、福岡城の再建運動のようなものも起こってきているようなので、個人的にはこの流れは嬉しいですね。

3.福岡城訪問
九州に到着した翌日12/30に福岡城を訪問しました。

三の丸から二の丸へ入る松の木坂御門前に車を止めると、そこにある案内板を読んでみます。すると、この福岡城の三の丸以内の遺構はかなり昔の面影を残していることがわかりました。以下に福岡城の古地図と、現代の舞鶴公園のマップを並べて見ます。20100823-01.jpg福岡城マップ

まずは、最初に松の木坂御門の坂を上っていきます。
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松の木坂御門の坂を上って二の丸へ入り、少し歩くと本丸へ続く表御門が見えてきます。
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この表御門の階段を上ると本丸へ入ります。本丸を東側へ歩いていくと祈念櫓が見えてきます。この櫓は本丸北東隅に鬼門封じのため建立されたものです。
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祈念櫓から南に向かって歩いていくと天守台が現れてきます。
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天守台から見た福岡のビル郡。正面に見えるのは福岡ドーム?
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天守台から降りた後、天守台の石垣をぐるりと反対側へ回ると小天守台の石垣が見えてきました。石垣の重なりが実に美しいですね。
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南丸内部から見た多門櫓。
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南丸から見た二の丸の石垣。加藤清正が褒めただけあってすばらしい石垣ですね。
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下から見上げた多門櫓。
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本丸の南側を通って、東二の丸へ出ます。写真は本丸南側の石垣。
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東御門を通って三の丸へ出ます。写真は東御門。
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東御門を出て、少し歩くと"福岡城むかし探訪館"が見えてきました。ここで100名城スタンプがもらえるとのこと。
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しかし、行って見ると、なんと年末の休館で、スタンプが押せないことが発覚!!

う~ん...、年末にお休みを頂くのは当然のこととして、しかし、その場合、せめてスタンプだけは外に出していて欲しかったです!自分は、殆ど年末しか長期休暇が取れないので(そういう人は、自分以外にも必ずいると思います)、そういう人のために、是非スタンプを外に置いておくという配慮をして頂くことを切に望みます。(このスタンプを押すだけのために、もう一度、名古屋から博多へ行かなければならないという辛さを是非分かって頂きたい。)

4.大濠公園
福岡城の外濠で、以前は入り江でもあった草香江をもとに公園化したのが大濠公園です。池を貫くように島がいくつか存在し、それぞれが橋でつながっているので、中央部を経由して池を全体を渡ることができます。隣接した舞鶴公園は、福岡城の本丸、二の丸及び三の丸をそのまま公園にしたものです。
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また、夜間は観月橋と浮島の間のライトアップが行われます(おそらく期間限定と思われますが詳しいことは分かりません)
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5.櫛田神社
博多の有名なお祭りといえば、博多祇園山笠があります。この全国的に有名なお祭りは、福岡市が開催しているものではなく櫛田神社の氏子たちが素戔嗚尊(スサノオノミコト)に行う奉納行事のひとつであり、実は地域の住人の方々が伝統的に行ってきた町内行事なのです。このお祭り700は年以上も続く長い歴史を持ったお祭りで、このお祭りを奉納される櫛田神社もそのはるかむかしから「商売繁盛、不老長寿のお櫛田さん」と博多の人々からあつい信仰を集めている神社なのです。
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1)櫛田神社の由来と仮説
祭神は大幡大神(櫛田大神)、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)の三神で、正殿に大幡主神、左殿に天照大神、右殿に素盞嗚神が祀られています。

日本全国にいくつかの櫛田神社がありますが、それらの多くが櫛名田姫を主祭神とする神社であるのに対し、この博多にある櫛田神社では櫛名田姫は祀られていません。実は祇園山笠のお祭りが素戔嗚尊(スサノオノミコト)に対する奉納祭であることは以前聞いたことがあったので、この記事を書くまではてっきり櫛名田姫が主祭神であるとばかり思っていました。櫛名田姫は素戔嗚尊の妻ですから。しかし、この神社は、櫛名田姫とは関係なく、主祭神の大幡大神(大幡主命)は伊勢国松坂の櫛田神社から勧請した神とされています。松坂の櫛田神社の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられる。天慶4年(941年)、小野好古が藤原純友の乱を鎮めるために京都の八坂神社に祈願し、平定した後に素盞嗚神を勧請したと伝えられています。

しかし、これには,主祭神はやはり櫛名田姫ではないかという異説が合って、そのことがWeb上に上がっていました。
以下は、その仮説です。
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この仮説では、平清盛が1158年に大宰大弐となり、博多に港を開き宋との貿易を本格化させようとした際、自分の荘園があった肥前(佐賀県)神崎の繁栄を、この博多にももたらす事を祈念して、神埼にあった櫛田神社の勧請を行ったというものです。

このことは、神崎の櫛田宮HPにも以下の説明があるとのことです。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~kusidagu/enkaku/enkaku.html

「当時の中国(宋)との密貿易も盛んに行われ、有明海から神埼の荘園にも迎え入れた。この荘園を実質治め巨利を独占したのが平正盛・平忠盛であり、その子の平清盛が平家全盛の時代を迎える財政的な基を神埼の地で築いたのである。
その貿易品や年貢米の積み出し港である博多に分社をつくり、櫛田大明神の御加護を祈ったという説が通説となっている。
*福岡市が市制90周年として発行した『福岡の歴史』(昭和54年10月発行)にも詳しく記されている。」

また、福岡市総務局編『福岡の歴史』(1979年)にも、そこには、博多の櫛田神社の社地は清盛の博多新設時の倉敷で、そこに神崎の櫛田神社を勧請したのだろう、との記述があるとのことです。

更に、福岡市の「まるごと福岡・博多」では、こう書いてあるそうです。
「社伝によると創建は8世紀の天平宝字元年(757)。 平清盛が博多を日宋貿易の拠点港とした平安末期に御託宣により鎮祭され、平家の社領肥前国神崎庄の櫛田神社を勧請したものだと考えられています。」

神崎の櫛田宮には、祭神として櫛稲田姫命、須佐之男命(素戔鳴尊)、日本武命(ヤマトタケル)の三神が祀られています。
櫛稲田姫命は、須佐之男命の妻であり、八岐大蛇の生け贄になるのを助けた女神様です。この櫛稲田姫命を祭っているので櫛田宮と呼ばれています。
博多の櫛田神社は、この神崎櫛田神社を勧請したのであれば、祭神は同じく櫛稲田姫命であることが考えられます。
主祭神が、櫛稲田姫命であれば、全国の他の地域にある櫛田神社と同じく、夫である須佐之男命も祀られたのではないかというのがこの仮説です。

では、松阪櫛田神社の勧請はどうしたのかと言いますと、それは祇園の櫛田神社ではなく、早良区野芥にある「野芥櫛田神社」ではないかというのが、この仮説の結論となっています。
http://jinjajin.jp/modules/newdb/detail.php?id=8523
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個人的には、この仮説のほうを信じたいという気持ちが強いですね。ネットで三重県松阪市櫛田町にある櫛田神社を調べて見たのですが、かなり小さな神社で、この神社が博多から勧進された理由というのがどうにも分からないからです。また、櫛になってスサノオのヤマタノオロチ退治を助けた櫛稲田姫命というのは中々魅力的なお話で、櫛稲田姫命が主祭神であって欲しいという単純な願いのようなものがあるのかもしれません。

2)スサノオのヤマタノオロチ退治伝説
このスサノオのヤマタノオロチ退治と櫛稲田姫命の伝説とは以下のようなお話です。

神話での記述(Wikipediaより)
高天原を追放されて出雲に降り立ったスサノオは、ヤマタノオロチという怪物に毎年娘を食われているアシナヅチ・テナヅチの夫婦と、その娘のクシナダヒメに出会った。彼らの話によると、もうじき最後に残った末娘のクシナダヒメも食われてしまう時期なのだという。哀れに思うと同時に、美しいクシナダヒメが愛しくなったスサノオは、クシナダヒメとの結婚を条件にヤマタノオロチの退治を申し出た。スサノオの素性を知らないアシナヅチとテナヅチは訝しむが、彼がアマテラスの弟と知ると喜んでこれを承諾し、クシナダヒメをスサノオに差し出した。

スサノオとの結婚が決まると、クシナダヒメはすぐにスサノオの神通力によって変形させられ、小さな櫛に変えられた。そして櫛としてスサノオの髪に挿しこまれ、ヤマタノオロチ退治が終わるまでその状態である。ヤマタノオロチ退治の準備はスサノオの指示で、アシナヅチとテナヅチが行った。

クシナダヒメを頭に挿したスサノオは、見事ヤマタノオロチを退治する。 ヤマタノオロチを退治した後、スサノオはクシナダヒメと共に住む場所を探して、須賀の地に宮殿を建てた。

(櫛に変えられたクシナダヒメがその後どうなったのかは原文では明記されておらず、元の姿に戻ったという直接的な描写もない。しかし、せっかく命を救われたのに無生物である櫛のままだったとは考えにくく、スサノオがクシナダヒメと共に住む宮殿を建てていること、その直後に「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」と詠んでいること等から、ヤマタノオロチが退治された後で無事に元の美しい娘の姿に戻してもらい、約束通りスサノオの妻になったとする解釈が一般的である。)

以下は、そのときの戦いを描いた版画です。左上に描かれているスサノオの戦いを応援する櫛稲田姫命がとてもかわいい。
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天界でさんざん暴れて、一人ぼっちで地上に追われてしまったけれども、家族も国も出来てよかったな、スサノオ。やっぱり普通が一番だ(何のコッチャ)。
この神話から、スサノオが主祭神である神社の御神徳は、厄払いと縁結びとなっていることが多いようです。

厄払いは、こういった勇猛果敢なスサノオの迫力で厄を払う。。
そして縁結びは、櫛名田比売との運命の出逢いが良縁、縁結びの御利益と繋がっているのでしょうね。

3)(クシナダヒメ-櫛名田比売命-奇稲田姫)の名の由来
クシナダヒメは奇稲田姫或いは櫛名田比売と書かれます。 前者の場合、「クシ」を「霊妙、素晴らしい」ととり、続く「ナダ」は稲田を示しているとして、即ちクシナダヒメは豊穣・豊かな稲田を象徴する女神様です。
父母がテナヅチ・アシナヅチであり漢字で示すと手摩霊・足摩霊となり、これらは「手足を撫でる(摩る)」意味を持つことから、「撫でるように大切に育てられた姫」との解釈もあることから、大和撫子(倭撫子)の語源であるともいわれているようです。

神話の中の櫛名田姫はヤマタノオロチに生贄として捧げられる予定だった女神ですが、その女神がヤマタノオロチに生贄として出されるというのは、山の神に「穀物」だとか「生贄」を差し出していたということを表しているのではないかということが、神話の解釈として考えられているようです。

櫛名田姫は稲田の神として信仰されており、全国の氷川神社を始め、様々な神社で祀られている。しかしながら、多くの神社では夫のスサノオと子孫(或いは子)の大国主と共に祀られています。

この櫛名田姫の姿は、出雲国があった島根県にある八重垣神社に、日本最古の神社壁画として以下のように描かれています。
    a0300530_17474610.jpg
現代人の目から見ても、この壁画に描かれた櫛名田姫は美しく魅力的ですね。豊穣の神で縁結びの神でもある櫛名田姫は、昔から多くの人の信仰を集め続けている神様で、その人気は、最近のゲームであるパズドラでも以下のような姿で登場することからも分かります。
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更に究極進化した櫛名田姫
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まぁ、こういう萌え化したキャラクターに対する感覚は人それぞれですが、時代が変わるにつれ神様の姿も時代に合わせて変わっていくことは、個人的には別におかしなことだと思っていません。姿かたちにこだわるよりも、たとえどのような形であれ、神様の名前を語り継ぎ、遠い日本人の祖先から続く信仰の思いを途絶えさせないことのほうが大事なことだと考えていますので。

しかし、果てしなく脱線しながら長々と書いてきてしまったのですが、上記の櫛田神社の主祭神が櫛名田姫であるというのは唯の仮説でしかなく、櫛田神社の正式な社伝では、主祭神は大幡大神です。

4)櫛田神社参拝
何だか、とてつもなく話が脱線してきたので、元の櫛田神社参拝へ話を戻します。

1/30に福岡城を訪問した後に、櫛田神社へ参拝しました。
櫛田神社は、福岡市博多区の中洲の手前に位置していて、正に繁華街の真ん中にあるような感じです。てっきり神社は郊外にあるものだと思っていたのでちょっと驚きました。

勇壮な楼門を見上げます。
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楼門の天井に吊り下げられた、干支恵方盤(えとえほうばん)が見えました。まだ、参拝時には年を越していなかったのですが、方位版の干支はすでに猿になっていました。
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楼門を潜って振り返ると、裏側には"博多総鎮守"の額が掲げてありました。
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楼門を抜けると、右手側に手水場、、そして正面に随神門が見えてきます。
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御神牛の像もありました。とりあえず頭をなでて見ました。頭が良くならないかなぁ。いまさらどうでもいいか。
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随神門を潜ると、拝殿に対面します。
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拝殿の右手前には、霊泉鶴の井戸というものがありました。
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拝殿の左手側には「飾り山笠」がありましたが、写真撮り忘れました...

全体にとても華やかな神社という感じでした。大晦日だったので人の数はそれほど多くなかったのですが、元旦は、とてつもなくごった返すのでしょうね。

最後に南神門の写真。
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PS.博多での宿
本当は、食事の写真も載せようと思っていたのですが、相変わらずとてつもなく長くなってきてしまったので、それは次回の記事に回して、今回は宿泊した宿の写真を載せてみたいと思います。
1)博多観光ホテル都
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エヴァンゲリオン車両搭乗+博多一泊の商品で旅行会社がアレンジしたホテルでしたので、このホテル都に一泊しました。
ホテルは博多駅から徒歩5分という便利さで、部屋もビジネスホテルよりワンランク上という感じでよかったです。

しかし、実はこの旅行は、ギリギリまで会社の仕事をしていたので、洗濯をする暇がなく、結局、洗濯が必要な衣類を抱えて旅行に出発という情け無い状態になってしまいました。ホテル到着後、ロビーでコインランドリーの場所を尋ねたけれども、ちょっと恥ずかしかったなぁ。おまけに結局コインランドリーが見つからないという残念な結果で、明後日から着るものが無くなってしまうのでちょっと焦ってしまいました。

2)博多町屋 ゲストハウス界音
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博多での2日目はゲストハウス界音に宿泊しました。受付で、コインランドリーの場所を尋ねると、当然のように複数のコインランドリーの場所を教えてくれました。いやぁ、やっぱり自分にはこう言う宿のほうがしっくりくるかも?
早速、コインランドリーに洗物を押し込んで、その間、近くのスーパー銭湯へ行って来ました。
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普通、ゲストハウスでは相部屋のドミトリータイプを選ぶのですが、今回そちらが満室だったので、仕方なく個室へ宿泊しました。
相部屋より格段に値段は高かったですが、それでもビジネスホテルよりも安かったので、まぁ良いとしましょうか。せっかくの個室でしたので、洗濯が終わり風呂から帰った後は、部屋で仕事をしていました。結局家では仕事が終わらなかったものですから。ここでの仕事は、個室でしたので結構効率よく進みました。それを考えると、個室は正解だったかもしれません。

以下は、界音の中の写真。かなり雰囲気は和風でよかったです。
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次の記事では、博多での食事についてUpする予定です。でも、年末/年始なので、あまり店が開いておらず、残念ながら地元の料理を堪能するまでには至りませんでした。

新幹線:エヴァンゲリオン プロジェクト「500 TYPE EVA 」搭乗(+水没したiphoneとiphone6sの「高額ガチャ」and etc.)

年末から年始にかけて行ってきた九州旅行について最初の更新です。
この旅行は基本的に100名城巡りでしたので、それにあまり関係のなかったことについて最初にまとめて更新しておきます。

1.JR西日本「新幹線:エヴァンゲリオン プロジェクト」
九州旅行の初日は、このプロジェクトの「500 TYPE EVA 」新幹線に乗って九州へ行ってきました。
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エヴァンゲリオン プロジェクトは、今年で開業40周年を迎える山陽新幹線と、放映20周年の「新世紀エヴァンゲリオン」がコラボをして、500系新幹線の外装へ初号機をイメージした塗装(ラッピングではない)を施し、8両編成の車内で、1号車にエヴァンゲリオンの世界観が楽しめる「500 TYPE EVA 展示・体験ルーム」、2号車に「500 TYPE EVA 特別内装車」を設けるというものです。
実施されるのは今年の秋から平成29年の3月までが予定され、運転時刻が博多6:36発→新大阪11:14着のこだま730号と、新大阪11:32発→博多16:07着のこだま741号の1日2本が運行されます。

この特別車両「500 TYPE EVA」の2号車両は、自由席なので、新幹線の乗車券を持っていれば誰でも入室可能なのですが、1号車両に設けられている「500 TYPE EVA 展示・体験ルーム」への入室と実物大コックピット体験乗車には、「特設サイトによる予約(抽選)」もしくは、「旅行会社の専用商品」を購入する必要があります。更に旅行会社の専用商品は、「1号車への入室&コックピット搭乗体験+500Type EVAオリジナルバスタオル」と「1号車への入室+500Type EVAオリジナルNゲージ」の2種類があり、自分はオリジナルNゲージをGetするプランを選びました。

この旅行会社の専用商品とは、新大阪⇔福岡間の新幹線による往復(往路もしくは復路のどちらかが「500 TYPE EVA」)&福岡での観光ホテルでの1泊となり、福岡での観光を兼ねて「500 TYPE EVA」へ搭乗したいと考える方にとって、それほど割高なものではありません(観光ホテルもまずまずのものであり、1号車への入室+500Type EVAオリジナルグッズのGetを考えるとむしろ安いくらい?)。ですので、500Type EVAに搭乗したいという方へは、自分としては旅行会社の専用商品をお勧めしますが、もし福岡での1泊が必要ないならば、「特設サイトによる予約(抽選)」も1ヶ月先の予約ならば結構な確率で取れるとのことなのでチャレンジされるのも十分有りだと思います。

さて、それでは以下が自分の500Type EVA搭乗体験です。
旅行会社が手配した新幹線切符は、往路が新大阪~広島~博多までの2枚であり、その内広島~博多区間が「500 TYPE EVA」の車両となっています。ですので、まずは新幹線を乗り継いで広島まで行くことになります。
広島に到着し、しばし待つと、大阪方向から「500 TYPE EVA」の車両がやってきました。もちろん、あっという間に人だかりです。
その中で写真をパチリ。うん、やっぱりこの「500 TYPE EVA」車両はカッコイイ。
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写真を撮ったあとは、駅でおいてけぼりにされないように急いで車両に乗り込みました。

先ほど書いたように、この「500 TYPE EVA」車両は、1号車に「500 TYPE EVA 展示・体験ルーム」が設置されていますが、実はそこへ直ぐに入室出来るわけではありません。抽選、もしくは旅行会社の手配で、それぞれの人に、1号車へ入試室できる駅の区間が割り当てられていて、それ以外の区間では入室出来ないようになっているのです。自分の場合は、厚挟駅~小倉駅の間が1号車入室許可区間でした。各駅の到着時間から算出すると約15分程になりそうで、意外と短いので気合を入れて見るように気を引き締めます。

厚挟駅に近づいてきたので前もって2号車両に移動しました。2号車両は「500 TYPE EVA 特別内装車」で、シートや日よけのブラインドも以下の写真のようにエヴァンゲリオン仕様になっています。また2号車両前部の2列シートまでは1号車両へ入室する人の待機シートになっています。
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係りの方から入室許可証をGetすると、このシートに腰をかけて厚狭駅に到着するのを待ちます。下は、その入室許可証です。この許可証を首から下げて1号車に入室することになります。
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さて、厚挟駅到着すると、係りの人に先導されていよいよ1号室に入室です。いやがおうにも胸が高鳴ります!

ドキドキしながら1号車へ足を一歩踏み入れると...アレ?何というか想像以上に部屋が狭いという感じでした。入室してまず最初に目に入るのが、入口近くにある、エヴァンゲリオンの2台のジオラマ模型。
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そこから、奥に目を転じると、綾波レイの撮影用?等身大ポップとその奥に仕切りカーテンが見えました。このカーテンの向こう側に、実物大コックピットが置いてあるようです。
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このコックピットに搭乗できる人は、公式のホームページ上での抽選で当たるかもしくは旅行会社の専用商品「1号車への入室&コックピット搭乗体験+500Type EVAオリジナルバスタオル」を購入した人だけになります。自分はこのコックピットに搭乗できないので、後は壁に貼られているパネルを見て廻りました。パネルは全部で10枚ほどあり、パネルの内容は以下のようなものです。
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ただ、ぶっちゃけて言ってしまうと、ジオラマ模型及び展示パネルを見て廻るのは十分程で終わってしまい後は見るものが無くなってしまうので、自然とカーテンの仕切りの向こうが気になってきます。なにしろ、コックピット搭乗者に見せられているであろうビデオの音声がカーテン越しに結構大きな音で聞こえてくるものですから。結局、入室許可時間の終わりころに、コックピットには座らないことを条件に、カーテンの向こうに入らせてもらうことが出来ました。以下はその時撮影したコックピット写真です。
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以上が自分の「500 TYPE EVA」の乗車体験記となります。このプロジェクトは、基本的に公式ホームページ上の抽選に当選すれば、通常の乗車券が必要なだけの無料展示のようなものですから、正直、展示品だけを見るとそれほどすごいものではありません。ですが、この「500 TYPE EVA」の外側の塗装はもちろん、車両内部のシートや窓のブラインド、そしてドアまでもエヴァンゲリオン仕様が施されていましたから、その特別感は凄かったですね。この特別仕様車に搭乗できたという満足感を味わうだけでも、この「500 TYPE EVA」車両に乗る意味は合ったと思います。

最後に、博多で降りると、博多駅構内の「500 TYPE EVA SHOP」で「500Type EVAオリジナルNゲージ」を受け取りました。
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おぉ、これはなかなかカッコイイじゃありませんか!
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特に外装の透明ケースがカッコイイのですよね。これはこのケースに入れた状態で飾っておくことになりそうです。

また、博多駅構内には「500 TYPE EVA Cafe」というのもありました。
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「500 TYPE EVA Cafe」の前には、シューケースに入った500 TYPE EVAのNゲージモデルの展示もありました。
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この「500Type EVAオリジナルNゲージ」の入手も含め、自分にとって「500 TYPE EVA 」新幹線の搭乗体験はなかなかよかったです。前にも書きましたが、博多で一泊の観光を含めた場合、旅行会社が企画した「500 TYPE EVA 」新幹線搭乗の商品は決して高額なものではないと思いますので、もし「500 TYPE EVA 」に搭乗したいと考えられる方がいましたら、自分としてはこの商品をお勧めします。

最後に、「500 TYPE EVA 」車両の公式写真を以下に貼っておきます。やっぱりカッコイイですよね。このエヴァンゲリオンと500系新幹線のコラボを考えた方はやはり凄いと思います。
博多総合車両所で公開された500 TYPE EVA

2.水没したiphoneとiphone6sの「高額ガチャ」
自分は、九州にある原城へ行ったとき、そこの公衆トイレで自分のiphone6を便器の中に水没させてしまいました。用を足そうと思ってズボンを下ろそうとしたところ、ポケットからポロリと落ちたiphoneはストライクコースで和式便器の中に吸い込まれていってしまったのです。iphoneをトイレに落とす話を、時々は聞いていましたが、半分ネタだと思っていたので、まさかそれが自分の身に実際に起こるとは思ってもいませんでした。でも自分で経験して分かったのですが、和式便器ならば洋式に比べれば遥かにiphoneを便器の中に落としてしまう可能性が高いということです。自分の場合はポケットから落ちたiphoneは、床を滑って便器の中に落ちましたから。

まぁ、それはともかくとして、急いで便器からiphoneを拾い上げた自分は、この場合一番やってはいけないことをやってしまいました。それは、iphoneの電源を入れるということです。少し冷静になって考えて見れば、水に濡れた電気機器の電源を入れるなどということが如何に危険かということは誰にでも分かることなのですが、やっぱりこの時はテンパッていたのだと思います。

便器から拾い上げて、電源を投入した直後のiphoneは直ぐに起動したので、ちょっと安心したのですが、その後直ぐに画面が真っ赤になって電源が落ちるという分かりやすい壊れ方を示してくれました。この症状にさらにあせって電源再投入を繰り返し(うわぁ...)、最後にはまったく画面が起動しなくなってしまうまでになってしまいました。本当に馬鹿でした...

それでは、ネット上に載っていたiphoneを水没させた際の応急処置/応急処置の際やってはいけないこと/応急復活方法について以下に書いておこうと思います。

1.iphoneが水没した時の応急処置
1)絶対に電源を入れない
  スリープボタン長押し→スライドでとにかく電源を直ぐ切ること!

2)カバー類はすぐはずして水分をふき取る
  カバー等を付けていると、隙間に入り込んだ水を拭き取れないので、すべて外しiPhone表面の水分を拭き取ります。

3)すぐにSIMを抜いて水分をふきとりティッシュにくるんで大事に保管
  iPhoneを電話として使うためにSIMカードは必要なので、クリップ等を変形させた細い棒でSIMカードを抜きとります。
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4)ヘッドフォン端子、Dockコネクタの水分をティッシュをコヨリにして吸い取る
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2.応急処置の際絶対にやってはいけないこと
1)iPhoneの電源を入れたり、充電するのはNG
  iPhone内部が濡れた状態で電源を入れると、ショートしてしまい修理不可になるほどの故障の原因になったり、腐食してしまう可能性があります。

2)iPhoneを振るのはNG
  まだ水が入っていない部分にまで”水が移動してしまう”可能性があります。

3)iPhoneをドライヤーで乾かすのはNG
  そもそも熱風は電気機器に良くないですし、急速に水分を飛ばすことによりiPhone内部のサビや腐食を進めてしまう可能性があります。

4)電子レンジで乾かすのはNG
  まぁ、当たり前ですね。

5)1日で電源を付けるのはNG
  目では見えない内部に残った水分で、電源を付けた瞬間にショートする可能性があります。ここは、じっくり我慢です。

3.水没したiphoneの応急復活方法
1)iPhoneをティッシュで包む
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2)ジップロックにiPhoneと乾燥剤を入れる
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3)ほんのり暖かいところに放置
あとはほんのり暖かい場所に4日?5日放置します。直射日光は避け、PCの上などがオススメです。
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上記応急復活方法は一例で、ほかに米の入った袋に入れる等の方法もあるようです。


さて自分の場合のその後なのですが、名古屋へ帰った後、約3日ぶりにiphoneの電源を入れたところちゃんと立ち上がったのです。ただ、ちょっと本体を動かすと直ぐに電源が落ちるなど怪しい動きも見せていたので、とりあえず直ぐにバックアップをi-cloudへ取りました。近くに自分のPCがあればそちらへバックアップを取るのも良いと思います。

起動するようになったとはいえ、動作はやっぱり怪しかったので、iphoneの正規修理店へ持ち込み、修理をしてもらいました。水没の際は修理ではなく本体交換となってしまい、約38,000円かかりましたが、自分の場合はキャリアであるSoftbankと契約する際に安心パックというものに入っていて、修理費の80%もしくは上限で33,000円は払ってもらえそうなので自己負担は5,000円くらいになりそうです。いや~、保険に入っていて良かった。とにかく次からは、iphoneをポケットに入れているときは落下させぬよう十分注意しなければ。

【番外編】iphone6sの「高額ガチャ」
水没したiphone6を修理に出す前、実はiphone6s plusに買い換えることも考えていました。iphone6だと出先でiphoneで文章を打ち込もうとするとやはりもう少し画面が広いといいなと思うことが多々あったからです。しかし、ネットでiphone6sを調べていくうちに、高額ガチャという言葉を頻繁に目にするようになりました。どういう意味かと調べて見ると以下のことがわかりました。

iPhone6s/6s PlusのA9プロセッサに搭載されているチップは、実は2種類あり、1つは台湾のTSMC製で、もうひとつは韓国のサムスン製となっています。こういったiPhoneのチップを複数社が製造することは従来からあったのですが、今回問題になったのが、TSMC製とサムスン製で性能差(バッテリーの持ち)があるではないかという点です。

以下は、TSMC製とサムスン製のA9チップの写真です。TSMC製(APL1022)は16nmプロセスで作られ、ダイサイズが104.5平方ミリメートル。一方サムスン製(APL0898)は14nmプロセスで作られ、96平方ミリメートルと、サイズが若干小さいという違いがあります。
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最初は、同じ性能なのに小型化されているサムスン製チップ搭載のiPhone 6s / 6s Plusの方が性能が良いなどと言われていましたが、ユーザーの検証が進んでいくと、なんと当初とは逆に、サムスン製A9よりもTSMC製A9の方が発熱が少なく、バッテリーの持ちが約2時間ほど優れているかもしれない、という情報が出てきました。
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(Redditでは「Geekbench 3」でのバッテリーベンチマークの結果が投稿されており、TSMC製のA9の方がSamsung製のA9よりも長くバッテリー駆動した、という結果が残されています。)

これについて、ついにAppleもバッテリー性能に2~3%の差があることを認めました。

With the Apple-designed A9 chip in your iPhone 6s or iPhone 6s Plus, you are getting the most advanced smartphone chip in the world. Every chip we ship meets Apple’s highest standards for providing incredible performance and deliver great battery life, regardless of iPhone 6s capacity, color, or model.
Certain manufactured lab tests which run the processors with a continuous heavy workload until the battery depletes are not representative of real-world usage, since they spend an unrealistic amount of time at the highest CPU performance state. It’s a misleading way to measure real-world battery life. Our testing and customer data show the actual battery life of the iPhone 6s and iPhone 6s Plus, even taking into account variable component differences, vary within just 2-3% of each other.
ソース:TechCrunch

ここで騒ぎが大きくなり、サムスン製A9チップを搭載したiphone6sは"ハズレ"であるという話がネット上に広がりました。そして、iphone6sがどちらのチップを搭載しているかは購入時に判別する方法が無かったので、iphone6sの価格が10万円くらいだったところから、10万円ガチャとか高額ガチャなどというネット用語のようなものが出来たみたいです(みんな、よくこういう言葉を考えつくなぁ)。

どちらのチップが搭載されているのかを調べるには、「Lirum Device Info Lite – System Monitor」というアプリを使用すれば分かるらしいです。
以下は、「Lirum Device Info Lite – System Monitor」使用時の解析画面です。
          iphone-6s-plus-a9-tsmc-samsung-2.jpg

iPhone 6s:
・N71mAP:TSMC製
・N71AP:サムスン製

iPhone 6s Plus:
・N66mAP:TSMC製
・N66AP:サムスン製

しかし、バッテリーの消耗時間などは使用条件などでかなり変わるもので、現在はいろいろな条件でのテストの結果、性能はほぼ同じというところに落ち着いているようです。

(iPhone 6sのチップ製造メーカーの違いはバッテリー持ちにほとんど影響しないことが実使用に近い環境下でのテストで判明|GIGAZINE http://gigazine.net/news/20151020-iphone-6s-battery-problem/)

いったいこの騒ぎは何だったのかという気もしますが、これに関してはみんなソースが付いている記事を元に発言しているのでデマというものではなく、話の推移が面白いなぁと思ったので載せてみました。

PS1.劇場版ガルパン視聴3回目!
1/4の名古屋へ戻ってきたときのレイトショーを見に行ってきました。一応出かける前に、劇場へ電話して来場特典がまだ残っていることを確認後に出かけましたので、念願の生フィルムがGetできました。(しかし、この来場特典も次の日にはなくなるところでしたのでギリギリのタイミングでした)
Get出来たフィルムには、みほを振り返るあんこうチームの面々が写ったもので、なかなか満足しています。
ガルパン生フィルム
(今まで、自分が購入したエヴァンゲリオンなどのBlu-rayなどに同梱されていた生フィルムには、ビルなどの建物しか写っていないものばかりでしたので、今回もそのパターンかとヒヤヒヤしていましたがメインメンバーが写っているフィルムだったので良かったです。)

自分は今まで3回目はおろか2回同じ映画を見に行ったことなど無かったのですが、この3回目の視聴でさえ面白く感じたところがこの映画の凄いところだと思いました。画面の中の情報がものすごく多いので、1回では全てを見切れないからというのもあるかもしれませんが、やはり物語の作り方が非常にうまいからなのだと思います。基本は、みんなで力を合わせて勝ちを取りにいくスポ根風の物語なのだけれども、そちらにばかり振らずにオタク心をくすぐるウンチクがたくさん詰まっていて、でもそれだけではなくてカチューシャとノンナ/クラーラとの別れのシーンや西往姉妹の絆を描いた情緒的な回想シーンなどがうまく挿入されて、でも戦いは凄く熱い!というバランスのよさというか、とにかく見ていて飽きが来ないのですよね。でもやっぱり一番は本気の戦車同士の打ち合いが見れるということかなぁ。この絶対に死なないという設定は本当に凄いと思いますよ。戦車道とか学園艦などその他のありえない設定に混ぜてこの絶対に死なない設定を成り立たせているのだけれども、この設定が無くてペイント弾などの撃ち合いだけだったら、やっぱり緊張感が無くなってしまい、これだけ気持ちが盛り上がるということは無かったと思います。(でも、いくら内部が特殊コーティングされているといっても、さすがにあのカール自走臼砲の大口径弾なんか当たったらいくらなんでも死んじゃうような気がするよなぁ...)

【子ネタの子ネタ】ガルパン効果? 茨城県大洗町で「ふるさと納税」急増。12月だけで1億6000万円
茨城県大洗町で、ふるさと納税制度による寄付金が急増している。2014年度は約763万円だったのに対して、2015年12月の1カ月間だけで1億6000万円を超える申し込みがあった。2015年12月1日に、同町を舞台にした人気アニメ「ガールズ&パンツァー」(ガルパン)のグッズなど230品目を返礼品に加えたところ、申し込みが急増したという。地元紙の茨城新聞が1月8日に報じた。

大洗町の昨年度のふるさと納税の寄付金は約763万円→返礼品に「ガルパン」のグッズを加える→申し込み急増→1ヶ月だけで1億6000万円を超える寄付金が集まるという流れがスゴイw
ちなみにガルパングッズとは以下のようなものらしい。
1_20160108135009ad4.jpg
なにこの、ガルパンウォーター24本で1万円ってww
いや~、みんな惚れ惚れするお金の使いっぷりだね!何しろ1ヶ月で1億6000万円だからなー。でもいいよいいよ、そういうの!みんな、もっとどんどんアニメにお金を使おう!!

PS2.年末恒例のアニソンカラオケ
自分の数少ないオタ仲間と、年末恒例のアニソンカラオケを昨年の12/27に行いました。

以下が、自分が歌ったアニソンリストです。昨年は忙しくてあまりアニメを見ることが出来なかったので新しい歌を殆ど歌えませんでした。いつもは30曲は歌うのだけれども。(ちなみに自分はとってもカラオケが下手です。)

1. COLORFUL BOX(SHIROBAKO前期OP)
2. プラチナジェット(SHIROBAKO後期ED)
3. DREAM SOLISTER(響け!ユーフォニアムOP)
4. Philosophy of Dear World(純潔のマリアOP)
5. 光るなら(四月は君の嘘OP)
6. 吹雪(艦これED)
7. 星屑のインターリュード(天体のメソッドED)
8. 熱情のスペクトラム(七つの大罪OP)
9. Rhodanthex , 夢色パレード(金色モザイクOP)
10.FLYING FAFNIR(銃皇無尽のファフニールOP)
11.花ハ踊レヤいろはにほ(ハナヤマタOP)
12.アクアテラリウム(凪のあすから前期ED)
13.ケセラセラ(有頂天家族ED)
14.回れ!雪月花(機巧少女は傷つかないED)
15.境界の彼方(境界の彼方OP)
16.桜のあと(all quartets lead to the )(夜桜四重奏ハナノウタOP)
17.割れたリンゴ(新世界より前期ED)
18.せーのっ(ゆゆ式OP)
19.NO, Thank You! (けいおん!!ED)
20.ブルーバード(NARUTO-ナルト- 疾風伝OP)
21.Above your Hand(さんかれあED)

カラオケで歌う歌は、自分が好きなだけでなく自分で歌える歌を歌わなければならないので、結構選曲が難しいですよね。
そんな中で、自分にとっての今年のカラオケNo1曲は、吹雪(艦これED)でした。以下に動画を貼ってみます。

演歌みたいでかつノリも良くて盛り上がるのですよね。早口の部分は意外と歌えました。

さて、来年はどんな歌が歌えるでしょうか。
(今まで一緒にカラオケを歌ってきたオタ仲間が、今年リア充の世界へ行ってしまったので来年も一緒に歌ってくれるかどうか難しそうです。新しいオタ仲間を見つけないといけないかもなぁ...)

新年(2016年)明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます!

一昨年は、自分の拙いブログを訪問して下さり本当にありがとうございました。
本年度も、何卒よろしくお願い申し上げます。

現在、自分は九州を旅行中で、このごあいさつも長崎の健康ランド稲佐山温泉アマンディから書いています。
1/4には名古屋に帰りますが、1/5から仕事始めですので、ブログの再開は、来週末あたりからになると思います。本年度こそ、もう少しブログの更新度をUPさせたいと思っています!

日の出2016_1
上の写真は、阿蘇山の大観峰から見た元旦の初日の出です。前日は雨でしたが、奇跡的に晴れてくれました。雲海の向こうに見える阿蘇山の連なりの合間から登る朝日がとても綺麗でした。

ここへは、宿泊先のゲストハウス阿蘇楽のご主人に宿泊客全員と共にワンボックスカーで連れて行ってもらいました。とても貴重な経験をさせて頂き、大変ありがとうございました。

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