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ARW(アンダーソン、ラビン&ウェイクマン)ライブレポート(及びその他)

世間はGWのまっただ中かもしれませんが、自分は今までと変わらず先週の土曜日から据付工事と定期点検で働いている毎日です。まぁ、今年は今までより多く休めて、今日と明後日が休みですから、大分楽になりました。そんな訳で休みが取れた本日は、なんとか記事を1本Upしてみたいと思います。

ARW(Anderson, Rabin & Wakeman:アンダーソン、ラビン&ウェイクマン)が来日したので、2017/4/24(月)に、名古屋・日本特殊陶業市民会館ビレッジホールへコンサートを見に行ってきました。
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ARWと言っても、恐らく殆どの人が知らないと思います。実は、ARWはYesというロックバンドの一種の派生ユニットのようなもので、Yesと全く別グループという訳ではないのです。それどころか、本家のYesでは、ベースのクリス・スクワイアが逝去してしまった後のYesのオリジナルメンバーと言えば、ギターのスティーブ・ハウとドラムのアラン・ホワイトだけなのに対し、分家筋と言えるARWの方が、ボーカルのジョン・アンダーソン、キーボードのリック・ウェイクマン、そしてギターのトレバー・ラビンとオリジナルメンバーの人数では、本家のYesを超えてしまっているくらいです。

それにも関らず、ARWの方を本家よりYesらしいとかあまり思いたくないのは、ボーカルのジョン・アンダーソンと、キーボードのリック・ウェイクマンが、中々困った人たちで、何か気に入らないことが起こると直ぐに、バンドを飛び出しては復帰することをを繰り返してきたからです。

リック・ウェイクマンに関しては何と4回もバンドを飛び出しては戻るを繰り返し(もう、いい加減にせいという感じ)、ジョン・アンダーソンは流石にそれより回数は少ないですが、一応バンドの顔でリーダーでもあったのにも関わらずバンドを飛び出すと言うのは普通有り得ないですし、良く言えばポジティブと言えるかもしれないけれども基本的に我田引水で自分本位な思考方法と行いが、周囲の人たちを振りまわし続けたのが災いし、現在は、本家YesメンバーからYesへの出禁宣告を受けているというのは尤もなことだなと思ってしまうほどです。

でも、またアンダーソンが性懲りもなく本家Yesとの合体を目論んでいるのだろうなぁと思うのは、来日直前にARWをYES featuring Anderson, Rabin, Wakeman(イエス・フューチャリング・アンダーソン・ラビン・ウェイクマン)に変えたからなのですが(実は現在はARWでは無くこちらが本当のGr名)、そんなことをしても、20年以上昔に2つに分裂していたYesを無理やりに合体させた時のように、あっという間に崩壊してしまうのは目に見えているので、もう本家Yesにちょっかいを出すのを止めて、今のメンバーで新アルバムを出すなど前向きに考えて欲しい所です。ギターのトレバー・ラビンもキーボードのリック・ウェイクマンも素晴らしい技量と才能の持ち主であることは間違いないのですから。

以下は、ARW(YES featuring Anderson, Rabin, Wakemanは長すぎるので、記事の中では元のGr名のARWへ統一します)のコンサートレポートです。

開演前の6:00頃に日本特殊陶業市民会館前に到着。
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既に、会場の前にはコンサートを観に来たと思われる方々が集まっていましたが、自分とほぼ同じかそれ以上と思われる年代の方々ばかりでした。本家Yesの時よりも若干女性層が多かったような気がしましたが、それもジョン・アンダーソン人気ということなのかもしれません。若かった頃のジョン・アンダーソンは、優男の吟遊詩人そのものという感じでしたからね。

会場に入ってみると、以下のポスターが貼ってありました。まだ、YES featuring Anderson, Rabin, Wakemaではなく、ARWのままでしたが。でも、このツアーの名称は、An Evening of YES Music and more JAPAN TOURで、既にしっかり"YES"の名前が入っています。
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驚くことにこの会場では、携帯、スマフォによる演奏中の撮影はフラッシュを焚かなければ自由とのことでした。コンサート中の撮影O.Kというのは海外公演では時々聞くことはありましたが、自分は初めての経験でした。下は会場の入り口から音響機器の向こうにステージを見たところ。
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自分の席は1階の右側の後方から4列目くらいで、自分の後ろにはもう誰も座っていない状態でした。つまり実質最後方で、これならば、あまり気兼ねなく腕を上げて写真を撮れる感じです。客席の埋まり具合は、満席ではありませんでしたが、本家Yesより若干多いくらいでしたでしょうか。本家Yes以上に集客出来るのも、ひとえにジョン・アンダーソン人気の賜なのでしょう。

7:00頃に開演のアナウンスがあった後、少し経つと最初にドラムとベースの2人が登場。次に、ラビン、そしてリック・ウェイクマンが例のマントを羽織ってと登場。ウェイクマンがそのマントを両手で大きく広げると会場は大いに盛り上がりました。ウェイクマンはオールドファンのくすぐり方をよく分かってる。中々やるな。

そして最後にジョン・アンダーソンが体をゆらゆら揺らしながら軽妙な感じで登場し、会場が更に盛り上がりました。ラビンとウェイクマンという2人のガタイのデカい男に挟まれながらも、抜群の存在感を示すのはやはり流石といった所です。

コンサート中、何枚か写真を撮りましたがイマイチだったので、以下の写真をネット上から拝借致しました。
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ラビンもウェイクマンも安定した演奏で、アンダーソンのボーカルもしっかりとした声量で歌い上げていて、声が出ないのでは無いかという自分の心配は杞憂に終わりました。今回のツアーに参加したドラムのLouis Morino IIIやベースのIain Hornalも、そつなくリズムパートをこなしてフロントの3人をサポートしていました。ただ、実はベースに関しては、全米ツアーで、クリス・スクワイアのゴリゴリベースをかなりの精度で再現していたと言われるLee Pomeroyが来日ツアーに参加しなかったため、"Long Distance Runaround"と"The Fish"という欧米ツアー時で演奏されていた2曲が、来日ツアーのSetlistから落ちてしまったのは残念でした。でも、スキンヘッドでトニー・レビンのようなような風貌をしたドラムのLouis Morino IIIが"And You and I"で、おどけた仕草でウィンドチャイムを叩いていたのが楽しくて、意外な存在感を見せてくれていました。

今回の名古屋でのSetListは以下の通り。

01.Cinema(Yes)「90125」1983年
02.Perpetual Change(Yes)「The YES Album」1971年
03.Hold On(Yes)「90125」1983年
04.I've Seen All Good People(Yes)「The YES Album」1971年
05.And You and I(Yes)「Close To The Edge」1972年
06.Rhythm of Love(Yes)「Big Generator」1987年
07.Heart of the Sunrise(Yes)「Fragile」1971年
08.Changes(Yes)「90125」1983年
09.Awaken(Yes)「Going For The One」1977年
10.Owner of a Lonely Heart(Yes)「90125」1983年

Encore:
11.Roundabout(Yes cover)「Fragile」1971年

東京でのコンサートでは、4と5の間でドラムソロ及び"Lift Me Up"も演奏されたり、ABWHのThe meetingも演奏されたらしい。このSetListは広島公演と同じで、どうやら小会場では簡略のSetListで演奏されたようです。舐められたな、名古屋!!てか、ABWHのThe meetingが演奏されなければ、このツアーのタイトル"An Evening of YES Music and more "のmoreの部分が無くなっちゃうじゃん...
(実は、上記Listが正しいかどうか確信が持てていません。間違っていたらごめんなさい...)

まぁ、それはともかく、演奏そのものは中々のもので、「Close To The Edge」からの名曲"And You and I"ではスティーブ・ハウとは違うラビン独自のアレンジで聴かせてくれましたし、特筆すべきは、ライブ演奏による"Awaken"の素晴らしさで、これまで、自分はあまり「Going For The One」というアルバムを良いとは思っていませんでしたが、ジョン・アンダーソンが謳い上げる"Awaken"は美しく感動的で、驚くと共に、改めてジョン・アンダーソンのボーカルの魅力を実感してしまいました。
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そして、Lastの曲の"Owner of a Lonely Heart"では、リック・ウェイクマンが肩からショルダーキーボードを提げて観客席まで降りてくるパフォーマンスを披露して、会場は大盛り上がりになりました。下は、その時に撮った写真です。
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遠くで、スポットライトを浴びているのがリック・ウェイクマンなのですが、この写真ではまるで解りませんね。

最後のアンコール曲は、もちろん定番の"Roundabout"で、会場のオールスタンディングと手拍子を受けながら演奏を終え、今回のARWの公演は終了しました。

さて、今回のARWの公演は、Net上では昨年の本家Yesの公演より評判は良いようです。読ませて頂いた他者様Blogでは、2つのYesの合体を望んでいる意見が殆どのように見えました。でも、それをやってしまうと、また1つのGrの中にギターが2人、キーボーディストが2人になってしまい、Grの取り纏め役だったクリス・スクワイヤも故人となっていない現状では、20年前に無理矢理合体した"Union"YesのようにGrが再度崩壊してしまうのは間違いないように見えます。はっきり言って、もうそういうのは見たくありません。

本家Yesは、ベースのクリス・スクワイヤが故人となってしまった後では、オリジナルメンバーも少なくなりARWよりも地味に見えてしまいますが、ギターのスティーブ・ハウとキーボードのジェフ・ダウンズの組み合わせからは、まだまだ面白い音楽が生まれてきそうですし、ARWの3人は、新旧Yesの静と動を併せ持った魅力的な新しい音楽を生み出す力を未だに持っていることは間違い無いと思います。

昨年来から、プログレ界では訃報が相次いで、King Crimson/Asiaのジョン・ウェットン、EL&Pのキース・エマーソン、グレッグ・レイク、そしてYesのクリス・スクワイアが還らぬ人となりました。そんな中で、Yesは残っているメンバーで作品を発表しツアーを行うことが出来る数少ないプログレGrになってしまいました、ですから今やYesはプログレ好きの人たちの期待を一身に背負っているGrと言えるのかもしれません。

ですので、ジョン・アンダーソンには、くれぐれも自重してもらって、お互い別々に切磋琢磨しながら末永く輝き続けて欲しいと自分は思っています。オリジナルメンバーの中で一番若いギターのラビンで62歳、バンドの顔であったヴォーカルのアンダーソンに至っては70歳を超えていて、普通の人ならば昔の思い出の中に浸っているだけの年齢なのかもしれませんが、天部の才能を与えられた彼らには、もう一花咲かせてくれることを個人的には願って止みません。

最後に、一応、自分が撮った中でも比較的マシな写真もUpしておきます。
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・上記記事に関連したYes関連のアルバムを載せてみたいと思います。
1) Anderson Bruford Wakeman & Howe(アンダーソン,ブラッフォード,ウェイクマン&ハウ)
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90125 Yesが「ビッグ・ジェネレイター」を発表した後、その音楽性に違いを感じて(というよりラビンが主導するバンドに不満があったので?)ジョン・アンダーソンがYesを脱退し、旧メンバーであるドラムのビル・ブラッフォード、キーボードのリック・ウェイクマン、そしてギターのスティーブ・ハウを誘って結成したAnderson Bruford Wakeman & Howe(以下ABWH)で発表した作品。昔の音楽への回帰を願っていたアンダーソンの思いがそうさせたのか、肩の力を抜いた軽快感を感じさせつつ、かつてのYesが持っていた緻密な音楽が当時の最新の機材を使いながら各人の熟練の演奏技術で演奏され、80年代のプログレとも言えるような珠玉の作品を作り出しました。このアルバムは大きな反響を呼び、ABWHは、この新作アルバムと共に、「イエス・ミュージックの夜 - An Evening of Yes Music Plus」と銘打ったツアーを世界各地で行いました。この状況は、ARWと現在行っているツアーと非常に似ていますね。

2)Union(ユニオン)
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ABWHはセカンド・アルバム「ダイアログ - Dialogue」のレコーディングに入ったものの、楽曲の数が不足していたため、アンダーソンはラビンに楽曲の提供を依頼し(!)(こんなことが出来てしまうのが、超ポジティブ我田引水男と呼ばれるアンダーソンらしい)、それをラビンが受けて、楽曲を提供することになりましたが、その流れで結局、2つのバンドは合流し、1つのYesとなりました。この時のバンドは以下のようなメンバーで総勢8人という大所帯となりました。

・ヴォーカル:ジョン・アンダーソン
・ギター:スティーブ・ハウ、トレバヴァー・ラビン
・ベース:クリス・スクワイア
・キーボード:リック・ウェイクマン、トニー・ケイ
・ドラム:ビル・ブラッフォード、アラン・ホワイト

この8人Yesで発表されたのが本作「Union(ユニオン)」です。しかし、このアルバムは、2つのバンドが合作したわけでは無くABWHの曲と旧Yesの4曲にアンダーソンがボーカルをかぶせて作られた曲を混ぜて1つのアルバムに仕上げられているだけであり、これらの曲の間に統一感も殆どありません。そして、このアルバムの不統一感が表すように、ワールドツアーの後に、8人Yesから旧ABWHの中でアンダーソンを除く全ての人が脱退し、結局元の90125Yesのメンバーになってしまうのでした。まぁ、同じバンドの中に、ギター、キーボード、ドラムがそれぞれ2人ずついれば、どちらかが出て行くのは当たり前のことですよね。こういう結果になることは、アンダーソン以外のほぼ全員が予想していたのではないでしょうか。

この時、この8人Yesはワールドツアーの一環で来日し、自分は武道館へこの8人Yesを見に行きました。今から20年以上昔のことですが懐かしいですね。
アルバムの方は、確かに統一感はありませんでしたが、ABWHの曲にクリスのコーラスを加えた1曲目:I Would Have Waited Foreverと、ラビンの作曲の才能が光るPopな4曲目:Lift Me Upが結構好きで、良く聴いていました。

3)FLY FROM HERE(フライ・フロム・ヒア )
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「TALK」以降メンバーの入れ替わりと試行錯誤のようなアルバムが数枚発表されましたが、このアルバムは現在のYesにほぼ近いメンバーに固まった時の2011年に発表された作品です。実は、ここに納められている楽曲のいくつかは、バングルスとYesが合体して製作された「ドラマ」の未発表曲の拡大版なのですが、それでもアルバム全体の統一感と、バンドとしての力強さを感じさせるアルバムで、「TALK」以降で一番好きなアルバムです。そして、このアルバムがあるからこそ、自分は本家Yesを支持しているといっても良い程、今までのYesに無い音楽の可能性を感じさせるアルバムです。出来れば、現在のYesでこのアルバムに続く作品を作ってもらいたいところです。

4)Heaven and Hell(ヴァンゲリス:天国と地獄)
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このアルバムはギリシャのシンセサイザー奏者ヴァンゲリスの作品ですが、ジョン・アンダーソンがボーカルとして1曲だけ、"so long ago, so clear"という曲で参加しています。この曲を聴けば、ジョン・アンダーソンがボーカリストとして唯一無二の声を持つことを再認識出来る程、この曲を謳い上げるジョンの声は素晴らしいものがあります。ヴァンゲリスの音楽も、シンセサイザーによる無限の空間の広がりだけで無く、打楽器による自然と大地の響き、そして合唱によって表現される精神世界とが渾然一体となった激しくも不思議な世界を構築していて、聴く人を魅了して止みません。本作は、ヴァンゲリスとジョン・アンダーソンの音楽性を同時に堪能できる傑作アルバムと言えるでしょう。

PS1.近所の桜
もうとっくに桜の季節は過ぎてしまいましたが、近所の桜を撮った写真をUpする機会が無かったので、ここにUpしておきます。
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PS2.歌舞伎の"恋ダンス"
上の記事と全く関係ありませんが、衝撃的だったのでUpしておきます。

俳優祭りで披露された、中村勘九郎によるキレッキレの"恋ダンス"。

もう10回以上見てしまう程、衝撃を受けました。初めて歌舞伎を凄いと思ってしまいました。

PS3.オタク4コマ
上の記事と全然関係ないネタの、第2弾。
Netに掲載されていた4コマです。、面白かったので、ついでに、ここで紹介しておきます。

No1.艦これ”浜風”4コマ              No2.けものフレンズ4コマ
浜風4コマアライサントフェネック_20170430
オタク限定4コマでした。

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ジョン・ウェットン氏逝去とU.K.の音楽/グレッグ・レイク氏の逝去/その他

1.ジョン・ウェットン氏逝去
今年の1月31日にキングクリムゾンやUK、そしてエイジアに在籍したジョン・ウェットン氏が、67歳で癌のためにお亡くなりになりました。心よりご冥福をお祈りいたします。
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自分は中学の頃くらいから、日本のフォークや歌謡曲と違った垢抜けた雰囲気に惹かれて洋楽を聴き始めましたが、高校生の時に友人から借りて聴いたキング・クリムゾンの"クリムゾン・キングの宮殿"は、本当に衝撃的でした。重いメロトロンの響きと叙情的なメロディラインは自分の嗜好とがっちり合って、"宮殿"を聴いた以降、のめり込むようにクリムゾンの音楽を聴くようになりました。でも最終的に繰り返し聴くようになったアルバムは、この"クリムゾン・キングの宮殿"は別格として、後期クリムゾンと言われる"太陽と戦慄","暗黒の世界","レッド"の3枚で、これらの作品のボーカルとベースを担当したのがジョン・ウェットンでした。
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(上はアルバム"レッド"のジャケットの元となった写真です。向かって右側がジョン・ウェットン)

後期クリムゾンの音楽では、初期の叙情性は陰を潜め、即行演奏を多く含んだ攻撃的で緊張感のある作品が多くなりましたが、それらの曲にジョン・ウェットンの低く落ち着いた男性的な響きのある声はよく合っていて、クリムゾンの曲をより魅力的にしていたと思います。以下に、その当時のライブ映像を貼ってみます。曲は、"太陽と戦慄"から"イージー・"マネー"。

後期クリムゾンの特徴である、即行演奏が上記動画の後半から行われておりますが、その緊張感の高い演奏は今聴いても凄いですね。この演奏をしている当時のジョン・ウェットンはまだ22,3歳の若さでしたが、その堂々とした演奏と才能は大したものだと思います。

しかし、このキング・クリムゾンもリーダーのロバートフリップが解散宣言を行い1974年に消滅してしまいます。その後のジョン・ウェットンはユーライア・ヒープやその他色々なセッションに参加後、キング・クリムゾンのドラマーだったビルブラッフォード、ロキシー・ミュージックでキーボード、ヴァイオリンを弾いていたエディ・ジョブソン、ソフト・マシーンやゴングといったユーロピアン・プログレグループを渡り歩いたギターの名手であるアラン・ホールズワースと一緒に"U.K."を1978年に結成。このバンドは、各人の持っている経歴の高さからスーパーグループと呼ばれたそうです。この辺は、後で結成される"エイジア"に似たものが有りますね。

このバンドの結成当時は、パンクロックの台頭と共にプログレが衰退して行った頃で、その状況を重ね合わせたかのように1stアルバムに付けられた邦題が"憂国の四士"ですから、プログレファンが多かった日本では、ポストキング・クリムゾンの期待を一身に背負ってのデビューという感じだったのかもしれません。

しかし、このバンドは結局3枚のアルバム(その内1枚はライブアルバムなので実質2枚)を製作した後、僅か2年の活動期間を経て解散してしまいました。製作されたこれらのアルバムは、現在にも十分通用する優れた内容だけにこの早すぎる解散は今でも残念でなりません。以下に2ndアルバム"デンジャーマネー"よりシングルカットされた"Nothing to lose"の動画を貼ってみます。

中々キャッチーなメロディラインが良い感じですし、この頃のジョン・ウェットンは痩せていてとにかくカッコいいですね!クリムゾンで演奏していた頃よりも電子楽器がかなり発達したのもこの動画から解りますが、皮肉にもこの頃はパンクロックのようなもっとシンプルでストレートな
ロックが求められていて、U.K.が演奏するような曲はヨーロッパでは受けなくなってしまっていたのは時代の流れでし方が無かったことなのかもしれません。

以下にU.K.がリリースした3枚のアルバムを簡単に紹介してみます。
1)U.K.(憂国の四士)
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U.K.の1stアルバム。各人の演奏テクニックは折り紙付きで、安定した演奏を聴かせてくれます。最初の3曲"In the Dead of Night","By the Light of Day","Presto Vivace and Reprise"は組曲になっていて、このアルバムの中の聞き所となっています。ただ、このアルバムの中で、既にギターのアランホールズワースの音楽志向がバンドの方向性と違っているのが明白で、聞き触りの良い軽いフレーズのギターの早弾きはロックというよりもフュージョンの様で、却って曲の印象を散漫にさせているような感じがします。実際、このアルバムのリリースの後、アランホールズワースは、同じ音楽志向を持ったドラマーのビルブラッフォードと共にバンドを脱退し、新たに"ブラッフォード"というバンドを立ち上げることになります。

2)DANGER MONEY(デンジャーマネー)
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ギターのアラン・ホールズワースとドラマーのビル・ブラッフォードが抜けた後、フランクザッパで活動していたテリー・ボジオをドラムとして迎え入れて、新たにギターレスの3人体制で船出したU.K.の2ndアルバム。ジャズ志向の強かった2人が抜けたのでロック色が強まり、ギターが無いにも係わらず、より力強さを増したように感じるアルバムで、ジョン・ウェットンが目指していたポップな売れ線志向も加わって、U.K.のバンドとしての方向性が固まった言えるアルバムだと思います。個人的にも、1stよりも、この2ndの方が好みで、エディジョブソンのバイオリンが大活躍する"シーザーズ・パレス・ブルース"がお気に入りです。

3)NIGHT AFTER NIGHT(ナイト・アフター・ナイト(ライヴ・イン・ジャパン))
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これは何と、1979年の日本公演のライブアルバム。但し、この日本公演では、新曲の"ナイト・アフター・ナイト"と"アズ・ロング・アズ・ユー・ウォント・ミー・ヒア"の2曲が演奏されたので単なるライブアルバム以上に価値のあるアルバムです。非常に音質の良いライブアルバムで、最初に聴いたときは驚いたものです。後で、エディ・ジョブスンのパートに大幅に手が加えられているとのことを知りましたが、個人的には些細なことです(ただ、そのせいで完全版の再リリースが出来ないとしたら痛し痒しですが)。このアルバムに録音されている、ジョン・ウェットンの"君たち最高だよ!"の日本語での語りかけは、日本で大ウケしたのが本人も気に入って、来日の際には必ず言っているとのこと。そういえば、自分も"PHENIX"発売来日公演で聴いたような気もします。いずれにせよ、このライブアルバムを出して解散してしまうのが惜しくなるような優秀なライブアルバムです。

バンド解散の後、3年の雌伏の期間を経て、ジョン・ウェットンは1982年に"エイジア"を結成し、大成功を収めることになります。この辺りからやっと自分のリアルタイムになりますが、その当時の自分は大のキングクリムゾンのファンでしたのでポップさを前面に打ち出してプログレのプの地も無いエイジアの音楽には大層がっかりしたものでした。
しかし、その後ジョン・ウェットンもエイジアを脱退し、2008年に再加入してアルバム"フェニックス(Phoenix)"を製作した頃には、自分も歳を取って優しい気持ちになっていて、まだ元気で活動を続けているプログレの生き証人たちの演奏する姿を目に焼き付けようとエイジアの来日公演を見に行きました。そこですっかり太ってしまったジョン・ウェットンと逆に骸骨のように痩せさらばえたスティーブ・ハウを目撃し吃驚してしまったのですが、それでも自分より遙かに歳を取りながらも頑張る姿に力をもらった気がしました(もはや、音楽性うんぬんはどうでも良いという感じです)。

以下にエイジアが人気があった頃の動画を貼ってみます。1990年モスクワでの演奏で、曲は2ndアルバム"Alpha(アルファ)"より"Heat gose on"。

(普段はあまり前面に出ないジェフ・ダウンズがショルダーキーボードでソロ演奏しているのが実にカッコよくていいですね。そしてカール・パーマーのドラムソロも、観客と一緒に盛り上がって実にいい雰囲気です。)

その後、エイジアでも新作を発表し続け、U.K.も再結成して来日公演を行うなどの活動を続けていましたが、2017年1月31日に、癌のため遂に還らぬ人となりました。

ジョン・ウェットンは色々なプロジェクトに参加していますが、それは元々楽天家で、頼むとイヤとは言えない性格から来ているとも言われていて、その交際範囲の広さを表すように多くのミュージシャンが追悼のコメントを出しています。

その中で、キング・クリムゾンのリーダーであるロバート・フリップ氏が出したコメントと写真が印象に残りましたので以下に掲載したいと思います。
(以下はネットからの記事をそのまま掲載させて頂きます。)
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キング・クリムゾンのロバート・フリップが、旧友で元バンド・メイト、ジョン・ウェットンを追悼した。

フリップは、ウェットンの奥さんから彼の病状について知らされており、1月31日朝、ウェットンが亡くなったとのメールを彼女から受け取ったという。「ジョンは…、とても安らかに、痛みもなく亡くなった。それは有難いと思う。12年間ジョンのマネージャーを務めたMartin Darvillとも話した。ジョンは5時25分に旅立った」

「ジョンとは、1965年ボーンマス・カレッジで、2人の10代の学生、地元のギグ仲間として出会ったのが始まりで、約42年間、友達だった」「JWは僕にとって、彼の時代を代表するベーシストで、インターナショナル・クラスのプレイヤーだった。ジョンはその後、シンガー、ソングライターとしてトップに躍り出て、エイジアのデビュー・アルバムは1982年世界で最も売れたアルバムとなった。僕らは良き友人であり続け、1992年ジョンがLAに住んでいるときに一緒に仕事をしたり、2000年代ジョンがボーンマスに戻ったときは、より頻繁に会ってコーヒーとケーキを楽しんだ」

「この10年の間、勇敢で立派な姿勢でアルコール依存症に立ち向かい、それについて正直に話すJWは僕のヒーローになった。あまり良くない時期および良い時期にジョンのもとを訪れ、僕らはそれまでの30年間以上に親しくなった。彼の会話は素晴らしく明白で、正直でポジティブで、励みとなるものだった。そして、リサ(ウェットンの奥さん)。彼女に声援を! 僕の友人を幸せな男にしてくれて、ありがとう」

フリップは、ウェットンとやりとりした最後のメールや写真も公開した。

上記の写真で、ジョン・ウェットンの激痩せぶりに驚きましたが、多分本人も、そして訪れたロバートフリップもジョンが長く生きないことを解っていたのでしょう、2人とも穏やかな笑みを浮かべて写っている写真に思わず涙が出そうになりました。そして、死の間際にも、お互いを尊敬できる友人を持っているジョン・ウェットンはやはり凄い人物なのだなぁと改めて思いました。

長い間、自分に音楽の楽しみを与えてくれたジョン・ウェットン氏に改めて感謝の意を捧げたいと思います。
そして、安らかにお眠りください。

2.グレック・レイク氏逝去
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昨年末の2016年12月7に、キングクリムゾンやエマーソン,レイク&パーマー(EL&P)のボーカルでベーシストのグレック・レイク氏が癌のため69歳で亡くなられました。謹んでご冥福をお祈り致します。

自分は、この訃報をジョン・ウェットンの逝去をネットを調べているとき初めて知りました。恐らく、ジョン・ウェットンがエイジアの成功で大きな名前を残したのに対して、グレッグ・レイクはEL&Pの解散の後、あまりメジャーな成功を収めなかったからかもしれません。
しかしながら、自分が学生時代によく聴いたロックグループは、キングクリムゾンの次にEL&Pでした。

EL&Pは、プログレ音楽の黎明期に、ハモンドオルガンと最先端のムーグ・シンセサイザーを操る稀代のキーボーディストであるキース・エマーソンと共に颯爽と現れ、その先進性と高度なテクニックを駆使した音楽で一時代を築きました。しかし、EL&Pの人気はその音楽性だけで無く、グレッグレイクの深くて甘い天性の美声に支えられて成り立っていたことも間違いないと思います。そして、グレッグレイクがEL&Pを結成する前に在籍していたキングクリムゾンの驚異的な完成度を誇った"クリムゾン・キングの宮殿"もグレッグレイクのボーカルの魅力も、その完成度の一部であったと思います。
以下は、EL&Pの1974年California Jamにおけるライブより、1stアルバム"EMERSON, LAKE AND PALMER"より"ラッキーマン(Lucky man)"。


同じく、EL&Pの1974年California Jamにおけるライブより5thアルバム"恐怖の頭脳改革(BRAIN SALAD SURGERY)"より"3.スティル...ユー・ターン・ミー・オン(Still...You Turn Me On)"。


上記ライブからも解るとおりEL&P時代のグレッグレイクは素晴らしい美声の持ち主でした。しかし、晩年体型の変化と共に(メチャクチャ太った)この美声も失われてしまったのは残念でなりません。
しかし、それでも彼が参加して作り上げた、奇跡の傑作"クリムゾン・キングの宮殿"とEL&Pの作品の数々は、今後も自分の心の中に残り続けると思います。

彼の作り上げた音楽に感謝を捧げると共に、改めてご冥福をお祈りいたします。

昨年から今年にかけて、Yesのクリス・スクワイア、EL&Pのグレッグ・レイク、そしてキングクリムゾンのジョンウェットンと立て続けに有名なプログレGr(所謂プログレ四天王)のベーシストが亡くなりました。ショックを受けるのと共に、時代が変わっていくのだなと感じぜずにはいられません。

PS1.ザ・ピーナッツが歌うクリムゾンの"エピタフ"
いつか、どこかで書いてみたいと思っていたネタなのですが、ちょうどキングクリムゾンの話が出たのでここで書いてみます。"エピタフ(Epitaph)"というのは、上の記事に上げた"クリムゾン・キングの宮殿"の中に収録されている、ファンの間では名曲とされている曲のことですが、以下はこの曲のカバーに関する話です。

ザ・ピーナッツと云うと、1960年代から1970年代にかけて、活躍した有名な双子のデュオとのことですが、残念ながら自分がお茶の間で彼女たちが歌う姿ををテレビで観た覚えはありません。その頃、自分は10歳未満ですから流石にザ・ピーナッツが活躍する姿を覚えるには幼過ぎます。しかし、後年、再放送かもしれませんが、映画"モスラ"の中で小人の姉妹が歌う"モスラ~やっ、モスラ~"の歌はよく覚えていて、それがザ・ピーナッツという姉妹ヂュオだったことを後で知りました。

自分が覚えているザ・ピーナッツの記憶はこれが全てでしたが、数年前にネットで、ザ・ピーナッツがクリムゾンのエピタフを歌っているとの記事があって、YouTubeで探して聴いたところ、吹っ飛びました。本当に、この姉妹デュオが英語でしかもライブでこの曲を歌っているのです。そして、更に驚くのはメチャ上手い!以下に、その曲を貼ってみます。

この重い曲をライブで歌って、しかも違和感が無いというのも凄いところです。昭和の歌謡は奥が深いんだなぁと、つくづく感心してしまいました。この曲は、ザ・ピーナッツの"IT’S TOO LATE~ザ・ピーナッツ・オン・ステージ"というCDの中に入っていて、今でも簡単に入手することが出来ます。"エピタフ"の他に、ユーライアヒープの"対自核"(!)やキャロル・キングの"It's Too Late"、更には"ゴッドファーザー"のテーマなど多様な歌が英語で歌われていて飽きさせることがありません。しかも、曲の合間に、脱力するような岸部シローの妙ちきりんなMCも入って昭和の臨場感たっぷりなところもポイントが高いです。これはお勧めですよ!
(後で、この"エピタフ"はフォーリーブスや西城秀樹(!)もカバーしていると知って聴いてみたのですが、やはりザ・ピーナッツのカバーが一番良いですね。しかし、"エピタフ"が昔、こんなに人気が高い曲だったとは知りませんでした。考えてみるとこの曲はちょっと演歌っぽいかも。)

ついでに、耳にこびりついて離れない"モスラ"の歌も貼ってみます。本当に懐かしいなぁ。


PS2.『孤独のグルメ』谷口ジロー氏死去
「孤独のグルメ」の漫画家・谷口ジロー氏が2月11日、69歳で死去されました。心よりご冥福をお祈り致します。

この「孤独のグルメ」という作品を自分はNetでの評判の高さから読んでみましたが、この作品の淡々としているけれども一本筋の通った凜とした雰囲気に直ぐ虜になりました。この漫画の主人公五郎さんの静かで強い生き様には憧れますね。以下は、客の前で平気で従業員を大声で叱りつける店主に対して言った言葉。けだし名言です。食事とは、正にかくありたいと思っています。
             孤独のグルメ_五郎さんセリフ01
このような台詞をさらっと言えるようになりたいですね。

この「孤独のグルメ」という作品は、ただ主人公の五郎さんがご飯を食べるだけなのですが、本当にそれだけなのにもかかわらず、何度読んでも飽きない魅力があります。それが何故なのか理屈で考えても解らない不思議な魅力の有る作品です。
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特に、五郎さんが"うん、これはうまい"という淡々とした中にもちょっと驚いたような表情をするのがとても好きです。

この様な不思議な魅力がある作品を描いてくれた谷口ジロー氏には感謝の念でいっぱいです。
どうか安らかにお休みください。

TVシリーズの「孤独のグルメ」は、漫画版と全く違うとのことですが、5シーズンも続く作品ですから、きっと漫画版とは違った魅力があるのでしょう。
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今度機会があれば観てみようと思っています。

「イエス ジャパン・ツアー2016」名古屋公演とイエスの音楽

しばらくUpdateしないと言いましたが、その前に久し振りにコンサートへ行ってきたのでそのReportを更新しておきます。

TVアニメ「ジョジョの奇妙な冒険」のEDに代表曲"ROUNDABOUT"が使用されて日本でも人気が上昇してきた(嘘)YESが来日したので11/25(金)の夜、コンサートへ行って来ました。場所は名古屋のZepp Nagoyaです。
Yesのコンサートへ行くのは、恐らく1995年頃の新譜「TALK」のワールドツアーで武道館へ行って以来だから約20年ぶりです。いやぁ懐かしいなぁ。
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Yesというバンドを若い人はもうご存じないでしょうが、昔、所謂プログレ四天王(King Crimson, EL&P, Pink Floyd, Yes)の一つにも数えられたその手の音楽が好きな人にとっては結構ビッグネームのバンドです。ただ、自分にとってのプログレの雄といえばキング・クリムゾンとEL&Pであり、これら両バンドの作品はかなり聞き込んだのですが、Yesに関しては、実は作品をそこまで熱心に聞き込むには至りませんでした。クリムゾンが作った作品群は、数あるロックミュージックの中でも唯一無二の輝きを放ち、正にプログレッシブに尖りまくった孤高の音楽と感じましたし、EL&Pの作った作品も、輝いた期間は短かったですが、新しいことをやろうとした若さと才能の迸りを十分に感じることが出来ました。これらのに対してYesが作る音楽は、各メンバーのテクニックは素晴らしく楽曲のメロディラインが美しいと感じる作品は多々ありましたが、自分の感性に訴えかけるものが今ひとつ足りていなかったのかもしれません。

では、そのYesの作品の特徴とはどのようなものかというと、これが説明するのが中々難しくて、何しろ活動期間が極めて長いうえにメンバーの入れ替わりが激しく、かつそのメンバー入れ替わりの度に作品の雰囲気がガラッと変わると言うことを繰り返してきたからです。ただ、Yesの代表作と言われる"fragile(こわれもの)","close to the edge(危機)"に関して言えば、Yesの音楽と言うのは、クラシックからジャズに至るまで幅広いジャンルの音楽要素を取り入れながら幾重にも絡み合う複雑精巧なアンサンブルを作り上げ、それを圧倒的なコーラスワークで謳い上げるというのがそのが特徴で、特にバンドのリーダーであるジョン・アンダーソンの独特の透明感が有るボーカルは、Yesサウンドが描く音楽世界の魅力を更に高め、バンドの圧倒的な演奏テクニックとの相乗効果でYesの人気を不動のものとさせました。
ただ、Yesの音楽は計算されて絵画のように美しいと感じることがありましたが、もっとロックらしい聴いている人の魂を揺さぶるような熱さや力強さを感じることが無かったところが、自分にとって今ひとつと感じたところなのかもしれません。しかし、この辺のところは個人の嗜好の範疇だと思います。

さて、今回来日したYesは、以前バンドのリーダーで顔でもあったヴォーカルのジョン・アンダーソンが脱退した後で、その代わりにジョン・デイヴィソンがVoとして加わり、昨年他界したクリス・スクワイア(合掌...)の代わりにベースとしてビリー・シャーウッドが加わるという布陣で行われました。メンバーは以下の通り。

スティーヴ・ハウ(G)
アラン・ホワイト(Dr)
ジェフ・ダウンズ(Key)
ジョン・デイヴィソン(Vo)
ビリー・シャーウッド(B)

ほぼ7:00pmぴったりに会場の照明が落ちると、最初に、ステージ上のスクリーンに昨年他界したベーシスト、クリス・スクワイアの写真がYesの楽曲をバックに次々に映し出される追悼がありました。追悼写真が流れる間、ステージの上に置かれたクリスのベースにも照明が当たります。写真の投影が終わると、観客席からは自然に拍手が沸き起こりました。

その後メンバーがステージ上に上がると、最初の1曲目はアルバム「DRAMA」の冒頭を飾っていた曲である"Machine Messiah"。今回、Voはジョン・アンダーソンではありませんでしたので個人的には少しがっかりなのですが、しかし、もし彼がVoとして参加していたら、この曲は演奏されなかった曲でしたので、そのがっかり感は相殺された上におつりが来るくらいでした。実は、この曲が含まれるアルバム「DRAMA」はジョンがYesを脱退していた時に作られたアルバムであり、実際にジョンがVoを取っていたコンサートでは今まで演奏されたことは無かったので、Yesのファンの間ではコンサートでは演奏されない幻の曲とされていたのです。その曲を今回聞けたわけですから、結構感激しました。新ボーカルのジョン・デイヴィソンも声質がジョンと似ており、聴いていくうちに段々違和感がなくなってきました(見た目は、若作りしたヒッピー風の変なおじさんでしたが。でも、まぁ、それってジョン・アンダーソンのスタイルそのままなのですけれどもね)。
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(上は、同ツアーの東京公演での写真をNetから転載させて頂きました)

また、名古屋公演での演奏Listは以下になります。

第一部
1.Machine Messiah
2.White Car
3.Tempus Fugit
———以上、アルバム『DRAMA(ドラマ)』より選曲
4.Your Move/I’ve Seen All Good People
5.Perpetual Change
6.And You And I ~同志
7.Heart Of Sunrise ~燃える朝焼け
———以上、ライヴ盤『YesSongs(イエスソングス)』より選曲

第二部
8.The Revealing Science of God ~神の啓示
9.Leaves Of Green ※スティーヴ・ハウ ギターソロ
10.Ritual ~儀式
———以上、アルバム『Tales from Topographic Oceans(海洋地形学の物語)』より選曲

アンコール
11.Roundabout
12.Starship Trooper

このコンサートは途中に20分ほど休憩を入れましたが、全部で2時間以上の演奏があり、凄く満足できた公演でした。特に、スティーブ・ハウの歳にもかかわらずの元気一杯の演奏には非常に感激しました。(以下の写真も、同ツアーの東京公演での写真をNetから転載させて頂きました)
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(スティーブが数年前のAsiaのNew Album「phoenix」で来日したときは、さながら"ギターを抱いた死神博士"といってもいいほどの痩せさらばえた姿に一瞬ビビッたくらいでしたが、今回は、確かに同じくらい痩せていたのだけれども、楽しそうに演奏している姿を見て、本当に嬉しかったです。「phoenix」ツアーのときは、ジョン・ウェットンとあまりうまく行っていないのが客席から見ても分かったから、見ているのが結構辛かった...。)
また、今回のツアーの目玉は、ツアーのタイトルにもなった『Tales from Topographic Oceans(海洋地形学の物語)』からの選曲の完全演奏でしたが、その"Ritual~儀式"という曲でのスティーブのギターとビリー・シャーウッドのベースの白熱の掛け合いが、今回のツアーでの白眉であったのは間違いありません。特に、ビリーのゴリゴリ弾きまくるベースはクリスのベースが乗り移ったかのような熱演で素晴らしかったです!そして、あのジェフ・ダウンズのキーボード演奏も見ることが出来たことも良かったです。バングルスで"ラジオスターの悲劇"という世界的なヒット曲を出した後、Yes, Asiaなどのバンドに参加して多くの楽曲を提供してきた才能は折り紙つきであるにも関わらず、縁の下の力持ちに徹するような穏やかな性格であることが有名で(Asiaでもジョンとスティーブの仲を取り持っていたとのこと)、今回のツアーでもソロパートを弾くこともなくにバックの演奏に徹していました(なんて、奥ゆかしいんだ...)。是非、これからも末永く音楽活動を続けて欲しいと思っています。そして最後に、今年腰部の手術を受けたドラムのアラン・ホワイトがコンサートの第2部目から参加して(第一部は、北米ツアーでも代役を務めたジェイ・シェレンがドラムを叩いていた)、客席から”アラン!”の掛け声がかかるのも、聞いていて実に心地よかったです。今回のコンサートは、素晴らしいと同時に、何か全体に凄く優しい気持ちになれた良いコンサートでした(まぁ、これは自分より年齢の上の人が頑張っているのを見て感激したと言う個人の主観が激しく入った感想であることは間違いありませんけれども)。

以下は、今回のコンサート会場と入手したコンサートグッズの品々。
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Zepp Nagoyaの外観。まさかコンサート会場の外に一枚もポスターが貼ってないとは、思ってもみませんでした。
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コンサート会場の入り口。基本的にスタンディングのホールらしく、中には据付でなく持ち込みの椅子が並べられていました。今回は何と前から8列目のほぼ中央の位置で、メンバーたちの動きが良く見えました。
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グッズ売り場の風景。写真億の""fragile"のジャケットをプリントしたハンカチが2,000円というのも凄いけれども、それが即完売というのもスゴイ。というか、これが欲しかった...。
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結局、パンフレットと"YesSongs"のTシャツを購入。また普段着もしないTシャツが増えてしまった...。中央のクリアファイルは、無料で配られたもの。

以下に簡単にYesの自分のお気に入りアルバムを紹介して見ます。
1)THE YES ALBUM/サード・アルバム(1971年)
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Yesの3rdアルバムで、このアルバムからスティーブ・ハウがYesに参加しました。実質、ここからイエスの黄金期が始まったと言える記念すべきアルバム。メロディラインやリズムの組み立ては、非常に複雑かつ独創的なものを持っていますが、まだプログレ色は薄く、どちらかというと軽快なノリを持ったロックンロール的な曲が多いと言えます。しかし、これらの曲はライブでも頻繁に演奏されるイエスの代表曲といってよいほどの完成度を既に持っており、ベースの、クリスは今でもこのアルバムが最もお気に入りだと公言している程です。
唯一つ気になる点は、CDのジャケットが、何かのホラー映画のような陰鬱な雰囲気を漂よわせており、実際のアルバムが持っている明るく力強い内容とは雰囲気がかけ離れているので、もっとアルバムの内容にあった写真を使って欲しかったところです。

2)FRAGILE/こわれもの(1972年)
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本作から、キーボードのトニー・ケイに代わり、元ストローブスのリック・ウェイクマンが加入して、ついに黄金期メンバーが顔を揃えることになりました。前作で用意万端整っていた状態に、リック・エウィクマンが加入することによってキーボードとシンセサイザーによる表現の幅が広がり、プログレの名曲を作り出すバンドとして大きく花開いた感じです。1曲目の「ラウンドアバウト」やアルバム最後の「燃える朝焼け」はリック・ウェイクマン加入したからこそ作り上げることが出来たイエスの名曲と言えるでしょう。

メンバー:
ジョン・アンダーソン(vo)、クリス・スクワイア(b)、ビル・ブラッフォード(ds)、リック・ウェイクマン(key)、スティーヴ・ハウ(g)

3)CLOSE TO THE EDGE/危機(1972年)
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Yesの最高傑作として名高いのが、本アルバムです。曲構成はLP時代ではA面1曲、B面2曲という大作で、これら3曲が全てYesの代表曲であり、特に1曲目の "Close To The Edge"は、本アルバムのタイトルにもなった複雑かつ幽玄で奥深い世界を表現した18分を超える楽曲で、 この曲によりYesのシンフォニックロックと言われる曲のスタイルが確立したと言えます。しかし、本アルバムを最後にドラムのビル・ブラッフォードがKing Crimsonへ参加するためにYesを離れてしまいます。

4)RELAYER/リレイヤー(1974年)
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"CLOSE TO THE EDGE"の後、Yesはシンフォニックロックの更なる発展を試みた"TALES FROM TOPOGRAPHIC OCEANS/海洋地形学の物語(1974年)"を作り上げました。この作品はLPで2枚組のA面/B面を合わせて4曲、つまりLP片面に1曲づつ合計4曲という超大作でしたが、あまりに長尺過ぎて、緊張感に欠けるところがあり、ファンからもあまり評価されませんでした。それどころか、メンバーであるリック・ウェイクマンすらこの曲をライブで演奏することを嫌がり、バンドを離れると言う事態まで起こるようになってしまいました。そこで、リック・ウェイクマンの代わりにパトリック・モラーツを新たにキーボードとして迎え初心(というか"CLOSE TO THE EDGE"と同じスタイル)に帰って本作を作り上げました。しかし、曲構成こそ確かに"CLOSE TO THE EDGE"と同じでしたが、楽曲の雰囲気はまるで違うもので、曲構成の複雑はそのままに、更に躍動感が加えられ、緊張感と開放感の明確な対比から来るダイナミズムが、曲に奥深さを加えていました。"CLOSE TO THE EDGE"と"RELAYER"は雰囲気がなるで違う作品のため比べることは出来ませんが、どちらもYesサウンドの到達点を示す名盤と言えるでしょう。

5)DRAMA/ドラマ(1980年)
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Yesサウンドに一種の化学変化を起こさせたパトリック・モラーツは、残念なことにRELAYERの1作で脱退してしまいます。その後、リック・ウェイクマンが再加入して、新たな新境地で"GOING FOR THE ONE/究極 (1977年)"と"TORMATO/トーマト(1978年)"という今までと違ったPOPさを前面に押し出した作品が作られましたが(個人的にこの両作は何だか酔っ払ったロックンロールのように聞こえてしまいイマイチ...)、メンバー間の音楽観の違いから、Voのジョン・アンダーソンとkeyのリック・ウェイクマンが同時にバンドから離脱してしまいます。この危機を埋めるために、トレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズのバグルスの2人が加わって発表されたのが本アルバムです。
VoとKeyというバンドの2枚看板が同時にいなくなってしまったため作品の出来が心配された本作ですが、パトリック・モラーツが加わったときと同じく、新メンバーの加入がバンド内に化学変化をもたらし、今までのYes作品とは違うけれども、ロックらしい激しさと疾走感を持った素晴らしい楽曲が作られたのでした。ただ、この作品は、Voでありバンドのリーダーであったジョン・アンダーソンがいないと言うことで差別的な扱いを受け、CD発売などは国内版を発売していたワーナーパイオニアからは最後まで行われず、別会社から行われたほどです。最近やっと再評価され、今回Liveでも聴けて嬉しい限りです。

6)90125/ロンリー・ハート(1983年)
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「DRAMA]版Yesからトレヴァー・ホーンとジェフ・ダウンズが抜けて空中分解状態となったYesでしたが、クリス・スクワイア(b)とアラン・ホワイト(ds)、それに全く若いトレヴァー・ラビン(g)を加えて、「シネマ」というバンドを作ろうとしているところに、ジョン・アンダーソン(vo)が入り、最初は元U.K.のエディ・ジョブソンが加入する予定であったのを、レコード会社の方針で元Yesのトニー・ケイを入れさせてYes復活とぶち上げたレコード会社の宣伝戦略に沿って出来上がった新生"Yes"。プロデューサーは、元「DRAMA]版Yesというよりバングルスのトレヴァー・ホーンで、作品内容はトレヴァー・ラビンの楽曲にトレヴァー・ホーンが、バングルス風の味付けを施した、昔のYesとは全く異なる作品(というよりラビンの作品と言ったほうが良いくらい)です。しかし、そこからシングルカットされた「ロンリー・ハート」はイエス史上最大のヒット曲がとなり、これがYesサウンドとして一般の音楽ファンにも広く知られてるようになってしまいましたから、Yesサウンドとの正統性云々を昔からのファンが言っても、もはや手遅れといった感じだったのかもしれません。そして、実際にトレヴァー・ラビンは凄い才能の持ち主で、「ロンリー・ハート」以外に次々とヒット曲を生み出し、Yesを再度音楽シーンの最前線へ返り咲きさせたのでした。

7)TALK/トーク(1994年)
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90125以降、"BIG GENERATOR/ビッグ・ジェネレーター(1987年)", "UNION/結晶(1991年)"とアルバムを出した新生Yes(90125Yes)でしたが、本作はその4枚目に当たります。この頃は、ジョン・アンダーソンが、この90125Yesから離れて、"ANDERSON,BRUFORD,WAKEMAN,HOWE/閃光(1989年)"を作ったと思ったら、"UNION"で再び合体したりなどもう何が何だかわからない状況になっていました。そんな中でひっそりとリリースされた"TALK"ですが、アコースティックとデジタル音楽が融合したような音造りで、曲調もゆったりしたものが多く個人的には好きなアルバムです。まぁ、ひっそりとは言い過ぎですが、しかし、今までのアルバムに比べると地味な感じのするアルバムだったため話題には全くなりませんでした。というよりも、この9015Yesは結成の経緯が無理やりだったからかもしれませんが、メンバーの入れ替わりが激しすぎてファンとしてもバンドに思い入れが出来ず、このアルバムも正当な評価を得られないまま今に至っているというような気がします。

旧作アルスラーン戦記と遊佐未森さんの音楽

現在放映中のアルスラーン戦記は面白いですね!

原作付きで、かつ2クールあるからなのかもしれませんが、急がず着実にストーリーを進めているところに好感が持てます。
さて、このアルスラーン戦記は、ネットでの評判や他者様ブログの評価が高いのを見て、今期見ることにしたのですが、実は他の理由もあって、自分はアルスラーン戦記の名前を以前から知っていて、それも今期この作品を見る理由にもなっています。

実は、このアルスラーン戦記は、現在の放映中のTV版に先駆け、1991年から1995年にかけて劇場版2本及びOVA4作が作成されています。
この旧作アルスラーン戦記のキャラクターデザインはシティーハンターなどのキャラデザを担当した神村幸子さんで、奇しくも現在コミック版を掲載されている荒川弘さんと同様に女性の方になっています。(実は、この荒川弘さんが女性であることを、自分は最近になって初めて知りました。いや、びっくりしました。)
ちょっと、新旧キャラデザ対決をしてみると、こんな感じです。

【旧作:劇場版アルスラーン戦記】
旧作アルスラーン戦記5旧作アルスラーン戦記3

【新作:TV版アルスラーン戦記】
新作アルスラーン戦記2新作アルスラーン戦記1

いやー、神村さん版の皇子は美しいですね。でも、自分個人の好みで言ったら、断然荒川さん版ですね。ヒロイン度が断然上ですよ(違う)。まぁ、ヒロイン度は冗談としても、守ってあげたくなる度は、確実に荒川さん版のアルスラーン皇子ですね。この皇子が、今後どのように逞しくなっていくのでしょうか。

前振りが長くなってしまったのですが、この劇場版アルスラーン戦記(1991年版)のEDが「靴跡の花」という曲で、当時自分がよく聞いていた、遊佐未森さんが担当した曲だったのです。現在のTV版のED曲で藍井エイルさんが歌う「ラピスラズリ」もとても良い曲ですが、この劇場版ED「靴跡の花」も現在のTV版と違った趣があってなかなかの感じですよ。以下に、その曲を貼ってみます。


(ちなみに、TV版のOP曲はなんとかならないでしょうか。あの曲が作品の内容にあっているとはとても思えません。)

この曲を初めて聞いた当時、自分はアニオタではなかったので、この曲がアニメに使われていたのは情報として知っていましたが、別にこのアニメを見てみたいなどとは思いませんでした。ただ、今考えてみると、遊佐未森さんの音楽は、結構アニソンに使われてもおかしくない曲がたくさんあって、そのころから自分にはアニオタの素養はあったのだなぁと感じたりしています。

遊佐未森さんは多くのCDを出していますが、外間隆史氏プロデュースによる1st~4thアルバムと、外間隆史氏の影響がまだ色濃く残っている遊佐未森さん自身がプロデュースした5thアルバムが、遊佐さんのアルバムの中では気に入っています。(5thアルバムまでは、シンセサイザーを多用したファンタジックな曲調でトータル的なアルバム作りがされていました。しかし、6thアルバム以降、アコースティックでフォークっぽい曲が増えて行きました。)

以下は遊佐未森さんの代表CDです。
瞳水晶2ハルモニオデオン2モザイク4
1)瞳水晶
  遊佐さんのデビューアルバム。このアルバムの中に、その後の遊佐さんの音楽を特徴づける曲がすべて含まれています。
2)ハルモニオデオン
  遊佐さんの3rdアルバム。ファンタジックな曲調で、トータル的なアルバム作りがされるという、当時の遊佐さんのスタイルが確立されたアルバム。
3)モザイク
  遊佐さんの5thアルバム。このアルバムには、外間隆史氏の影響がまだ色濃く残っています。劇場版アルスラーン戦記のEDが「靴跡の花」が収録されています。

今週の日記(2015/3/9-14)

今週は、とにかくバタバタして殆ど英語の勉強ができませんでした。
しかも、結局今週も土曜日は出勤になってしまい(現場はないけれども、ドキュメント作成の都合で事務所へ自主出勤せざろう得なくなってしまった。今週で4週連続だぜ!)、結構体にキツいなぁ...。

3/12
米国メーカーの技術者の1人が帰国することになったので、飲み会を行い、そのままカラオケへ行くことになった。
当然歌われる歌は、全部英語の歌で、とりあえず自分の好きなシンディ・ローパーの”Time after time”を歌ったけれども後は聞くだけになってしまった。以前、米国人たちと一回カラオケに行ったことがあったけれども、そのときはもっとくだけた感じでみんなに手伝ってもらって歌えもしない英語の歌を歌ったけれども(この時は”回レ、雪月花”とかのアニソンさえ歌ってしまった)、今回はそういう雰囲気じゃなかったので結構キツかったなぁ...
。おそらく、今後何回かありそうなので、歌える歌をピックアップして練習しておく必要がありそうです。まぁ、80年代POP'sとかは大好物だったので、英語の勉強の一環として頑張ってみようかな。

とりあえず現在のピックアップ曲はこんな感じ。英語曲カラオケは、古い曲が多いので自分にとっては都合がいいかも。

1.Time after time(Cyndi Lauper) 大好きな曲です。でも難しい。
2.Careless Whisper(Wham!)  演歌みたいな曲。たしか、日本でもカバーされていました。
3.I was born to love you(Freddie Mercury) ビールのCMにも使われた曲。ついビールを思い出してしまう。
4.Imagine(John Lennon) ジョンレノンのあまりにも有名な曲
5.Start Me Up(RollingStones) それほどストーンズは好きではないけれども歌いやすそうな気がするので。
6.Livin' on a Prayer(Bon Jovi) 超熱い曲!これはぜひ覚えたい
7.Jump(Van Halen) スキー場に必ず流れている曲
8.Heaven is a Place on Earth(Belinda Carlisle) 劇場版 ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTHの主題歌になった曲。日本だけで有名かも。
9.Lovin' you(Minnie Riperton) 古典的名曲
10.The Final Countdown(EUROPE) 何かの映画の主題歌だったような...
11.Keep On Loving You (REO Speedwagon) 古き良きアメリカンロックという感じ
12.Ordinary World(Duran Duran) The Reflexと並んで自分の好きな曲。
13.More than this(Roxy Music) 日本のCMになった曲。ブライアン・フューリーのワカメボイスが印象的な曲
14.ROSANNA(TOTO) 99の方が好きだけれども、こっちのほうがカラオケでは受けそうだ
15.Billie Jean(Michael Jackson) マイケル・ジャクソンでは一番好きな曲。ムーン・ウォークに憧れたっけ。
16.Danger zone(Kenneth Loggins) ご存知、トップガンの主題曲
17.Stad by me(Ben E king) スティーブン・キングの映画で一番ヒットした同名タイトル映画の主題曲。とても感動しました。
18.MIGHTY WINGS(Ceap tric) これもご存知、トップガンのED曲
19.Born to Be Wild(Steppenwolf) イージーライダーで有名な曲。カラオケでは受けるかも。
20.Every Day Is a Winding Road(Sheryl Crow) エリン・ブロコビッチの挿入歌。個人的にすごく好きな曲。
21.Hotel California(Eagles) ご存知70年代の傑作曲。歌詞が素晴らしい。

当然、これを全部覚えられるわけではないので、そのうちの10曲程覚えられればいいかな。

あと、シンディ・ローパーについて、ちょっと紹介。
1984年のデビューアルバム"She's So Unusual"の中の"Girls Just Want to Have Fun"が大ヒットし、その後のセカンドシングル曲"Time after time"でシンディ・ローパーは歌手として不動の地位を確立し、翌年1985年にはグラミー新人賞を獲得しました。この頃のシンディはとにかく弾けていましたね。頭の左半分を刈り上げ、右半分はピンクに染める格好で歌うなどしてましたから、当時のインパクトは凄かったです。でも、自分はシンディの大きな声量と独特の声質がすごく好きで、良く上記2曲を聴いていました。こんなシンディは、どういう訳か大の日本好きで、ちょくちょく日本ツアーを行っていました。しかも、そのコンサート会場が地方の県民ホールとかだったりして、グラミー賞歌手が県民ホールでコンサートとか最初はびっくりしたと同時に何か落ちぶれた感じがしてちょっとさみしい感じがしたくらいです。でも、これが1回だけでなく何度も来日するたび地方公演をやっているので、ひょっとしてこの人、本当に好きでドサ回り(失礼!)をやっているのかもしれないと改めて驚いたりしたものです。ただ、結局自分が初めてシンディのコンサートを見に行ったのは、それからだいぶ経った2004年の頃で、新作”AT LAST”ワールドツアーの一環で東京厚生年金会館に来た時になってしまいましたが、この時の、素晴らしいコンサートの影響で、しばらく聴いていなかったシンディの曲を改めて聴くようになり、2007年、2008年のコンサートにも立て続けに行くようになっていました。そして2011年3月に行われる来日コンサートの予約をしようと思っていた矢先に、あの大震災が起きてしまったのです。
 シンディ1シンディ2
若い頃のシンディとAT LASTツアーの頃のシンディ。年を取ったほうが美人になっている!

この時、来日予定していたミュージシャンのほぼ全員が、福島の放射能を恐れて来日をキャンセルしました。そんな時に、唯一人、来日をキャンセルしないで来てくれたアーティストがシンディ・ローパーでした。はっきり言ってしまえば、シンディは現在では過去の人になってしまっていて、コンサートに来る人は自分を含めて古くからのファンだけなので、チケットはいつも仕事の都合に合わせて、ギリギリで購入していたのですが(いつもは満席になることが無いので)、震災直後の3/17スタートのコンサートはどの会場も満席で、自分は結局この時のコンサートへは行けませんでした。でも、この時のコンサートが全席満席になってしまった理由を自分は良く分かりました。きっとこのコンサートに来た全員の日本人が、震災後、唯ひとり来日してくれたシンディに感謝していたに違いありません。自分も、この時、シンディが日本を見捨てないで来てくれたことを絶対に忘れません。ありがとう、シンディ!
シンディ4
今年のツアーの写真。行きたかったけれども出張だったので無理でした。
しかし、この写真はうまく撮りすぎ。

3/10, 3/11
現場仕事と、現場が終わってからのメール処理に追われて一日が終わってしまう感じ。まいった。
でも、夜遅くに帰ったあと、飯を食いながら”SHIROBAKO”と”純潔のマリア”を見始めた。
-SHIROBAKO 13,14,15話視聴
 武蔵野アニメーションにも新人さんが入社して、番組の雰囲気も新しいシーズンが始まったという感じ。中でも、”メッシュ”ちゃん(名前忘れた)は、中々のオタ博識ぶりで好感度高し。(しかも、その博識を相手を褒めるところに使うところが実にイイ感じ)
しかし、その中でも、”りーちゃん”の好感度が”メッシュ”ちゃんを上回って爆上げ中。以前出てきたときは、ドストエフスキーが好きとか、如何にも”私、ちょっと変わっているんです”アピールのイタい子だとばかり思っていたのですが、ゴメン、自分間違っていました。リーちゃんは、とっても出来る子でした。しかも、メカオタの心をくすぐるというおまけ付き。自分の目の曇りっぷりに反省しきりです。
りーちゃん
ディーゼルさんことりーちゃんの正式参加決定!しかし、学生時代からちゃんと声をかけてもらって仕事をするところがすごい。

しかし、相変わらずSHIROBAKOは面白いなぁ。あっという間に30分が過ぎてしまう。WIXOSSやPSYCHO-PASS2(挫折したけど)を見ていた時は、雰囲気が暗くてあまり視聴が進まなかったからなぁ。ここ最近は、アニメを義務として見ていたような気がするので、久しぶりにアニメを見て熱い気持ちになりました。

-純潔のマリア 1,2話視聴
 これは、面白いですね!
 このお話に出てくる戦争は、どうも史実に基づいているらしいのですが、そのせいなのかファンタジー要素が入っているけれども過度に劇的にならず、荒唐無稽なギャグにも走らず、基本的な部分で真面目にやろうとしているのが感じられるので、なかなかいい感じです。(お色気は、深夜アニメなので全く問題ナシ!)でも、このアニメは、出てくる神様をファンタジー物語中の登場人物ではなくて宗教的な存在として描いているから、真面目にやると、結末が難しくなってしまうかも。結末がどうなるのかちょっと楽しみです。
でも、これは日本以外の海外では絶対に制作することが出来ないアニメでしょうね。いくらファンタジー仕立てとはいい、昔の西洋人が宗教の名のもとに、人殺しをさんざん行ってきていることを、この作品ではしっかり描いていますからね。
純潔のマリア
マリアのキャラデザは原作より可愛くてGood!

3/9
米国メーカーのエンジニアが追加で1人来日したので、歓迎会のようなDinner&飲み会のようなものを行った。
自分は、大抵の場合、この手の会には現場から車で直接行くので飲めないことが多く、今回の場合も食事だけとなった。ただ、当然ゲストの米国人たちはガンガン酒を飲んで大盛り上がりの超早口のネイティブトークとなってしまったので、言っていることはさっぱり分からず、たまにこちらに話題を振られてもただ、笑みを浮かべてコクコク頷くだけという情けない状況になってしまった。どこかの記事の中で、日本人が笑みを浮かべて”Yes”を連発するときは、話の内容が解らないのにYesと行っている可能性が大きいとか書いてあるのを読んだことがある気がするのだけれども、自分の場合は、時分で言うのも何なのだけれども、この”頷き人形”状態になっている時が一番ヤバイ。やっぱり、実務として英語は勉強しなければならないよなぁ。

SHIROBAKO5話と"アナログvsデジタル"

SHIROBAKOの5話を見ましたが、本当に面白いですね!

タローはもはや仕事ができないを通り越して、仕事のフリをしたテロというか、もはや喋る凶器のような存在なので、さっさと隔離したほうが無難のように見えますが、まぁ、いくらなんでもこんな奴が実際にいるわけがないし、そもそもこのような制作の進行に重大な影響を与える伝達事項についてこのような口頭だけの連絡で済ませるというのはありえない気がするので、アニメらしいケレン味のある演出だと思っておけばいいのでしょうね。しかし、物語の後半で、このタローが宮森といい感じになるという噂は本当なのでしょうか。だとしたら許さんよ?タロー!!

まぁ、テロリスト・タローの件はさておいて、気になったのはやっぱり、この話の大元の原因となったアナログ(作画)vsデジタル(3D)の件です。これについては、作画に拘る遠藤が、作画の大御所の北野に相談して逆に大御所から諭されるシーンが印象的でした。
アニメーター1
この作画の大御所は、間違いなくマクロスで"板野サーカス"と呼ばれたロケット発射シーンを描いた板野氏でしょうね。SHIROBAKOにも、そのシーンが出てきます。(実は、自分はあまりマクロスを見たことがないので、"板野サーカス"については伝説として知っているだけなのですけどもね)
板野サーカス
この大御所は、遠藤たちからの"3Dなんて時間ばっかかかって、味も情緒もないですよねー。3Dには絵を描く楽しみもない”との言葉に、自分は今3Dの手伝いをしていることを伝え、”彼らは絵は書けないけれど、アニメが好きだから、こちらが教えることを覚えるのが早い”と答えます。(その言葉に対して、なお食い下がる遠藤に、"人のせいにしているようなヤツは辞めちまえ!"との大御所からのキツイお言葉。5話のサブタイトルはタローに言った言葉じゃなかったのか...)
アニメーター3

"アナログvsデジタル"と言ってしまうと、何だか"伝統文化vs技術革新"みたいな構図になってしまって、"技術革新"によって生まれたものは、上記の作画担当者が言うように、味気ないとか感性に訴えるものがないなどというありがちな話になってしまいがちですが、絵画や音楽の場合に限って言えば、既存作業の効率を早めるという効果よりも、今まで特殊な技能を持った人達にしか出来なかったことを、普通の人にも出来るようにしたという部分の方が、自分にとっては、より大きいような気がします。

このSHIROBAKOの5話では、上記のように、デジタル技術によって絵を書けない人にも作画の門戸が開かれる可能性について語られる部分がありましたが、音楽の分野では、デジタル技術の恩恵はもっと早くから一般化されていて、例えばDTMの初音ミクなどはその良い例ですよね。ミクで曲を作っている全ての人が、楽器が弾けないなどということはもちろん無いだろうけれども、それでも初音ミクは間違いなく、楽器を弾けない人にも音楽における創作の道を開いたと思います。

実は、自分も今からもう20年以上昔(!)のDTM黎明期にシンセサイザーをいじって遊んでいたことがあります。
遊んでいたといっても、それは学生時代のことではなく、自分が初めてシンセサイザーを買ったのは就職をしてからのことで、購入した機種は、その当時のベストセラー"KORG M1"というキーボードでした。
KORG M1
このキーボードはPCM音源という実際に録音した生楽器の音をROMに収録し、各音程に割り当てる仕組みを採っていて、シンセサイザーというよりもサンプリングマシンに近いものであり、非常にリアルな音を出す素晴らしいキーボードでした。自分は、高校時代にはEmerson, Lake & Palmer(ELP)のキーボーディストのキース・エマーソンが好きで、進学したら当時大ベストセラーだった"YAMAHA DX7"というキーボードを買って練習したいなどと思っていたものですが、進学後はPC購入のためのバイトとPCゲームに明け暮れて終わってしまうという体たらくで、学生時代は全く楽器に触っていませんでした。そんな楽器の素人が仕事の合間に自己流で練習しても上手くなるはずもなく、このままだと、"けいおん!"に影響されて購入後に放置されたギターのような運命を自分のM1も辿りそうなところを救ったのが、シーケンスソフトを使っての自動演奏でした。学生時代に必死にバイトして購入したPC98VX21にMPU-PC98というボードを差込み、そのボードとM1をMIDIケーブルで繋ぎ、ダイナウエアというところから発売された"Ballade"といソフトウェアで曲を打ち込込んでM1を自動演奏させていました。
Ballade画面
また後で、音源ユニットのローランドCM-64を追加し、ピアノ曲を管弦楽へアレンジしたりして遊んでいました。下は、CM-64の写真。これに追加の音源カードなどを差し込んで音を増やしていました。(この音源カードでオーケストラ音収録のカードは重宝した思い出があります)
CM-64.jpg
"Ballade"というソフトウェアは、音符を貼り付けて曲を打ち込んでいくタイプで、入力は容易でしたが、連符の入力に制限があり上手く打ち込めないことがあったので、そういう場合はカモンミュージックから出た"レコンポーザ"というソフトウェアを使って曲を打ち込んでいました。この当時、ゲームから足を洗ってMIDIばっかりやっていたので、この当時に、初音ミクのソフトがあれば確実にハマっていましたね。

結局、仕事が忙しくなるにつれ、これらに触ることも少なくなり、引越しを境に全く触れなくなってしまいました(おそらく、これらは今も実家の片隅に眠っているはずです)。でも、出来れば、自分の引退後には、もう一度、これらのシーケンスミュージックで遊んでみたいと思っています。その時には、音声合成ソフトウェアも相当進化しているでしょうね。ちょっと楽しみです。(初音ミクという名前も残ってたりして)

上記で、打ち込みミュージックのことばかり書いてしまいましたが、もちろんスーパーテクニックのミュージシャンは今でも大好きというよりも自分の憧れであり永遠のヒーローです。下は、自分の高校時代大好きだったEmerson, Lake & Palmerのキーボーディストのキース・エマーソン。自分がELPの音楽を聴き始めた時には、既にバンドは解散していましたが、それでも超絶早弾きテクとムーグシンセサイザーを自在に操った伝説のキーボーディストとしての名前は健在でした。
キースエマーソン1




上のビデオは、ムソルグスキーの組曲"展覧会の絵"のロックアレンジ版で最終章の"キエフの大門"。下のビデオはELPの3rdアルバムより"ホウダウン"のライブ。
現代の目から見ると、決してスマートという感じではないのだけれども、自分にとってはやっぱりカッコイイですね。(昔のロックは、今と比べて、もっと汗臭くて、はっきり言えば貧乏臭い感じがしたものです。でも、そこが自由な感じがしてカッコよかったのですけれどもね。ダサいけれどもカッコイイ。ダサカッコイイ?)

1970年代は、スーパーテクで有名なミュージシャンがめじろ押して、キーボードでは、前述のキース・エマーソンの他にイエスのリック・ウェイクマンなどが有名でした。ギターでは俗に3大ギタリストなどと言われるエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジなどが活躍していました(個人的には、ツェッペリンのジミー・ペイジのギターが一番好きでした。ギターのテクニック云々というよりも、ジミー・ペイジが弾くギターらしいゴリゴリした感じのフレーズがすごくカッコイイと感じていたので)。

ところが、80年代に入ると、ちょっと様相が変わってきて、ミュージシャン然としたタイプ(70年代は基本ロン毛にTシャツとGパン)だけでなく、色々なタイプのミュージシャン(ダンスミュージックの走りの頃で、基本みんなおしゃれでした)が登場するようになってきました。それは、上述のような、電子技術の発達による音楽の間口の広がりで、殆ど音楽の素人のような人達がメジャーデビューし始めたからと言われていています。例えば、日本のCMにも採用された、ストロベリー・スウィッチブレイドの"ふたりのイエスタデイ"なんかは、チープな打ち込み音に、独特なフワフワ感のあるボーカルで歌っていて、それが素朴なようでいて新しいような、今まで聴いたことが無いような新鮮な感じがしたものです。70年代までの音楽では、テクニシャンによる早弾き街道まっしぐら的なソロパートがあったりして、そのミュージシャンのカリスマ性に熱狂したりしたものですが、80年代はミュージシャン個人のカリスマ性よりも、キャッチーなメロディラインとか曲そのものの方が重視されて、ミュージシャンはぐっと身近に近づいた感じがしたのも、この頃の特徴だった気がします。
しかし、この頃、雨後の竹の子のごとくデビューしたグループは、残念なことに一発屋が多かったですね。やっぱりプロとして継続的に音楽をやっていくには、音楽の専門知識が必要だったのかもしれませんね、

時は流れて、最近では、デジタル楽器を駆使するのが、更に当たり前になってきたんだなと思ったのが、以下のアニメ"有頂天家族"のエンディングテーマ曲"ケセラセラ"のミュージックビデオ。


シーケンサーが発達すると、まず最初に必要なくなるのではないかと言われたのがドラムで、確かにロック以外の一般の歌手のレコーディングには、現在では殆どドラムサンプラーによる打ち込みが使われていると思います。但し、それはあくまで視聴者のいない裏舞台の話で、視聴者が見ている表舞台においては、普通ドラマーが実際にドラムを叩きますし、サンプリングマシンのオペレーターがドラムサンプラーを操作する場面を表に出すことは自分は今まであまり見たことがありません。ところが、この音楽グループfhanaでは、メンバーにサンプラーのオペレーターがクレジットされていて、ビデオの中でも、ごく普通にドラムサンプラーの操作を映しているので、それが何だか今風ですごく新鮮に見えました。今後は、サンプラーもれっきとした楽器として扱われるようになていくのかもしれませんね。
ちなみに、このfhanaという音楽グループは、全員が「CLANNAD」のファンであることがきっかけで結成されたユニットであり、グループ名称は、「CLANNAD」のタイトルがゲール語が由来という説にちなんで、ゲール語の「坂(スロープ)」から取ったものとのこと。うん、正にご同類で、ますます気に入りました。今後の、益々の活躍を期待しています。

最後に、初音ミクを知るきっかけとなった"ワールド・イズ・マイン"のミュージックビデオ。もう、何年も前に公開されて有名になり過ぎたビデオですが、初めて見た時のインパクトは強烈で、その日は十回以上このビデオを見てしまうことになりました。"遂に、日本のテクノロジーはここまで来てしまったか..."などという変な感想を持ちながらこのビデオをビデオを見ていたことを覚えています。

初音ミクは、ただ聞くよりも、自分でやってみたいという気持ちが強いですね。(まだ、全然いじったことがないのですけれども)
面白いのは、このボーカロイドは、色々な国別バージョンが作られたはずですが、日本程多くのユーザーに支持されたくさんの作品が投稿されるに至った国はないということです。同人誌やボーカロイドでの作曲など、基本的に金儲けにならないことにとんでもない情熱を傾けることが出来るオタクがたくさんいる日本という国はやっぱり変わった国なのかもしれませんね。

SHIROBAKO 5話での作画vs3Dの話がとんでもなく脱線してしましました。MIDIの話はいずれどこかで書きたいと思っていたのですが、SHIROBAKOを見ている時に、何となく音楽の話と頭の中でリンクしてしまったので、だらだらと思いつくままにここまで書いてしまいました。ここまで、とりとめない長話に付き合って頂いた方には感謝致します。

PS.
また、もう一度SHIROBAKOに話は戻ってしまうのですが、みゃーもりは表情豊かで本当にイイですね。
みゃーもり1みゃーもり2
特に、みゃーもりの軽蔑顔が、たまりません♡

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