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信州・北陸100名城巡り(その①)

また、前回の記事から、かなり時間が経ってしまいました。どうも、こまめにUpする時間が取れません...

東京お登りさんツアーを木曜と金曜の2日間で終わらせた後、週末の土曜日曜は信州上田・小諸から福井へ足を伸ばし100名城巡りを行って来ました。

ただ、今回の100名城巡りは、直前の東京でのタイトスケジュールの流れで行ってしまいましたので、ちょっと急ぎすぎたと反省しています。今後は1日1城のペースを基本に、周囲の街並みの散策を含めて、ゆっくり100名城巡りを進めて行きたいと思っています。でも、なかなか休みが取れないので、それも難しいのですが...

今回の100名城巡りでのお城訪問は、いつかリベンジをしたいと思っていますので、今回は暫定版のような感じでUpしておきます。

1.上田城訪問
東京から北陸新幹線を使うと約1時間半程で長野県上田に到着することが出来ます。上田駅は北陸新幹線の停車駅になって、とても綺麗な駅になっていました。
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そして、もちろん駅前には真田幸村の銅像が。お約束ですね。
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このJR上田駅から徒歩15分くらいの場所に上田城は位置します。折りしもNHK大河ドラマ真田丸の放映期間中でしたから、とにかく人が多かったです。
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城内には、この真田丸放映を記念して”真田丸大河ドラマ館”が開設されていました。
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せっかくなので、中へ入って見ました。もちろん、内部は多くの人でごった返していましたが、県外からの観光客だけでなく、地元の人も多いよう感じました。この大河ドラマをきっかけに、あまり歴史に関心が無かった地元の人も訪れるようになったのかもしれません。人気ドラマのパワー侮りがたし。

自分は、中々連続してドラマが見れないので、かなり前から大河ドラマを見なくなっているのですが、たまに真田丸を見ると確かに面白いですね。この内容であれば、人気が出るのも判ると言うものです。ただ、草刈正雄さん演じる真田昌幸のカッコ良さはちょっと反則かも。

上田城は、1583年に真田昌幸が築城したものですが、実は徳川家康の多大な援助を受けて、徳川の上杉氏に対する最前線として築城された城でした。しかし、その後、真田昌幸は、この徳川の援助を受けた上田城で第一、第二次上田合戦と2回も徳川氏と戦い、いずれも多勢の徳川氏を撃退させているのですから、それは正に謀将と呼ばれた昌幸の面目躍如と言える出来事でした。しかし、天下分け目の戦いである"関ヶ原"では西軍に味方し、第二次上田合戦で徳川秀忠を足止めさせて合戦に参加させなかったことへの咎めで、昌幸は九度山へ配流させられそこで没することになります。また、徳川に散々辛酸を舐めさせた上田城も徹底的に破壊されてしまいます。実は、現在の上田城は、後から入封した仙石氏によって作られたもので、一応旧上田城の上に、現在の上田城が築かれたとされていますが、真田氏が築城した上田城とは直接関係のないものなのです。しかし、城内には"真田井戸"や大手門の”真田石”など真田氏の名声にあやかった伝説のようなものが数多く残されているので、やはり当時から武士の間でも真田氏の人気は高かったのでしょうね。何しろ将軍家に一泡吹かせた伝説の武将なのですから。

以下に上田城の写真を貼っていきます。
大手門と大手門右の北櫓。北櫓は民間に払い下げられていたものを市が買い上げて上田城に戻したもの。大手門は近年の復元です。
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大手門の左手の南櫓。こちらも民間に払い下げられて、一時期は遊郭になっていたとのこと。
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櫓の内部。
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内部から見た大手門と櫓。
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真田神社。元々は、松平神社と呼ばれ、創建時藩主の松平氏や仙石氏、真田氏など歴代藩主を祀っていましたが、今では真田神社と呼ばれることになったとのこと、
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西櫓。この櫓は仙石氏が築城した当時から存在する現存櫓。
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本丸の土塁とお濠。
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尼ヶ淵から見た南櫓。河岸段丘になっており石垣も2段になっています。上田城が防御として天然の地形を利用して築城されたことがわかります。
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最後に、上田城のMapを示した城内の案内板を載せてみます。
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真田昌幸は流刑先で没し、次男の真田信繁(幸村)も、大阪の陣で徳川に一矢報いる大活躍で武名を全国に轟かせましたが戦場で討死にをしました。しかし、長男の信幸は家康の家臣本多忠勝の娘を妻に迎え、東軍として親子で分かれて戦かったので真田の血筋は絶たれることなく生き残りました。

真田信幸は、父の昌幸や弟の信繁に比べると地味な存在になりがちですが、第一次上田合戦では大いに活躍し、その器量を見込んで家康は、本多忠勝の娘・小松姫を家康の養女とした後に信幸に嫁がせ徳川の縁者にした程の実力の持ち主でした。関ヶ原の役の後、昌幸と信繁が西軍側について第二次上田合戦で、秀忠の足を止めた咎で処断を決めていた徳川家康に対して、自らの戦功・領地そして命までをも投げ出して助命に走る姿が諸将の同情を引き、舅の本多忠勝も「お聞き入れくだされなければ、それがしが殿と一戦仕る」と家康に啖呵を切った事から、父と弟は九度山への流罪ですむことになったと言われています。
信幸は確かに、父と弟に比べて地味な存在に見えますが情と信義だけでなく、粘り強さも備えた武将であり、大阪の役の後も、弟の信繁が豊臣方として大活躍した事から、内通を疑われて取り潰されそうになったところを、父ゆずりの老獪さで渡りきりました。その後、真田氏の父祖の地である上田から、河川の氾濫などにより痩せた土地だった信濃国松代へ左遷同様(というより秀忠からのあからさまな嫌がらせ)の転封となりましたが、良妻・小松姫の助力で松代藩を立て直して、明治維新まで続く藩の基礎を築きました。真田の血筋が残ったのは正に信幸(後に信之に改名)の知略と努力の賜物と言えるでしょう。
大河ドラマ真田丸では、大泉洋さんが中々いい味で信幸を演じていますね。出来れば真田丸は、全話DVDかBlu-rayで出して欲しいところです。

真田信幸が入城した松代城は、100名城に含まれていますし、上田城だけでなく真田一族の旧本拠であった真田本城などの城跡も見てみたいので、上田はもう一度訪れたいと思っています。ただ、とにかく今は真田丸ブームで人が多すぎるので、再訪問はもう少し落ち着いた頃の多分数年後くらいになりそうです。


2.小諸城訪問
上田駅から、しなの鉄道に揺られること約20分で山間の小さな町小諸に到着します。その小諸駅から歩いて5分程の所に小諸城は位置します。
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小諸城は、戦国時代、武田信玄の軍師であった山本勘助が縄張りをしたと言い伝えられています(根拠となる史料はないとのこと)。その後、仙石秀久が小田原征伐での功労が認められ5万石の大名として、天正18年(1590年)に入城してから石垣などが構築され近代城郭としての構えが整えられました。三重天守もその時に建てられ、その天守には桐紋の金箔押瓦が用いられていましたが寛永3年(1626年)に落雷によって焼失してしまいました。2代目仙石忠政が上田城へ転封となった後、江戸時代には小諸藩の藩庁が置かれ、その後は松平氏、青山氏、酒井氏などが封じられましたが、元禄15年(1702年)に牧野康重が移封された後は国替えは行われず、牧野氏10代康済の時に明治を迎えました。

この城の特徴は、なんと言っても天然の地形を利用した縄張りにあります。
以下に、余湖のホームページから小諸城の俯瞰図を転載させて頂きました。
     小諸城俯瞰図
城の両脇は天然の堀切になっており、登坂は不可能と思われる程切り立った崖を利用した天然の要害になっています。また、ここの地形は、本丸のある西側に向かって傾斜しているので、三の丸が城内最高所という位置関係になります。つまり城内に進入するにしたがって高さが下がっていくことになり、そういうことから、この手の城を「穴城」と呼ぶのだそうです。
以前は、二の丸の東側に広大な三の丸が存在しましたが、現在は市街地となってしまい三の門だけが残っています。

以下に、小諸城の写真を載せていきます。
小諸城の顔となっているのが、この三の門です。懐古園の入り口ともなっています。
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入り口のところに、”あの夏で待っている”の等身大Popがありました。どうやらここが舞台となっていたようですが、どのくらいの人がこのアニメを覚えているでしょうか。
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石垣は苔むしていてすごくいい感じです。
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北の丸から黒門橋を渡って馬場へ入ります。
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黒門橋から見た北の丸と馬場の間の堀切。すごく深い!
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城内に懐古神社がありました。
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本丸の石垣の上を歩いていきます。
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天守台跡です。
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降りて本丸の周りをぐるっと歩いて見ます。
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本丸北側の谷へ行って見ます。橋が架かっているので渡ってみました。
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橋の途中から見た北側堀切。すごい絶壁なことがわかります。
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橋の途夕から見えた水の手展望台へ行って見ます。
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展望台からの光景。
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絶景でした。

さて、小諸城で有名な人物と言えば、何といっても仙石秀久でしょう。この人物ほど浮き沈みが激しく、かつ毀誉褒貶に富んだ武将と言うのも珍しいでしょう。何しろ、下克上で入れ替わりの激しい戦国時代で、一旦大名の身分から改易された後、再び大名に復帰したのですから、ある意味傑物と言えるかもしれませんが、相当個性の強い人物であったのは確かだと思います。

以下に仙石秀久の生涯をNet記事より転載します。
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1.出生~大名

1552年1月26日、斉藤氏に仕えていた豪族・仙石久盛の4男として美濃国加茂郡黒岩(現在の加茂郡坂祝町)で生まれる。しかし、兄弟が不幸にあったため急遽家督を継ぐことになる。
15歳の秀久は稲葉山城の戦いで落ちのびた後、信長に勇壮な相貌を気に入られ、黄金一錠を与えられたといわれている。
 信長公、秀久の容貌の勇壮なるを賞す「改選仙石家譜」
その後羽柴秀吉の配下として各地を転戦する。

1570年姉川の戦いで山崎新平を討ち取り、1574年1000石の一領主となる。
中国攻略に従軍してからも1578年に4000石、翌年に茶臼山城の城主へ。
着々と出世を続け1583年淡路洲本城主5万石の大名となる。
さらには1585年四国攻めの論功行賞により讃岐高松10万石に加増された。

例えるのも難であるが、1店長から数年で地方の統括を任されるようなもので、もはや給料が増えたというレベルではない。このあまりにも早い出世は後の悲劇につながることになる。

2.改易、そして「無」へ

1586年四国を平定した秀吉に従い、九州征伐の為の四国勢の軍監として従軍することになる。
十河存保や長宗我部元親・信親父子らの軍勢と共に九州に渡海し、豊後で島津家久と対峙する。
しかし四国攻めから間もない状態から四国勢は結束に乏しかった。加えて大友家からの援軍も少数に留まっていた。
秀久は秀吉からは本隊到着までは持久戦に徹するよう書状を受け取っていたが、互いに犬猿の仲である長宗我部親子と十河存保がそろって反対したにも関わらず両者の反対を押し切り先陣部隊だけでの攻勢を決定した。
しかし、1587年戸次川の戦いで大敗し、長宗我部信親・十河存保らが討死、軍勢も総崩れとなって退却した。

 四国へと真っ先に逃げ帰った秀久はこう記された。
「仙石は四国を指して逃げにけり、三国一の臆病者」(豊薩軍記)

 ルイス・フロイスはこの時の仙石軍の様子をこう記した。
「豊後国に跳梁している最悪の海賊や盗賊は仙石の家来や兵士に他ならない」(日本史)
「恥とか慈悲と言った人間的感情を持ち合わせていない輩であり、できる限り(略奪して)盗み取ること以外目がなかった」(日本史)

 それ以上に、諸侯を差し置いて、九州から四国・讃岐へ勝手に撤収するという醜態を見せ、これらの行状に秀吉は所領没収の上で高野山追放の処分を下した。

3.復帰

その後高野山だけでなく京都、大坂を転々としていたらしい。
1590年に小田原の役がはじまると故郷・美濃で浪人達を集め、徳川家康の推薦もあって陣借りとして参陣。
鈴を陣羽織一面に縫いつけるという際立つ格好をして合戦に参加したという逸話も残されており、「鈴鳴り武者」の異名をとったと伝えられる。
秀久は伊豆山中城攻めで『無』の馬印を背負い先陣を務め、小田原城早川口攻めでは虎口の一つを占拠するという抜群の武功を挙げた。その名声は箱根にある地名「仙石原」は秀久の武勇に由来するという説が存在する程である。
           仙石久秀1
その功績から秀吉からする信濃小諸に5万石を与えられ、大名として豊臣家臣に復帰した。

4.その後

 秀吉の死後、徳川家についた秀久は1600年の関が原の戦いで東軍として参戦。徳川秀忠の側近として上田城攻めに参加。遅参し、秀忠に対して激怒する家康への謝罪に努めた。この働きが後に秀忠に重用されるきっかけとなった。
 江戸時代になってからは信濃小諸藩の初代藩主となった。秀久の治世では佐久郡において農民がストライキを起こすなどあまり内政は上手くなかったらしい。しかし、笠取垰、小諸城及び城下町を現在のようにしたのは秀久の功績でもある。また、街道の伝馬制度や宿場街の整備など多様な治績を残している。

 1614年、江戸から小諸へ帰る途中に発病し、武州鴻巣にて5月6日に死去。享年63。

5.評価

以上の事から、戸次川の戦いでの結果から長宗我部ファン、十河ファンの敵だったり、これだけの失敗をして大名に復帰するなんて許せないなどアンチが多い人物である。
しかし、彼が秀吉~家康のもとで結果を出し続けてきたことは事実である。
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本当に山あり谷ありの人生を歩んだ仙石秀久ですが、所謂名将と言われるような風格はどうにも見当たらず、自分のことしか興味の無い器量の狭い人物に見えてしまいます。ただ、何かをやり遂げるときの瞬発力が頭抜けていて、全身に目立つ鈴を付けて合戦に参加するというあざといとも言える様なことをして、しかもそれでちゃんと戦功を立ててしまうのですから常人のレベルを超えた高い能力を持っていたことは間違いなさそうです。しかし、この”鈴鳴り武者”の仙石秀久と、味方の軍を残したまま九州から四国へ逃げ帰ったと言われる仙石秀久の人物像が全く重ならないのが本当に不思議です。本当に、この2人は同一人物なのでしょうか?
ただ、大名に返り咲いた後小諸藩での治世がうまく行かず農民が逃げ出すようなことをしながら、後で街道の伝馬制度や宿場街の整備など多様な治績を残すことなどをしているところに、その解答があるのかもしれません。つまり、仙石秀久という人物は、基本的に頭を使うより感情にしたがって思いつきで行動してしまうのだけれども、後で反省して自分がやった間違ったことを正すということを繰り返していたのかもしれません?

実は、”センゴク”というタイトルの仙石秀久をモデルにしたコミックがあるのだそうです。
      センゴク1
基本的に、史実に基づくというよりエンターテーメントに振った作品とのことですが、そのコミックの中での仙石秀久の描写は、以下のようになっているとのことで興味がわきました。

15歳で当時の平均身長を上回る171cmの体格を持つ青年。笑ったり照れたりするとダンゴ鼻になる。
恵まれた体格と生命力を持ち戦場ではかなりの強さを誇る(三方ヶ原の戦いでは武田兵相手に一人で立ち回れる程)。
表裏の無い真っ直ぐな性格で周囲からは「ゴンベ」「ゴン」「ゴン兄」と慕われている。
頭脳労働が苦手な脳筋でもあるが、野生の勘が鋭く、年齢と経験を重ねるにつれて大局の見方を身に付けていく。

今後、この作品の中で、戸次川の戦いでの大失敗~小田原の役での挽回が歴史考証を交えてどのように描かれているのかは興味があります。一度、この作品を読んで見たいですね。

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続・東京お登りさんツアー(その③)

前回から、直ぐにUpする予定が、仕事でハマって随分遅くなってしまいました...。

今回は、東京お登りさんツアーで、オタクとして訪問した場所を紹介します。

1. ガルパン劇場版 極爆上映観賞(立川シネマシティ)
おそらく、ガルパン劇場版程、色々な上映方式(立川極爆上映、塚口爆音上映、4DX、ULTIRA上映、imm sound上映など)で上映された映画は無いと思われますが、この立川シネマシティでのスペシャル・ウーファーを使用した極爆上映こそが、多種にわたる上映方法の火付け役と言われるくらいガルパンファンにとっては有名なもので、それを上映する立川シネマシティはガルパンファンにとっては半ば聖地と化しているのかもしれません。何しろ、未だに週末は"立川詣で"と称して来館したガルパンファンによって立川シネマシティは満席になってしまうのですから。ですので、自分にとって最後となる、9回目のガルパン劇場版の映画館での観賞は、是非立川シネマシティの極爆上映観賞でトリを飾りたいと思っていたのです。

立川シネマシティでのガルパン劇場版極爆上映は、平日の昼間だというのにほぼ満席の盛況ぶりでした。下写真で、スクリーン両サイドに見えるスピーカー郡がスペシャルウーファーです。
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結論から言って立川極爆上映は4DXを超えた凄さでした。何しろ、着弾音再生時の音圧で、押し出された空気を風として体感できてしまうくらいの凄まじい迫力です。それなのに、耳に圧迫感を感じないところが実に不思議な感じで、以前体験したULTIRA上映とは全く違っていました。ULTIRA上映は、確かに音はクリアな感じがしたのですが、低音の迫力を増すために再生音量そのものを大きくし過ぎていて、その大音量のために頭が痛くなってしまったからです。おそらくULTIRA上映(imm sound上映も同様)の効果を100%引き出すためにはULTIRA上映に対応した音響録音で映画が製作される必要があり、通常の2ch録音されたガルパン劇場版では、2ch録音をいくらULTIRA systemで擬似的に立体音響にしてみても限界があるように感じました。それに比べて、極爆上映では、スペシャル・ウーファーを使って物理的に迫力をましているので、どんな録音方式の作品にも対応できてしまうところが強みですよね。
今後、このようなスペシャル音響再生システムを劇場側が備えてくれれば、自宅でのBlu-ray再生では得られない体験をしに映画館に足を運ぶ人も増えるのではないでしょうか。余談になってしまうのですが、”響け!ユーフォニアム劇場版”を極爆上映してくれれば、是非見に行きたいですね!

PS.祝! がルパン劇場版興業収益22億超え!!
Blu-Ray Box発売記念上映でついに興行収益が22億円を突破し、ガルパン劇場版は、劇場版まどかマギカ反逆の物語を抜いて、深夜アニメ映画の興行成績2位に躍り出ました。おめでとうございます!流石にラブライブの28億は抜けないでしょうが、公開開始から30週を経ても興行収入を伸ばし続けたアニメというのは今後なかなか出てこないでしょうね。さて、今後どこまでこの収益記録を伸ばし続けるのでしょうか。
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上図が示すように、ガルパン劇場版は、公開ダッシュ無しに、4DX上映と、Blu-Ray Box発売記念上映の三段ジャンプという異例の興行収益推移で、見事に22億超えを達成しました。しかし、興行収益の記録もすごいですが、この"Blu-Ray Box発売記念上映"というのも、本来ありえないものですよね。普通は、Blu-Ray Boxが発売されたら、上映は終了するものですから。本当に、このガルパン劇場版は、異例づくしの映画だったと思います。

2.秋葉原訪問
秋葉原を直接訪問するのは、もう十年ぶりくらいかもしれません(少なくとも、名古屋へ引っ越してからは一度も訪れたことがありませんでした)。しかし、その10年くらいの間に、秋葉原がすっかり変わってしまったことに本当に驚いてしましました。
秋葉原は、電気街として確かに昔から有名でしたが、ほんの15年前くらいまでは、その電気街を除くと何もないような、どちらかと言うと殺風景と言えるような街だったのですよね。ところが、今や駅の周辺には、秋葉原UDXやYodobashi camera Akiba館という大きなビルが建ち並び、駅前の広場にはAKB48 cafeやGundam cafeが並んで出店するという激変ぶりで、昔の殺風景な駅周辺部がすっかり垢抜けたオシャレなエリアに変わっていました。さらに驚いたのが、自分の中で秋葉原電脳街の中心地と思っていたLaox/Computer館がAKIBAカルチャーズZONEという別名称のビル変わってしまっていたことです。この変化は、そのAKIBAカルチャーズZONEという新しい名称が示すように、秋葉原が、昔のハードウェア中心の街から情報発信の街へ変化したことの象徴のように感じてしまいました。
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AKB48 cafeとGundam cafe.。
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その向こうにそびえ立つYodobashi Akiba館。本当に変わってしまったなぁ。

そして、何より驚いたのがLaox/Computer館がAKIBAカルチャーズZONEへ変わっていたこと。昔のLaox/Computer館の1Fは、Computer関係の巨大な書籍コーナーになっていて、プログラマーだったころの自分は、よくこの書籍コーナーへ通ったものです。
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その裏にツクモデンキがあるのは変わっていませんでしたが、その前の路地で、いろんな格好をしたメイドさんたちがビラ配りと客引きをしていたのは、やはり今の秋葉原っぽかったですね。
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ただ、昔から秋葉原に通っている人は覚えているかもしれませんが、この路地は、まだ、あのオウム真理教が存在していた頃、オウム信者が経営するマハーポーシャというPC/AT互換機の自社組立てブランドのビラを多くのオウム信者(もしくは雇われたバイトさん)がビラ配りをしていたのと同じ場所で、あの頃のオウム信者がメイドさんに変わってしまったのも時代の変化なのだなぁなどという変な感慨も感じてしまいました(ちょっと不謹慎)。

さて、いろいろと秋葉原の昔と今の違いを書いてみたのですが、今回の東京訪問で秋葉原へ寄ってみたのは、別に秋葉原の変化を実感しようなどと思ったからではなく、ちょっとしたアニオタ的な計画があったからです。
まぁ、計画というほど改まったものではないのですが、自分にとって、それはなかなか勇気がいる行為で、実行に移すまでたっぷりと一時間は逡巡してしましました。簡単に言ってしまえば、それは実際にメイド喫茶に入ってみるというだけのことのなのですが、とにかくこれが自分にとってはハードルが高かったのですよね。何しろどんな顔をして入店するべきなのか、また入店後はどんな会話をすればよいのか、そもそもどんなノリで過ごせば良いのかがまるで分からず、本当に悩んでしまったのです。
これが、一般の水商売のお店へ行くならば、どんな雰囲気でどんな会話をすれば良いのかはそれなりにわかっていますし、何よりお金を払えばそれなりにプロの接客を受けることを期待できますが(当然ピンキリがあるし、最悪ぼったくりもありますが)、メイド喫茶では、おそらく、客とメイドさんの双方で盛り上げるのが基本で、生来のヒッキー気質ゆえに、初めての人と無難に会話することが苦手な自分にとって、これはかなりキビシいハードルなのですよね。ただ、自分が好きなアニメ作品には当たり前のように登場するメイド喫茶には一度は入ってみたかったし、なんといってもあの伝説の魔法のおまじないはぜひ経験してみたかったのです。ですので、最後は、ここまできて入店しなかったら一生後悔すると念じまくって、自分を追い詰めたところでやっと入店できたのでした。やれやれ。

このメイド喫茶入店の前に、どのメイド喫茶に入店するべきか色々とリサーチをかけていたのですが、その結果秋葉原には以下の3店が老舗として存在し、それぞれ微妙に特色があることを見つけていました。(まぁ、特色といっても微妙らしいですが)
・@ほぉ~むカフェ
・メイドリーミン
・ぴなふぉあ

@ほぉ~むカフェは、「萌え文化」を、秋葉原に、そして日本に広めたの最初のメイド喫茶であるらしい。そして、また、この「萌え萌え~」だけではなく、ドリンクやフードメニューに「魔法のおまじない」を掛けたり、オムライスの上にお絵かきしたり、メイドとチェキを撮ったりなんていう文化も、ココが発祥とのこと。ただ、それだけに、いつも混雑していて、更に基本的には、非常にエンターテーメント性が高いメイド喫茶らしいので、ちょっと精神的圧迫度がキツそうな感じがして、今回はパスしました。

メイドリーミンは、東京だけでなく関西等など全国展開している最大手のメイド喫茶で、どうやら海外にも積極的にPRして、店内は外国人観光客も多いらしいとのこと。ただ、例の”魔法のおまじない”などは、個人席で1人の給仕のメイドさんがやるというより、ほかのメイドさんも一斉にやってきて店全体でやるようなところがあるらしい。更にチェキ(メイドさんとのツーショット写真)は、店の一角に舞台のようなところがあって、その上に乗ってやるらしい(これって、公開処刑ってやつなんじゃ...)?う~ん...
(更に、どうも、メニューに高額シャンパンなどを載せたりなどのキャバクラ的な営業をして金銭的なトラブルがあったなどの噂もあるとのこと。でも、これはあくまでNet上の噂です。)

ぴなふぉあは、以前映画化された”電車男”の舞台にもなったことで有名になったお店とのこと。前述の2つのメイド喫茶に比べれば展開規模はかなり小さいようです。その分、あまり商業的な感じもしないようですので(あくまで、Aiuto!がそのように推測しただけです)、今回ぴなふぉあへ行ってみることにしました。

ぴなふぉあは、秋葉原で3店舗展開をしていて、今回自分が選んだのは3号店です。
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階段横の看板。この看板の横に小さな階段が有り、そのビルの3Fがぴなふぉあでした。
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迷ったら負けなので、一気に階段を駆け上がり、ドアを開けて入店しました。無事、第一関門突破。でも、緊張していたので、定番の”お帰りなさいませ、ご主人様”と言われたかどうかを全く覚えていません...(不覚)。

店の中に通されると、長椅子の席に案内されました。う~ん、隣の席と近いなぁ。ここで、おまじないをされるのは、隣にまる聞こえで、恥ずかしいなぁなどと一瞬思いましたが、隣もご同類のはずだからまぁいいか。
メニューからは、カクテルとオムライスのセットを注文しました。もちろん、ケチャップで名前を書き入れることを忘れずにお願いしました。
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しまった、"Aiuto!"の綴りを間違えないように伝えることに気を取られて、続けて「~さんへ」を書く事を頼むのを忘れてしまった。でも、まぁいいか。結構上手く書いてもらいましたので。それにしても、誰が考えたのか、オムライスにケチャップで名前やメッセージを書き込むというのは、本当に幸せな感じがしていいもんだよなぁ。オムライスだけでもやさしい気分になるのに、そこにケチャップで書き込みを加えるとか、本当にもう最強ですよ。ちなみに、隣の缶バッチは、この文字を書いたメイドさんのオリジナル缶バッチとのこと。そして、食べ始めてから再度失敗に気がつきました。おまじない頼むの忘れた...。

そこで、近くにいたメイドさんに、例の”おまじない”について尋ねたところ、別メニューを頼む必要があるとのこと。一応、それを頼むと、おまじない+そのメイドさんのブロマイド+チェキができるらしい。何か、色々とお金がかかるなぁという感じでしたが(別に、チェキはいらないし)、まぁこういうところ(つまりサービスをお金で買っているところ)では、仕方がないことだし、ケチケチしても面白くありませんから、とにかくそのスペシャル・カクテルというものを注文してみました。以下が、そのスペシャルカクテル。
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右が、給仕してくれたメイドさんのブロマイド。そしてもちろん、美味しくなぁれのおまじない。一応、犬、猫、兎のどれかを選んで欲しいと言われたので、猫を選んで、一緒に唱和しました。"美味しくなぁれ!にゃん・にゃん・にゃん!!”(...とても他人にはお見せできない。まぁ本人は楽しんでいるのでほっといて下さいといったところです。)

さて、このぴなふぉあの雰囲気なのですが、自分が行ったのは頃日の夜遅くだったため、客層的には20代~40代のサラリーマンが大半で、思っていたより落ち着いた雰囲気で、自分にとっては助かりました。これがもし、よりエンターテーメントに振ったメイド喫茶に入店していたら、精神的にかなりキツかったでしょうね。ただ、ほとんどのお客さんは常連なのかもしれませんが、すごくメイドさんとの会話を楽しんでいたのが印象的でした。自分のような会話ベタには出来ない技で本当に大したものです。でも、見た目いいオッサンが若いメイドさんと楽しそうに話しているのを見ているのは、別に悪いものではありませんでした。どちらかというと、水商売の店で、酒を飲んでエロくなる同年輩より全然親しみを感じますから。あと、ほとんどのお客さんが連れをともなって来ていたというのがメイド喫茶を楽しむのには大きかったのかも。はっきり言って、お一人様で来ると間がもちません...。

でも、まぁ兎に角、一度は行ってみたいと思っていたメイド喫茶に行けて満足出来ました。おそらく、2回目の訪問はほぼ無い(汗;)と思いますが、ただ、秋葉原には、メイドさんが給仕するだけの正統派喫茶店もあるみたいですので、そこにはいつか行ってみるかもしれません。ほんと懲りないなぁ。ちなみに、チェキはやりましたよ。超寒い写真なので、もちろんBlogに掲載は絶対にありません。

その他に秋葉原で行った場所2箇所。
・秋葉原ガシャポン会館
秋葉原には、いたるところにガシャポン専門店がありました。その中でもこのガシャポン会館は一番大きなところでしたが、”会館”は大げさ過ぎです。ただの雑居ビルの1Fに店舗を構える店でした。
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ここには、自分の大好きな"コップのフチ子さん"のガシャポンもありましたが、もう少し数を増やして欲しかったですね。
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いつか自分の”フチ子”コレクションをBlogで紹介したいと思います。

ガシャポン会館の2階は店名を忘れてしまいましたが、アニメ・ゲームグッズ販売の店でしたので、ここで、はいふりのトートバックを現場での工具入れとして購入しました。(ハイスクール・フリートまだ1話も見れていません。ていうか、今期は迷い家(しかも3話まで)しか見れていません。)
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このグッズ店の3Fには、コスプレ店が入っていて、ユーフォの宇治北高校制服が展示してあったので、それを見てきました。本当に秋葉原はDeepだなぁ。
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・秋葉原UDXビル内アニメセンター
秋葉原駅の北西側、AKB48 cafeとGUNDAM cafeの対面にあるUDXビルの4Fに東京アニメセンターがあります。ここでは、2~3週おきに原画展等の展示会が開かれています。自分が行ったときは、"ToLOVEる-とらぶる-"の原画展をやっていましたが、自分はこの作品を見たことがなかったのでShopコーナーの方へ行って見ました。
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Shopコーナーには、自分の好きなP.A worksのコーナーがありました。
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何となく、以前P.A worksの公式Netショップで売り切れだった、SHIROBAKOのミニファンBook vol.1を記念として買ってしまいました。旅行先で荷物を増やしてしまうとか、何やっているんだ、自分...。

その他、色々な秋葉原の光景。
秋葉原駅南西側は、比較的自分の知っている秋葉原の面影があります。ラジオ会館も外見が少し変わったけれども、相変わらず同じところに立っています。
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小さな店も相変わらず残っています。
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このあたりもあまり変わっていなかったかな。
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その一方で、このような小さなイベントのようなことがあちらこちらで行われているのが、新しい秋葉原っぽかったですね。
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痛車も発見。
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今回、久しぶりに秋葉原を散策して見ましたが、つくづくそのディープさに感心してしまいました。ちょっとした聖地巡りをするよりも、よっぽど秋葉原をブラブラと散策したほうが非日常感を味わえるような気がします。この記事の冒頭で、殺風景だった秋葉原が、垢抜けて明るい街へ変わったと書きましたが、その明るさはもちろん普通とは違ったサブカル成分を多分に含んだ明るさで、世間一般にはマイナーなものとして片隅に追いやられているようなサブカルが、ここでは堂々とメインの売り物になっているわけですから、普段は肩身の狭い思いをしているオタクも、この街の中では伸び伸びと振舞うことが出来ます。誰に気兼ねすることなく自分の趣味に浸ることくらい気持ちいいことはありませんから、そりゃあ、オタクがこのワンダーランドに集まってくるのも道理と言うものです。
最近では、この街の特殊な活気に惹かれて、外国人観光客をはじめ色々な人が、秋葉原に集まって来るようになったと聞きますが、この街の活気を根っこの部分で支えているのは、間違いなく日本のオタク達でしょう。このようなオタク達によって支えられる秋葉原のような街は、まだ世界中どこを探しても無いでしょうから、それが実際に存在する日本は、やっぱり面白い国だなぁとしみじみ思ってしまいました。

秋葉原は、単なるコンピュータや家電などのハードウェアだけを売る街から情報の最先端を走る街へ変わることで、新たな発展を遂げましたが、それは、あまり経済や産業に直接関わらないサブカル的なものも面白がって熱中してしまうことを許すような文化的土壌を、日本が持っていたからこそ出来たことなのかもしれません。そして、この柔軟さこそが目に見えない日本の強みであり底力なのかもしれませんね。


PS. 【訃報】 冨田勲氏 死去
日本のシンセサイザー作曲家の先駆けであった冨田勲氏が先月の5/5に84歳で亡くなられました。
つい2か月前に、EL&Pのキース・エマーソン氏の訃報を聞いたばかりでしたので、同じくシンセサイザー奏者の冨田勲氏の訃報と、矢継ぎ早に自分が若い頃よく聴いていたアーティストの死に接することになり、ちょっとショックを受けてしまいました。
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自分が、初めて富田氏の音楽を聞いたのは、富田氏のセカンドアルバム”展覧会の絵”でした。当時学生だった自分は、英国のロックグループであるエマーソン・レイク・アンド・パーマー(EL&P)が好きで、そのEL&Pが演奏していた、ムソルグスキー作曲”展覧会の絵”のロックアレンジ曲をよく聴いていたのですが、その”展覧会の絵”つながりで、シンセサイザー・アレンジによる”展覧会の絵”とはどのようなものかと、FM放送を聞いてみたのがきっかけです。初めて聞いた富田サウンドの印象は鮮烈で、その時録音した富田版”展覧会の絵”を何度も繰り返し聞いたものです。

このEL&Pと冨田勲氏の間にはちょっとした逸話があって、日本人として初めて富田氏が米国のムーグ社からムーグ・シンセサイザーを個人輸入した時、税関の人がこれを楽器として認知してくれず、数ヶ月間の足止めを食らってしまい、結局、楽器として証明するためにムーグ社が送ってきたのは、ムーグシンセサイザーを演奏するEL&Pのキーボード奏者キースエマーソンの写真だったとのこと。なんともすごい逸話ですね。たぶん、以下のような写真だったのではないでしょうか。
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ムーグ・シンセサイザーを演奏するキース・エマーソン。

以下に、富田氏とEL&Pによる”展覧会の絵”を貼ってみます。

上は、富田氏による”展覧会の絵”からプロムナード。

EL&Pによる”展覧会の絵”からキエフの大門。

ムソルグスキーが作曲した”展覧会の絵”は、もともとピアノ曲でしたが、どうも、その独特の旋律が音楽家の創作心を刺激するらしく、色々なアーティストがアレンジに挑戦しています。一番有名なのは、ラヴェルによるオーケストレーション版でしょう。オリジナルのピアノ曲よりもこちらのほうが有名なくらい。でも自分は、このEL&Pと富田氏のアレンジ版が一番好きです。

富田氏は色々なTV番組の音楽も担当しましたが、その中で一番好きなのは、以下の"新日本紀行"のテーマです。幼い頃に聞いたこのテーマ曲は、本当に自分の耳に焼きついていて、今でも曲の細かい部分までよく覚えています。


富田氏は晩年の80歳の時に、初音ミクをフューチャリングしたイーハトーブ交響曲を作曲しています。このお歳で、最新のサブカルを導入してしまうところがすごいですね。


Wikiを開けば富田勲氏の業績は数え切れない程。そして、富田氏のシンセサイザー黎明期の偉業は、後世のアーティストたちに間違いなく影響を与えました。
心からご冥福をお祈りしますと共に、尽きない感謝の念を捧げたいと思います。

今後のこと

突然なのですが、ブログの書き方を変えようと思っています。

実は、そもそも、このブログは英語の勉強日記として開設したのですが、最近は、旅行記とかアニメネタの感想を書くことが楽しく、全く英語の勉強をしなくなっていました。このままではいけないので、今書いている記事を書き上げたら英語の勉強を再開しようなどと思っているうちに、新たに旅行へ行ったり新しい期のアニメとか始まって、また次の記事を書き始めると言うことをズルズルと続けてきてしまいました。

でも、普通の人ならば、ブログと勉強の両立など当たり前のように出来るはずで、こんなことは自分が決めた勉強をおろそかにする理由にもならないはずですが、自分の場合は、文章を書くのが遅いことに加えてちょっと凝り性な性分から一つの記事が長くなる傾向があり、この頃は休日は家に篭ってブログの記事ばかり書いていたのです。流石にこの状態では、ちょっとマズイと自分でも思うようになっていました。そこに、仕事のほうでスケジュールの変更があって、やり方を変えるしかないなと決めるに至りました。

去年の年末にも書いたのですが、来年初めから、恐らく自分にとっては最後の大きな海外からの輸入装置の据付が始まります。それまで、一年くらい余裕があるので、ゆっくりと勉強を再開させようかなどと思っていたのですが、この前、一部の工事を今年の夏から開始することが決まり、6月頃から忙しくなるように変わってしまったのです。忙しくなるまでにもう3ヶ月くらいしか時間的猶予が無くなってしまいましたので、全ての九州の旅行記を書き上げてからなどと考えていたのを仕方なくリセットすることにしました。

ただ、何か大げさに言ってしまったのですが、別にブログを閉めるなどと言うのではなく、毎日勉強の進捗を上げるだけ(+ちょっとした日々の感想)の書き方に変えるだけで、大したことではありません(自分にとっては大変なことなのですが)。ただ、間違いなく、このブログの内容はつまらないものになると思います。

この頃、自分の拙いブログに立ち寄って頂けるブロガー様も多くなってきていて、分不相応に多くの拍手を頂くようになって本当に嬉しく思っているのですが、上記のようなブログのスタイルではきっと立ち寄っていただく方も大分減るだろうなぁと今は怖い気持ちで一杯です。でも、自分はもう歳なのでこれを最後の機会と思ってがんばって見ようと思っています。



さて、英語の勉強のことなのですが、今回はちょっと今までと違ったことをやって見たいと考えています。
今まで、仕事と英語の勉強を両立させることが難しく、仕事が忙しくなるといつも挫折してきたのですが、この今までの判で押したようなパターンを断ち切る秘策として、今回は今までの短文暗誦+ヒアリングよりも、Readingをメインに据えて勉強をしようと思っているのです。

そのReading教材として選んだのが、一度挫折した”『涼宮ハルヒの憂鬱』で英単語が面白いほど身につく本”です。ダ、ダサイ...

大げさに言っている割には、ふざけた勉強の仕方と思われてもしょうがないのですが、今までのある程度正攻法と言える勉強では、仕事が忙しくなると絶対に挫折することが今から分かっているので違う方法をやるしかないと考えた末の結論です。では、『涼宮ハルヒの憂鬱』の英訳版を読めば、その面白さから途中で止めることはないだろうなんて考えてこの本を選んだかと言うとそれは違います。この”涼宮ハルヒの憂鬱”という作品は自分がオタになるきっかけとなった作品で、自分にとっては記念碑的な意味を持つ作品であり、もし、その記念碑的作品の英訳版を読むことで、少しでも英語の実力が上がれば、単なる趣味でオタになったことが実益にも繋がると考えたからです。もっと言えば、オタになってからの約十年間を実用的にも肯定的に捉えられると言える様に成るわけですから、この英語勉強方法に作戦名を名づけるならば”オタになってよかった!”作戦とも言うべきものなのです。う~む、やっぱりふざけているのかなぁ。

まぁ、こんな書き方をしてしまいましたが、実はふざけているつもりは全く無く、冗談を抜きにしても、せっかくオタになったのだから、オタになってよかったなと思えることをしてみたいと思っているのは確かなのです。今まで、オタになったことを後悔したことなどは勿論絶対に無いのですが、では得したかと聞かれると、正直なところ、う~ん?となってしまうのですよね。まぁ、こういうことは損得ではありませんから、損得を考えること自体意味があるとは思いませんが、でも、オタクになったおかげで英語の実力が上がることが出来たならば、中々それはカッコイイことじゃないですか!そういう訳で、今回はオタの使命感?にかけて頑張って見たいと思っているのです。今度挫折したら、オタの風上にも置けないヤツになってしまいますからね!(そんなことは無いのですが、今自分で自分にプレッシャーをかけてみました。)
ハルヒ英語1ハルヒ英語2
ただ、この”涼宮ハルヒの憂鬱”が英語の勉強にあっているかというとそうではなく、きょんのあのモノローグに見られる、ラノベ独特のフラフラした一人称の長い独白が英語に向いていないような気がするのですよね。きょんの独白部分の英訳を読んでも、全然面白くなかったんだよなぁというか、相当無理して英訳しているように見える箇所が多々あったのですよね。でもまぁ、そんな言い訳は横において、とにかく頑張って見ますか!

ちなみに、もう一度”『涼宮ハルヒの憂鬱』で英単語が面白いほど身につく本”を再トライしてみようと思ったのは、昨年見た、アニメ”長門ユキちゃんの消失”を見た影響もあるのかも。
長門有希ちゃんの消失MENU裏更新版03
内容的にオリジナル作品ありきのスピンオフ作品でしたので、完全にファン限定の地味な作品で殆ど話題に上りませんでしたが、個人的には面白いと思った作品でした。、特に”憂鬱”では絶対に見られないこの作品中のハルヒが時々見せる切なそうな表情が良かったですし、作品の最後で、実は”涼宮ハルヒの憂鬱”は、この作品中の長門ユキの創作ではないかと思わせるシーンには、思わず”おおっ!?”となってしまいました。やっぱり、ハルヒシリーズは、スピンオフ作品を含めて面白いですね!あと、改めて思ったのが、平野綾さんの存在感の高さで、やはりハルヒの声は平野さんしかないと再認識しました。色々あった人ですが、潰されずにここまで来ているわけですからそれは本当に凄いことだと思います。

PS1.来週の3連休の予定
蒼樹うめ展 in 大阪チケットキタ!
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うめ展へ行った後、大阪吹田にある、万博跡地で太陽の塔を見る予定。何故今更太陽の塔かというと、とにかく子供の頃、あの形が強烈過ぎて、夢にも出てきたくらいなので、一度実際に見てみたいからなのですよね。
一泊後、100名城の"千早城"を見た後、真田幸村ゆかりの三光神社を安居神社へ行って見たいですね。たぶん大河ドラマ”真田丸”の影響でかなりの人が居るのではないでしょうか。

PS2.再来週の予定
ゆゆ式イベントチケット取れたけれども、行けそうも無い予感...
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この日は今から仕事が入っていて、実は行けないことがすでに決定しています(泣)
ただ、とにかく色々交渉中で、僅かな確率で行けるかも?
現在、イベントがある日曜だけに仕事が入っていて、それ以外は大丈夫なので、もし行けたら、当然100名城の"江戸城"+他の観光地を巡るつもりです。って、地元は東京なので、今更観光も無いのハズなのですがベタな観光地ほど行ったことがないのでこの際行って見るつもりです。まぁ、かなりの確率で行けませんが。

PS3.すき家の艦これキャンペーン
ネットでは有名になった、すき家の艦これキャンペーンのカード。
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自分は、艦これやらないけれども、このカードは中々魅力的なので、早速会社近くのすき家に行って、カードをGetしてきました。現在以下の2枚のカードをGet!
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こういうとき、大きな駅の近くに自分の会社があると便利ですね。会社の近くというより通勤途中にあるすき家の店はは24時間営業なので、朝と夜に通って1日2枚Getできるのが素晴らしい(流石に昼は無理)。ちなみに、ネットでは、日本中からたくさんの提督がすき家へ押し寄せて列を作ったなどの記事が出ていましたが、少なくとも自分が通う名古屋の店ではそんなことは無かったなぁ。ただ、初日の夜に行ったら、牛丼以外の殆どのメニューが無くなっていたのはビックリしましたが、ひょっとすると朝は行列できたのかも。
ちなみに、実際にいった人は分かるけれども、すき家で500円以上のセットを頼むのは中々難しいです。何故なら、殆どのセット物の値段が490円だから。だから、注文の組み合わせに結構悩むことになるのですが、以下のような情報を提示する店が出たらしい。これは便利!
auzk9kms.jpgjqIk686s.jpg 
ちなみに、自分がこのカードを欲しいと思うのは、カードの中のキャラが全員牛丼を食べていて、それがかわいく見えるから。牛丼を食べていなかったらカードを集めようとは思わなかったでしょうね。

すき家は、アニメと結構コラボをやっていて、以前自分の好きなWIXOSSのカードを配っていたときは行きたかったけれども、仕事で現場を離れることが出来なくてついに行けませんでした。その時、一番欲しかったカードが、普通に配られるのではなくて、WIXOSSすき家カップというの参加してもらえる限定カードで、以下の遊月が牛丼をほおばっているカード。これは、かわいい。
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でも、今調べたら、上記2枚のペアでヤフオクどころかAmazonに普通に280円で売っていました。限定って、一体何なんだ...。艦これカードもキャンペーンが終わったら、普通にヤフオクかAmazonに売り出されるのでしょうね。

PS4. キース・エマーソン氏死去
今朝、Yahooニュースで知って驚きました。
   Keith Emarson1
若い方はご存じないでしょうが、キース・エマーソンは、ELPというロックグループのキーボーディストで、自分の高校時代のヒーローでした。自分が、ELPを知ったときはすでに、バンドは解散していましたが、タルカスという曲を聴いて衝撃を受けました。曲も素晴らしかったのですが、配線の塊みたいなアナログのムーグ・シンセサイザー操作し、ハモンドオルガンを速弾きするキースエマーソンがとにかくカッコよかったのです。演奏しているキースエマーソンノ雄姿が見たかった自分は、輸入物のELPのライブビデオ鑑賞会を見に渋谷まで行ったこともあったくらいです。(昔は、まだ、家庭にビデオデッキなど7は普及していなかったので、みんなでビデオを鑑賞するだけのビデオライブ上映会などと言うものがあったのです。小さな事務所のような部屋に折りたたみ椅子が並べてあって、そこでビデオを上映するだけのライブという、今では考えられない上映会でした。)以下に、ELPのライブビデオを貼っておきます。

また、アニメファンにとっては、角川映画”幻魔大戦”の主題歌 光の天使/Children Of The Light 歌:Rosemary Butlerの作曲者として記憶されている方も居るかもしれません。以下はその、光の天使/Children Of The Lightです。自分は、この映画を見ませんでしたが曲は大好きでした。キースの弾くシンセサイザーが印象的な名曲です。

自分が以前書いたELPの記事
http://bonobo777.blog.fc2.com/blog-entry-146.html
http://bonobo777.blog.fc2.com/blog-category-16.html

彼の死因が、拳銃自殺らしいことも知って、更にショックを受けました。きっといろいろな事があったのでしょう。今は、安らかにお眠りになられることを祈っております。

音楽について(初めに)

自分は学生の頃から音楽が好きで、よく聞いていました。
一番思い出が深いのは、やはり”King Crimson"でしょうか。
高校生になって友人から借りた”クリムゾンキングの宮殿”を聞いたときは、本当にちょっとしたショックを受けました。
何しろ、そのような音楽は今まで聞いたことがなかったからです。
それからは、King Crimsonを始め、ELPやYESなどいわゆるプログレッシブ・ロックと呼ばれるものを聴き漁りました。
大学生になると、80年代のユーロピアンポップス/ロックも聴き始めました。この80年代には、YAMAHAのDX-7をはじめとする電子楽器やシーケンサーなどの音楽ソフトが発展した頃で、今までは楽器の達人しか参加できなかった音楽に、殆んど楽器を弾けないような人たちも音楽に参加し始めて世界的な大ヒットを飛ばすなど、どんなグループが飛び出してどんな音楽がはやるか予測がつかないような、何かウキウキした感じがありましたね。世間的にも景気が良くて、後に不況が来るなど誰も思っていない今となっては実に幸せな時代だったと思います。
その後、バブル景気とともに社会人になった私は、ひたすら装置のプログラムを作る仕事に忙殺され、徐々に音楽を聞かなくなっていきました。
そして、3回目の転職で現在の輸入商社へ入社し、語学の壁の影響でちょっとした欝状態になってしまった私は、全く音楽を聞かなくなってしまいました。その当時の私は、音楽を聞くと、なんというか頭に音が突き刺さる感じがして、とても音楽を聴くような状態ではなかったのです。
そんな時、何かのタイミングで広橋真紀子さんの音楽が耳に入った時、本当に久しぶりに音楽が聞けたのです。
広橋さんの音楽は、いわゆる”環境音楽”に分類されると思いますが、非常にゆったり穏やかで温かみのある旋律は、自分の欝な気持ちを解きほぐし、癒してくれました。その後、色々と類似の音楽を聴きましたが、やはり自分にとっては、広橋真紀子さんの音楽が一番でした。
今では、欝症状もなくなり、以前と同じ音楽が聴けるようになりましたが、仕事中に音楽を流すときは、やっぱりいつも広橋さんを選んでしまいます。広橋さんの音楽には、欝だった昔もそして今も助けられ続けています。
今後、このブログの中で広橋さんの音楽を紹介していきたいと思っています。

アニメについて(初めに)

皆さんの中には、アニメを見られている方もいるかと思います。でも中高年でアニメを見ている方は、まぁ少ないでしょうね。
自分も今から6年ほど前は、普通の本や映画を観る普通の人でした。
(普通と言っても、線引きが難しいのですが、割と売れ筋のサスペンス小説やアクション映画を見ていたので、一般的に言う普通の人だったと思います。)
それを一変させたのが、現在の会社への転職です。
現在の会社は輸入商社なのですが、それまで装置制御のプログラムや電装設計を行っていた自分は、たちまち語学(英語)の壁に突き当たってしまったのです。米国の取引先とのやりとりは当然英語で行われますが、読めない、書けない、会話できないの3重苦の自分は殆んど仕事にならず、ちょっと軽い欝状態になってしまったのです。
その当時、週末金曜日の定時には直ぐに退社して、週末は家に篭っていました。(その当時のことを思い出すと今も暗い気持ちになります。)
そんな引き篭ったある週末の深夜、いつものように何をするわけでもなくネットを渡り歩いていた時、YoutubeにUPされていた”涼宮ハルヒの憂鬱”の動画を見てしまったのです。まぁ、今もこの手の違法動画はネットにUPされているものですが、当時のネットはちょっとした無法地帯の状況だったような気がします。その当時の自分はアニメなどには全く興味が無く、このような動画がわざわざネットに貼り付けられているのを見ると鬱陶しく思うくらいでした。ただなんとなく見てしまったのは、当時外国人による”ハルヒダンス”の動画がかなりUPされており、日頃苦しめられている外国人が興味を持つアニメとはどんなものかという軽い気持ちで見たのだと思います。
しかし、このアニメを見た自分は、ものすごいショックを受けてしまったのです。それまで宮崎アニメくらいしかアニメを見たことのなかった自分がアニメに持っていた印象といえば、例えば登場キャラが驚いたとき目が渦巻きになったり、走るとき足が渦巻きになったりなどのお手軽なイメージしかありませんでした。ところが”涼宮ハルヒの憂鬱”に出てくる登場人物は非常に精細に書き込まれており、これがびっくりするぐらいグリグリ動き、そしてなによりも作品の印象がとにかく楽しく明るかったのです。これは当時の欝な自分の心がそうさせたのかもしれませんが、登場人物がPCの画面から飛び出して動いているようにも見えたくらいです。そのまま全編を徹夜で見てしまった自分は、その後ネットで名作と呼ばれるアニメを探してひたすらDVDをレンタルしては見ることを繰り返し、今では立派なアニオタになってしましました。
それでも自分はアニオタになってしまったことを全く後悔していません。あの当時、苦しんでいた自分に、アニメはちょっとした気晴らし程度なのかもしれませんが確実に癒しを与えてくれました。そして、年間300本も作られるアニメは確かに駄作と呼ばれるものは多いのですが、その中には、将来に語り継がれるような名作も確実にあるということを、自分は今は確信を持って言い切ることができます。そして今後も自分はアニオタを続けていくことでしょう。このブログの中でも、アニメについては、いくつか取り上げていきたいと思っています。

英語勉強について(初めに)

皆様の中にも、会社で英語を必要とされる職場に勤めている方も多いかと思います。
自分も、縁あって、現在の貿易商社へ40代という年齢で転職し、7年間なんとかやってきましたが、英語に関しては現在でも苦労しっぱなしです。理系出身の自分は、大学を卒業以来、英語を殆んど使ったことが無い状態で、現会社へ入社してしまったのですが、英語を使う機会の多さに最初は本当に面食らいました。それ以降、仕事の合間にポツポツと英語の勉強をしてはきましたが、仕事が忙しくなると勉強する時間を確保できず、少し余裕が出るとまた、ポツポツはじめるということを繰り返してきました。
ただ、このままの状態では、英語の上達は難しいのは間違いありませんので、本ブログの立ち上げを期に下記を実行することにしました。

1)1日に必ず1時間は英語の勉強時間を確保する。そして勉強内容を日記として書き込む。

  使用テキスト:
  ・キクブン270
  ・音読パッケージトレーニング
  ・Duo3.0

2)年明けにから毎回TOEICテストを受験する。

テキストは上記に絞って必ずやり遂げたいと考えています。(なんとしても最低上記テキストは終了させたいです。)


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